紅差し指・03





今日、名前は休みだった。

前日の手術の疲労で、昼近くまで眠ってしまっていた。寝室からリビングに行くと、テーブルの上に置き手紙があった。

ーーお仕事お疲れ様。いつもありがとう。ご飯が冷蔵庫にあるからね。

丁寧に書かれた癖のない文字は、この家のもう一人の住人であるはたけカカシのものだった。

ある日突然結婚が決まり、何もしていないのにあれよあれよと入籍まで終わってしまった。最初こそ憮然とした態度を取り、出来る限りの抵抗をしていたものの、それが結婚までの道程に何一つ影響していないのだと気付いた時、名前は抵抗をやめた。正確に言えば、余りの無力感に打ちひしがれ何も出来なくなってしまったのだ。

火影が挙げてる暇なんてないからと挙式は行われなかったのが救いだった。挙げてしまえば、とんだ晒し者だ。
これが大名であったのなら、大々的に結婚式が行われそうなものだが。忍の里で良かったとこの時だけは思った。

「…………」

寝巻きのままソファーに掛けて、名前はカカシからの置き手紙をボーッと眺める。結婚したとはいえ、多忙なカカシとは殆ど顔を合わすことは無かった。ソレを憚ってかカカシは良く置き手紙をしていた。こんな気遣いなんて必要ないのに、と名前は心の中で毒づく。

カカシ程ではないが名前自身も忙しく、病院勤めは変わらない。とは言え変わったことは、夜勤がなくなったこと。

ほんの少しだけ。少しだけ少しずつ変わって行くのを名前は感じていた。

特に、火影の妻になってから、周りの人々の目が変わっていくのを感じていた。

暗部の時は、当たり前ながら限られた人達しか自分という存在を知らなかったのに、今では知らない人も自分を知っている。
歩いているだけで名前様と声を掛けられることは当たり前で、しかもその瞳は、名前と言う存在ではなく里の人達が尊敬する火影の妻と言うポジションに向けられているものだった。
その度に、その期待に応えられる存在ではないのだと思う申し訳なさと、なぜ罪悪感を感じる必要があるのだろうかと反発心、居心地の悪さが拮抗する。

別に、カカシのことを想ってではないが人の目が常に向けられるようになり、変なことを外でやらかさないように気を付けて出歩かなければならなくなった。カカシがどう思われようが知らないが、ずっと慕ってきた火影の名に泥を塗りたくなかったのだ。

とても息苦しく、休みの日であっても名前は家に籠るようになっていた。そうなってから、名前の交友関係は少しずつ狭くなって行った。

カカシの存在は、暗部時代から知っている。気にかけてくれていたことも覚えている。名前が暗部に入った時から、既に隊長として周りから尊敬の念を抱かれていたのを見ていた。
話は何度かしていたものの、一緒に任務をしたこともなく、どうしてそこまであの人が尊敬されていたのか名前には分からないまま、カカシは暗部から去ってしまった。

「……はあ」

カカシと一緒に暮らすようになってぎょっとしたのは、読書の趣味の悪さだった。
最初はギャグかと思っていたが、どうやら本気で読んでいるようだ。明らかにエッチな本を、カバーも掛けずに真顔で読み、時には感激を浮かべながら読んでいる様子を見て、これが本当に火影だろうかと首を傾げてしまう。
それから、素顔にも驚きを隠せなかった。もともとビジュアルは悪くなさそうと思っていたが、思っていたよりも端正な顔立ちの色男で、若い頃はさぞかしモテただろうと素直な感想を持った。いや、今でも十分に若いのだけれど。

「起きたのね」
「え?」

背後から声を掛けられて見上げると、カカシが目を細めながら立っていた。名前は、思わず体を起こす。

「カカシ先輩、どうしたんですか?」
「もー、先輩は止めなさいよ」
「すいません……」
「お昼は食べた?」
「いえ、まだ」

冷蔵庫にあるからさ大したもんじゃないけど、ちゃんと食べてね、とやんわりと釘を刺され名前は「はい」と返事をした。

「じゃあ、俺は仕事戻るから」
「え?それだけですか?」
「うん、そうだよ?」

じゃあね、と言って煙とともに姿を消した。
何をカカシがしたかったのか分からない。一緒暮らしても掴み所が見つからないのだ。

名前は、ソファーから腰を上げて冷蔵庫を開けた。用意してある食事は、店で買ったものと思われるサンドイッチやクリームの入った甘いパン。まさか手作りしてくれたのか、と思ったがやはり売り物だった。

三代目の時代から隣に居て知っていたが、火影と言うのは多忙を極めている。治めているのが、忍五大国で土地も経済力も最も大きな木ノ葉なのだから仕方ない。

カカシと生活をしてみて、何故火影と結婚と言う話が出てきたのか分かった気がした。

炊事洗濯を代わりにするのなら、家政婦でも構わない。
だが、火影の生活を理解出来て、サポートをする存在が必要であったのだろう。そこに、長年暗部に身を置いて医療忍術を使える自分に、たまたま白羽の矢が立ったのだろう。暗部出身なら、いざと言う時に火影の護衛もこなせるのだから。それに、年齢的にも、健康上も子供をまだまだ産める。

経歴、能力、年齢。
なるほど合理的だ。
頭で納得しながらも、心が納得出来る訳ではない。

パンをひと口齧り、ソファに項垂れる。

パンはほんのり甘く、優しい味がした。



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