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10/14
名前が診断されてから、初めての治療だった。保護者として俺も同席する。
治療と言いつつも、治し方がいまだに分かっていない病気であるが故に進行を遅らせることしか出来ないらしい。それでも、やって行くしかない。生きることを諦めない、そう名前が決めたのだから。

そこから、週に1度、名前とカカシは治療の為に通院していた。そんな生活が暫く続く中、名前の体は間違いなく病魔に蝕まれていた。

12/18
まだ2ヶ月だが、思ったより進行が早い。名前は前より確実に身体は弱り、仕事を休むことになった。収入も身体も不安定になった名前は、俺の家に移り住むことになった。これで俺の目は行き届きやすくなったし、名前自身も治療に専念しやすくなっていたら良い。

1/1
折角の正月だが、名前は1日中寝込んでいた。任務も年末年始は高ランクのものしかないが、幸いにも今は下忍の指導をしているお陰で、任務も暫く休みだった。
寝込む名前の看病をしながら、名前の手を握り、名前が起きている間は沢山話をした。どうして昔から自分にこんなに良くしてくれるのか、名前は申し訳なさそうに聞いてきた。そんなの決まっている、愛してるからだよ、と伝えれば名前は驚きつつも嬉しそうに笑ってくれた。

1/8
名前の体調が安定して、この日は病院に行くことが出来た。駄目だったら、医者に来てもらうつもりだった。
名前の様子を見ていると、俺の愛を伝えたつもりだったが、どうやら真意は伝わっていなかったのかも知れない。きっと俺が父親のような気持ちで愛を伝えたと思っているのだろう。
ずっと兄と父のような役割をしてきた人から男の部分を見せられても気持ち悪いだろう、そりゃそう思うよな。

1/12
寝る時は、決まって俺は名前に寝かしつけをする。と言っても別に子守唄を歌うとかじゃなく、布団を掛けてやっておやすみと言うだけなのだが。
今日に限って、名前の様子がおかしく俺は辛いかと問う。名前は寝るまで手を握って欲しいと言った。そんなのお易い御用と俺はベッドの傍らに椅子を寄せると、名前の手を握った。眠ろうと目を瞑る名前を見ているだけで、俺はただただ胸がいっぱいになった。

2/1
病院の帰り、名前は俺と手を握りたいと言った。名前は普段は明るく強かったが、寝る前や病院の帰りになると気弱になることが多かった。手を握り、人通りの少ない道をゆっくり歩いた。名前の体温が切なくなるほど愛しかった。気付いたら、俺は名前を抱き締めていた。こうして神様から名前を見えなくしたら、病気を間違えて持ってってしまわないかと夢物語のようなことを考えていた。

2/7
病院帰り、また俺達は手を握った。
この日はあまり嬉しくない検査結果が出てしまい、名前は酷く落ち込んでいた。帰宅してからも互いにほとんど会話はなかった。だが、寝る時になって名前が離れないで欲しいと懇願した。また俺は椅子に座り、名前の手を握った。握り返す手が、気持ち細くなっている気がした。

それから半年、名前の体調は少しずつ回復し安定するようになった。どうやら治療が功を奏したようだ。名前は自分のことなのに、不思議とホッとしていた。

8/23
昨日は暑い夜だった。暑さで目が覚めてしまいエアコンを入れ直す。眠り直そうとすると名前が部屋にやって来た。
どうした?と声を掛けると、黙ってベッドの縁に腰を掛けた。眠れないのだろう、俺も黙ってベッドを半分空けた。名前は大判のタオルケットの下に潜りこんで来て、俺の隣に横になった。そして、程なくして寝息が聞こえた。

8/24
また名前が布団に潜り込んできた。布団の中で名前の手が俺の手を探していた。握ってやれば、安心したように名前は目を瞑った。

毎日名前はカカシのベッドに潜り込み、それが当たり前になったのかカカシもわざわざ日記で書かなくなっていた。

「病気……だったんだ」
「うん」

自分の人生の不遇っぷりに我ながら同情した。生まれ故郷と家族を同時に失い、不自由な孤児院で育ち、仕事と勉強を頑張っていた矢先に治療法のない病気になるなんて。でも、きっとそれらを帳消しにしてくれる位にカカシの存在は救いになっていただろう。何も覚えていないが、そんな気がした。
カカシは不思議だ。本人は静かで月のような存在だが、関わる人に光をもたらす。地獄から這い出す為の蜘蛛の糸のように、否、もっと強い救いの光を感じる。きっと、名前以外にも沢山の人を助けて来たに違いない。

「でも、今は健康診断でも全部Aで健康そのものなんだけど、私の病気は治ったの?」

カカシは首を横に振った。

「こんなに健康なのに?」
「治らなかった。だから、名前と俺はこっちの世界に移る事にしたんだよ。敢えて死を選び、生まれ変わることにね」
「死んだ……」
「普通に死んだら、この世界に来る時には赤ちゃん状態だ。けど、特別な方法を使えば大人のままこっちに来ることが出来る。しかも健康な新しい肉体でね」
「特別な方法って?」
「前に連れて行った神社覚えてる?」
「何となく」
「あそこに祀られている神様と契約をする」
「神様……?」

