04



桜の満開日。
再び、名前とカカシは連絡を取り合い待ち合わせをしていた。

「その服、着てくれたんだね」
「は、はい」
「すーごく可愛い」

前回のデート終わり、カカシが鞄から取り出したのは、ウィンドウショッピング中に名前が気に入ったワンピースだった。レジに持って行くのを止めたのに、いつの間に買ったのだと驚いた。

「こんなに可愛いなら、もっと色々プレゼントしたくなるね。また買い物行こうよ」
「だ、大丈夫ですよ!」
「なーに言ってんの、俺が行きたいの」

自然に再び腕を組まされる。
桜の名所に向かう道すがら、桜祭りと称して観光客に向けた露店がならんでいた。
鉄板から香るソースや醤油の芳ばしい香り、甘い綿飴やチョコレートの香りが変わるがわる漂って来る。

「人が凄いね」
「ですね」
「でも、何だか懐かしいね」
「はい?」
「昔ね、一緒にお祭り行ったことあるんだよ」

もしかしたら、この桜を昔も見たのだろうか。
こうやって、カカシはデートを重ねてかつて一緒にデートをした所を巡るつもりなのかもしれない。思い出させたいのか、思い出して欲しくないのか、カカシのやりたいことがよく分からない。

焼きそばにイカ焼き、唐揚げ、それからお団子を買い込んで桜が1番綺麗だと言う場所に向かった。

たまたま空いていたベンチに腰掛けた。メインの場所からは少し離れていて、人通りは少ない。どうしても目立つカカシには、これくらいが丁度いい。
ベンチの両脇にも植えられた染井吉野が、空を賑わせていた。2人とも誘われるように見上げた。。

「綺麗……」
「うん、綺麗だね」

屋台で買ったものなんて、ベンチの端に寄せてカカシは名前に寄り添う。見上げる視界の中にカカシが入って来て、視線を移す。ハラハラと花びらが、カカシの髪に落ちた。

「あ!」

蝶を追いかける子供のように、花びらへ手を伸ばした。
目をまん丸にしたカカシと目が合う。やらかした、と名前は笑って誤魔化した。
カカシが更に寄り添って来たかと思えば、花びらを摘んだ名前の手を握ってきた。そして、微笑んだ。

「なに?俺とキスしたくなったの?覚悟してって言ったもんね」
「桜を、その!」
「その?」
「その、えっと、花びらが……」
「うん?なーに?」

カカシの楽しそうな顔に気付いて、名前は言い訳の零れそうな唇を結んだ。カカシは完全に困った顔を見ようと楽しんでいる。そんな簡単に乗ってたまるか、と変な意地を見せてみた。

「あら、困ってる顔も可愛かったのに」
「そんなことないです」
「そんなことあるよ、名前ならね。怒った顔も可愛いだろうね」
「そんなことより、食べましょう。冷めちゃいます」
「ええ、これから俺の愛が語られるところだったのに」

カカシは、文句を呟きながらも名前の言う通りに買ったものを2人の間に並べた。カカシがイチャついて来たせいで、ほんの少しだけ冷めていた。
それでも、まだ冷たさの微かに残る春風に当たりながら食事をするのは何とも心が踊る。

「外で食べると美味しいですね」
「うん、本当だね」

2人で食べるには多い量だったが、外の空気がそうさせるのか意外にもペロリと平らげてしまった。デザートに買ったお団子を頬張っていると、カカシが名前を見る。

「ねえ、名前」
「はい」
「いつまで、俺のこと疑うの?」
「え……」

責められている訳では無い。それなのに、名前の心に重くのしかかった。

「しん……信じろって言われても……」
「うん」
「自分のことも分からないのに……」

そう、自分が自分である確たる自信もないのに、どうやって他人を信じれば良いのだろう。
自分を産んでくれた親も分からない人間が、他人を信じられる訳がない。

「私は、ひとりだから……」

友達にも本当のことを言えない人間が。

「信じろとは言わないけどね、疑うのはそろそろ終わりにしても良いんじゃないかな」
「それは」
「俺は、本当に名前のことが好きなんだよ。本当だとは思わなくていい、嘘じゃないと思ってくれれば」

禅問答のようなお願いに、名前は目が回りそうだった。
とにかく、名前が、カカシのことを結婚詐欺か悪魔かと見ていたのはお見通しだったようだ。仮に、カカシの言うことが事実だとしても、どうやって証明してくれるのだと言うのだ。

「仕方ないな、とは思ってたんだよ?」

小さな溜息。

「でもね、大好きな名前に疑われるのは頭ではわかってるんだけど、やっぱり心がキツいと言うかさ」

カカシは、名前の腰に手を回してそのまま引き寄せた。距離を詰めようと肩を抱かれる。名前は、突然裏返された団子虫の様に身を小さく縮こませた。

「私達……まだ知り合って間もないですし」
「そんなことないよ。名前が小さい時から一緒だったんだから」
「でも、記憶喪失で……」
「構わないよ」

カカシが、小さなこめかみに唇を落とす。
名前は、身じろぎした。

「名前の気持ちが分からないでもないよ。でもね、俺は心から好きなんだ。今だけはこの気持ちを伝えさせて」

その言葉とカカシの腕に包み込まれる。
まるで都合の良い少女漫画みたいだ。こんなに素敵な人に突然愛されるなんて、素直に嬉しくないわけが無い。うまく行き過ぎてる。

「本当は、俺の愛が本物だって、気付いてくれてるでしょう?」
「そんなの……」

目線を逸らした先に、桜吹雪。またカカシの髪にハラリと落ちてきた。

「散っちゃう」
「ん?」
「桜が、散っちゃう」

カカシの言葉に返そうとしていたのに、出た言葉は余りにも間抜けなものだった。

桜の命は短い。ほんの少し見上げるのを忘れていただけで、気付いたらいなくなってしまう。
去年は忙しくて桜を見る暇なんてなかった。味気ない青い街灯に照らされた桜は、心の寂しさと相まって桜と呼べるものではなかった。
でも、今年はカカシと肩を並べて眺めている。それが不思議で、数週間前ならば想像も出来なかった。

「でも、散っていく様まで綺麗だね」
「うん」

桜が2人の頭上へ、まるで霧雨のように降り注ぐ。

「あ、名前」

カカシが楽しそうに、名前を見た。窺うように首を傾げると、カカシが顎を掴むように指を当ててきた。

「唇に、桜が付いてるよ」
「え?ほんと?」

名前が唇の端を摘んでみるが、見当違いだったようでグロスが付いていただけだった。

「いいよ、俺が取るから」

ついと、視界がカカシだけになる。
唇を重ねられていると気付いたのは、その瞬間。驚き慌てふためいたが、唇を離す様子のないカカシに名前は体から力を抜いた。

「うん、取れた」

カカシの顔を見て、名前はクスクスと笑った。

「なに笑ってるのよ」
「つ、ついてる」

カカシの唇には、名前と同じリップグロスと桜の花びらが付いていた。

「名前、取ってよ」
「ええ!?」
「俺は名前の取ったんだから」
「分かりました……」

名前が、手を伸ばすとカカシはモロに拒絶を示した。

「違うでしょ」

唇を突き出して、カカシは意地悪な笑みを潜めた。
それは、お前も唇を使えと言うことだと理解する。
ほらほら、と促されながらも名前はたじろいで動けなくなってしまう。
結局はカカシに再び唇を重ねられてしまったのだけど。

花びらがお互いの唇から落ちるまで、何度も重ねられて行く。名前はキスが止むまでは大人しくしているようと決めたのだった。




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