紅差し指・11


話し合うことになり、名前とカカシはテーブルを挟んで向かい合い座った。何をどうしようかと悩むまもなく、カカシの方が先に口火を切った。

「俺は、名前とやり直したい」

名前を真っ直ぐと見据えて、カカシはハッキリと言った。

「やり直すって、言われても」
「やり直すも何も始まってもない俺達だから、この関係を始めてみないか?」
「でも、私はカカシ先輩をそんな目で見ることは出来ません」
「……それは、そうだな」

カカシは、少し黙ったままこめかみに指を当てて考えていた。

「男と女の仲じゃなくて、家族になれたらと思っている」

名前には、カカシの言うことが分からなかった。生まれてから、家族なんて存在が傍にいたことがないのだから。
たまたま、孤児院の他の子供より少しばかり飛び抜けて頭が良く、身体能力も高かったことから、三代目に引き抜かれて子供の頃から暗部として生きてきた。当時はどうしてこんなことにと思っていたが、お金も生活も自分の自由が利く生活は名前の心に平穏をもたらした。
大きくなってから思ったことだが、里の内部に触れていく中で、根に連れて行かれなかったのはとても幸いなことだった。

「元隊長のお前なら分かると思うけど、一応、俺も暗部で隊長を務めてたから、正直名前、お前の身辺はある程度知ってる。俺の願いが理解出来ないとしても無理はない」
「それは、はい。正直」
「俺も物心つく前に母親を、子供の頃に父親を失っているから偉そうな口は聞けないんだけどね。お前みたいな人こそ、家族を持ってくれたらさ、きっと良いんじゃないかと思ってる」

名前は、イマイチ掴めないカカシの話に首を傾げた。

「つまり、その、家族に俺を選んでくれたら、とても嬉しいと思っている。って、ことなんだけど」

言いにくそうにカカシは言葉を紡いだ。

「えっと、ごめんなさい。血も繋がってない私達がどうやって家族になるんですか?」
「家族ってのは、難しいな。正直、俺もよく分かってない」
「そんな……」

「でも、思うんだ。名前の喜ぶ顔が見たいとか、あんまり寂しそうにして欲しくないとかさ」
「それは、恋人とどう違うんですか?私も恋人には喜んで欲しいとか思ってました」
「うーん、きっとね、俺が思うに、所謂トキメキだとかを得たいとか、そんなのは二の次になるんじゃないかなって。それよりも、相手が自分のように大切に思う、時には自分よりも大切に思う。そう互いに思えた時、家族になれるんじゃないかとね」

カカシは、そう言ったあと、自分でもよく分かんないな……と呟いた。

「まあ、つまりはその答えとかをさ、俺は名前と見つけてみたいと思う。どうしても分からなかったら、その時は本当にケジメをつけよう」

名前は、よく分からなかったが、分かったフリをした。家族なんて、絵本や物語の中のことだと思っていたから。

「もし、名前も同じように頑張ってくれるのなら、またここでやり直そう」

名前は、何も言えなかった。

「どうして、カカシ先輩はそうやって、夫婦になろうとするんですか。上層部に決められた結婚なのに」
「確かに、正直さ、この結婚に名前の意思は無かった。でもさ、家に一緒に帰る人がいてくれること、今は書類の上のことだけど隣に並んでくれる人が居るっていいことだと思わないかな?ま、俺だけか」

正直、名前は驚いていた。
カカシも嫌々ながら結婚生活を営んでいて、腫れ物を扱うように優しくされているだけだと思っていた。まさか、純粋な思いやりと好意で優しくしてくれているなんて思わなかった。

「カカシ先輩は、そんな風に思ってくれてたんですか」
「俺達のこれからは、俺達の意思で進めていきたい」

名前は考えた。
仕事のことなら分かるが、本当にこの人との関係に関しては分からない。かつての恋人は、その辺りがとても上手で名前を優しくリードしてくれていた。
きっと、カカシも名前と同じで下手なタイプなのだろう。

「もう少しだけ、考えてみても良いですか」
「もちろん」

名前は、火影邸を出て自分の家に向かっていた。カカシの言葉を思い出す。

やり直したい、家族になりたい。

本心なのかは分からないが、こんな所で嘘を言う人間にも思えない。

「酷い顔だねえ」

顔を上げると、綱手が居た。飲み屋の帰りなのか、顔が赤い。

「綱手様!」

名前は、飛び跳ねて綱手に抱き着いた。酷い酒の匂いに思わず笑みが零れる。懐かしい。

「夫婦喧嘩でもしたのか?カカシのことだろう」
「どうして」
「お前は、恋愛沙汰以外は悩んだりしないだろう。かなり強いからな」
「……そうですね」

変わらず抱きついたままでいると、綱手が名前の首根っこを掴む。そして、片方の口角をあげて愉快そうに笑った。

「喉が乾いてこないか?」
「お供致します、綱手様」





「本当に飲み足りなかったんですね」
「当たり前だろ」

一瞬で空になるグラスに、名前は急いで酒を注ぐ。ペースは衰えず、グラスは乾く暇もない。そこまで強くないのだから、どこかで酒を薄めた方が良さそうだ。

「それで、夫婦喧嘩はなんだ?」

綱手に本当のことを言おうか。一瞬悩んだが、抱え切れなくなるよりはよっぽどいい。綱手は、里で最も信頼出来る人間だと名前は思っている。

「実は、私達、里に決められた結婚なんです」
「はあ?まだそんな古臭いことやってるのか?」
「だから、カカシ先輩と好き同士で結婚した訳じゃ無くて……って、まだって過去にあるんですか?」
「昔は良くあった話さ。人柱力や大名や他国とのパワーバランスを保つためにな」

名前が暗部だった頃は、その手の話を聞いたことは無かった。

「いくら里が決めたとは言え、ダンゾウも死に、上層部も戦争を経て昔程の力もない。今の最高権力は、カカシ自身にある。断れない訳では無いだろう」
「カカシ先輩が?」
「ああ。私はババアだったから、そんな話も出てこなかったがカカシはまだ30代。その分、長く務めることになるだろう。それで結婚というのが古臭いな」

綱手は、わざとらしく肩を竦ませた。

「なんと言っても、名前。お前は可愛いからな。その上、忍としても強く気持ちも強い。良い女だよ」
「それって、褒めてます?」
「褒めてる。並の男じゃ手の届かない高嶺の花ってことさ」

綱手は、やはり酔っているようだ。話が取り留めもなくなっていく。

「ただな、カカシは里の為、仲間の為なら平気で命を投げ出す人間だ。そんなあいつが、下手したら里よりも大切な存在が出来てしまうかもしれないのに、結婚するなんて並大抵の覚悟ではないと思うんだけどねえ」

そう言って、綱手は机に突っ伏した。

「綱手様?」

肩を揺らしてみる。すーっすーっと、寝息が聞こえた。

「嘘でしょ、綱手様」

名前は、お勘定を済ませると、綱手を背負って店を出た。こう背負うのは何回目か、久しぶりのことだ。

「綱手様、話を聞いてくれてありがとうございます」

考えるとは言ったものの、この気が変わる前にカカシに伝えた方がいいかもしれない。

「運命に流されるままの私でしたけど、たまには自分で切り開いてみます」

上手くいくかは分かりませんが。そうこっそり付け足せば、綱手が背中で笑った気がした。



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