おぼえているよ


「カカシ、ちょっと手伝ってくれるかい?」
「はい、先生」

カカシは、久しぶりの休みで家で本を読んでいた。休みは苦手だった。何もしないというのはどこか落ち着かないと思いながら、それを宥めるようにページを一生懸命に進めていた。
だから、突然家にやって来たミナトに声を掛けられて正直助かったと思った。

「任務ですか?」
「ううん、クシナにサプライズプレゼントをするんだよ」

そう言ってミナトは楽しそうに歩きだした。まるでスキップまでしそうな足取りで、きっと先生はクシナさんの笑顔を想像しているんだろうと、カカシは思った。

「サプライズって、何するんですか?」
「ん!ベタだけど花束と指輪をあげたいんだ。家を花でいっぱいにしたいんだよ」
「え、それって……」

ミナトは、白い歯を輝かせながら頷く。

「クシナに、プロポーズをしようと思ってね」

その時のミナトの顔が、あまりにも格好良くてカカシは眩しいと目を細めた。先生はいつだって格好いい。自分には決して到達できない所にいると、カカシは常に思っていた。忍としても、男としても、この人には敵わない気がした。

「カカシも、どうしようもなく好きな人ができたら頑張りなよ」

カカシがミナトに連れて来られたのは、いのいちさんがやる花屋ではなく、最近開店したばかりのお洒落な花屋だった。パステルブルーのショーケースの中に、カラフルなバケツが並んでいて、色とりどりの花が入っていた。店の中にあるもの全てが可愛らしく、カカシは足を踏み入れるのが躊躇われた。
ミナトに背中を押され、店の中に入れば、ふんわりとした花の香りが鼻を優しく撫でた。忍犬並みに敏感な鼻も、この香りは嫌じゃない。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「あ!ミナトさん!すぐ持ってきますね」
「ありがとう」

店員の女の子は、ミナトの隣にいるカカシを見てハッと笑顔を見せてから、店の奥に引っ込んだ。
その様子を見て、ミナトがカカシを肘で小突いた。

「何ですか……」
「ん!何でもないよ」

カカシは、平然を装ってポケットに手を突っ込んだ。

「きゃ!」

店の奥から聞こえた悲鳴に、カカシは自然と足が動いた。女の子の消えた部屋のドアを開ければ、両手いっぱいに花を抱えたまま尻餅をついていた。

「大丈夫?」
「う、うん……ありがとう」

更にその背後には、彼女が抱えるよりもずっと沢山の花が置いてあった。うん、これは確かにひとりでは運べない。

「先生、やり過ぎでしょ」
「そんなことないよ。ミナトさん、とってもかっこいいなって思うよ」
「そうなんだ。もしかして、これ全部ひとりで作ったの?」
「うん、朝4時から頑張った」
「へぇ、すごいね」
「でしょう?」

大小様々な色のブーケや、リボンで彩られた花輪が彼女の努力を物語っていた。この花が、ミナトの家に飾られたらきっととても綺麗で素敵な世界に変わるんだろう。
カカシは、彼女が抱え切れなかった花を抱えてミナトの元へ戻った。

「ありがとう、こんなに沢山大変だったでしょう?」
「いいえ、クシナさんの笑顔を思い浮かべたら楽しく終わっちゃいました。本当にクシナさんが羨ましいです」
「ん!そうかな」
「はい、とっても。私もこんな風にプロポーズされるのが夢だなぁ。大好きな花に包まれて、大好きな人に……





随分懐かしいことを思い出したな、と思いながらカカシは恋人との待ち合わせ場所のベンチに座っていた。自分が先に来ているのは珍しく、いつもと調子が違うのは仕方ないと自分に向かって言い訳をしていた。

「お待たせ!あれ?飲んでる?」
「うん、少しね」

名前がカカシの左隣に座り、優しい香りが鼻を撫でた。

「カカシがほろ酔いなんて珍しいわね」
「ま、たまにはね」

酒でも飲まなきゃ無理だと思って、予定より大分飲んでしまった。でも、酔ってるのに頭は冴え冴えとしていて、カカシは、ポケットの中にある立方体の角を右手で落ち着かない手つきで撫でた。