もう何を言われても驚かないぞと決めていたが、どうやら無茶だったようだ。

「じゃあ、私とカカシはその神様と契約をしたの?」
「うん」
「神様っているの?」
「こっちの世界の人はあんまり信じてないみたいだけど、神様や仙人と言った存在はいるよ」
「でも、私と違ってカカシは記憶が残ってるよね。カカシは私と違うの?」
「ううん、一緒。実は、まだ俺は神様との契約の半分しか履行していないんだよ。それが理由」

カカシは、また書斎に戻り、小さな巻物を持ってきた。

「見たら、びっくりするよ」

覚悟しといてね、とカカシはゆっくりと巻物を解いた。墨で何やら御札のような図形と文字が書かれている。巻物の真ん中に差し掛かり、名前は肝を冷やした。

心臓の絵が、まるで本物のように鼓動を立てていた。あまりのリアルさにぎょっとしてしまった。

「これが、俺の心臓」
「は?」
「神様との契約は、まず肉体を通行料として支払う。神様と契約し、元の世界で1度死ぬことにより、この世界に来ることが出来る。俺がしているのはここまで」
「じゃあ、残り半分は?」
「通行料を支払ったら、今度は滞在料が要る。それが、記憶なんだよ」
「…………」

また名前は、巻物を見返した。

「どうしたら、記憶は消えるの?」
「この心臓を何でもいいから、刺すなり燃やすなり何なりして止める。そうすると、記憶が消えて三日三晩は意識を失うらしい」
「全部忘れちゃうの?」
「名前と同じように何もかもね、きっと」
「このまま記憶を消さなかったらどうなるの?」
「んー、分からない。とりあえずは元気だけど」

カカシは、巻物を巻き直し書斎に戻した。
想像していた自分の過去と比べると、かなり斜めの角度でヘビーだった。

「ごめんね、折角の誕生日なのに」
「ううん、かなり驚いてるけど知れてよかった」
「もっと取り乱すかなとか思ってた」
「それを飛び越えちゃってるよ……あ!」

名前は、日記を閉じて机の上に置くとカカシを見上げた。

「あのさ、忍者なんだよね?忍術とかってあるの?」
「そりゃ、もちろん」
「見せてって言ったら、見せてくれる?」
「ええ?」
「見てみたいの!本物!」
「うーん、それなら……」

名前の上目遣いに弱いと自覚している。別に出来ない訳ではないが、あんまり見せびらかすのも良くない気がする。と思いながら、カカシは印を結んだ。
名前の目の前が煙に巻かれ、その中から名前が出てきた。

「わ、わたし!?」
「そ、変化の術って言うの」
「それ知ってる!すごいけど、自分の現実を突きつけられるのは辛いかも……」

名前は、眉間に皺を寄せてカカシが変化した自分を見た。ホクロまでそのままだ。

「すごい、どうやってやるの?」
「どうって、自分の中のエネルギーを練って、それから名前の姿を正確に想像して形にしてるかな」
「ホクロまで覚えてるんだね」
「そりゃあね、一瞬で覚えなきゃいけないこともあるから名前は余裕だよ。なんなら指紋まで再現してるよ」
「え、すご!」

名前はカカシの手を取り、自分の手と見比べた。細かな皺まで真似ている。

「すごいんだね、見せてくれてありがとう。すっごい興奮した!」
「そう?それなら良かったよ」

カカシは変化を解いて、自分の姿に戻した。

「人数とか増やせる?」
「出来るよ」
「瞬間移動は?」
「色んなパターンはあるけど、出来るよ」
「すご!じゃあさ、必殺技とか!ゲームみたいな!」

カカシは少し考えて、まあ一応あったよ、と答えた。

「へえ、凄いね。かっこいい」
「まあ、そんな良いもんじゃないよ」
「そうなんだ、でも凄いことには変わりないよ」
「……ありがとう」

名前がとても興奮した様子を見て、カカシは拍子抜けしていた。もっと泣いたり、混乱するかと思っていたからだ。昔から妙に現実を受け入れる力がある。物心つく前とは言え、家族を亡くしたことも、孤児院で暮らしたことも、病気になったことも、彼女は受け入れて来た。勿論、葛藤や苦悩は自分の中で抱えていたのかも知れないが。

「名前、シャンパン新しいの開けちゃおうか」
「ん、いいね!」

カカシは日記を汚さないように、棚の上に移動させるとシャンパンを取りに冷蔵庫に向かった。
こうして、生きていてくれている。10年振りの誕生日祝い。夢のようだった。もし、これが本当は夢であったとしても、カカシは怒らないだろうと思った。夢だとしても、彼女と幸せな時間を過ごせるのなら何だって良い。今ならその気持ち、深く分かってあげられたかも知れない。




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