「さっき、久しぶりに先生の事を思い出してた」
「そう。ミナトさんが亡くなって、もう15年も経ってしまったのね」
「もうそんなに経つなんて、俺達にも色々あったな」
「お互いにもう三十路の仲間入りよ。思ったよりも時間が経ちすぎたわ」

冷たい風がふたりの間を通り過ぎて行く。名前はそれを防ぐように、カカシに寄り添い頭を肩に乗せた。カカシは左手で、名前の長い髪を梳く。昔は肩ぐらいまでしかなかった髪も、今は長くて綺麗で大人の女性を感じさせる。

「家に帰ろうか」
「うん」

一緒に暮らして5年が経っていた。カカシが、暗部を辞める少し前から共に生活を始めた。
家に帰りながら、カカシは自分の足がどんどん重くなって行くのを感じた。先生もあの時、こんな気持ちだったんだろうか。
あの日の先生は最後まで爽やかで楽しそうで、とてもこんなに緊張していたとは思えなかった。あの頃の先生よりも、ずっと大人なのに、まだまだだと感じる。

何故、あの時、先生は自分を手伝いに選んだのだろうか。
あの頃は既に、リンもオビトも亡くなっていたから、唯一の弟子の自分を使うのは当たり前と言えば当たり前かもしれない。でも、先生がそんな単純な理由で、わざわざ休みの自分を訪ねて来ないのは弟子の自分がよく知っている。

「うぅ、寒いね」
「そうだな」
「今夜のカカシは何だか大人しいわね。待ち時間に本も読んでなかったし」
「そんなことないよ」

図星をつかれて、カカシはギクリと背筋を伸ばした。何度もイメージトレーニングはしたから大丈夫だ。
ついに到達した玄関の鍵を開けて、名前に向かって扉を開けた。

「さ、名前、入って」
「自分の家だから入りますよー」
「それもそうか」

カカシが玄関を閉めると、名前は口布を下げて来てキスをした。いつもの事なのに、今日に限ってはそれは反則だろと狼狽えた。
名前は、廊下を抜けてリビングのドアを開けた。その瞬間、名前の体に染み付いたものと同じ優しい香りが家中に充満する。

「え?どうして?」
「名前、見てて」

カカシは電気をパチンとつけた。
名前は、わあぁと感嘆の声をあげた。

美しい花々が住み慣れた家に咲き誇っていた。
ブーケや花輪が、部屋中に飾られていて、まるで御伽の世界に入り込んでしまったかのようだった。優しい香りとは、花の香りだった。

ふと、名前は優しい笑みのミナトを思い出す。そうだ、これはまだ自分が花屋で働き始めた頃に自分が作ったものによく似ている。そうだとしたら、ミナトはこの時……。
名前は、ハッとしてカカシの方を振り返った。カカシはいつになく真剣な顔をして立っていた。その顔を見て、名前の胸がトクンと脈打った。

「名前、おぼえてる?昔、お前が言った夢を」

名前がぎこちなく、コクコクと頷けば、カカシが抱き寄せてきた。
耳に当たるカカシの胸から、酷く速い鼓動が聞こえる。名高いカカシでも、やっぱり緊張するのだ。名前は改めてカカシもひとりの男であると感じた。

「名前、俺と結婚して下さい」
「カカシ……」

名前の左手の薬指に指輪をはめながら、カカシは手の甲にキスを落とす。愛しくて愛しくて堪らないよ、と伝えるように。

名前の瞳から涙がポロポロと流れた。カカシは名前の頬を手のひらで包みながら、親指で涙を何度も拭ってやる。名前の涙に触れるまで、涙がこんなに熱いものなのだと知らなかった。

「名前……愛してるよ」

名前を見つめながら、カカシはやっと疑問が解けた。

あぁ、だから先生は自分を手伝いに選んだんだ。

大好きな女の子が自分のプロポーズで喜んでくれる様子は、自分をこんなに幸せな気持ちにさせるのか。

先生は、自分にも幸せになって欲しかったんだ。

「カカシ、私もあなたと結婚したい」

先生、あなたが言った通り頑張ってみましたがどうでしょうか。そして、あなたが望んだ通りに幸せになれました。

カカシは、自分を幸せにしてくれた名前に感謝をしながら、必ず幸せにするよと囁いた。





おぼえているよ end.

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