01


私は、よく考えることがある。

運命があるのだとしたら、神様はそれを気まぐれで決めたのだろうか。
運命があるのだとしたら、神様はそれを熟考して決めたのだろうか。
小さな塵の爆発で宇宙が生まれて、この宇宙に星が生まれて、地球が青いことも、自然が緑であることも、私が人間に生まれることも、女に生まれることも、この日本に生まれることも、今日の仕事終わりに携帯を落としてしまうことも。

『もしもし……?』
「あ……」

そして、自分の携帯に私が掛けて、拾ってくれた人が出てくれたことも。
こんな小さなことまで、全て神様が真剣にお決めになっているのだとしたら神様は相当にお暇な方に違いない。だとしたら、どうして私から全てを奪ってしまうのですか。

「すみません、それ私の携帯電話なんです……」
『そうですか。今、駅にいるので駅員に届けておきましょうか』
「あ!えっと、すぐ向かえますのでお時間良いですか?」
『はい、私は大丈夫です』

私がおっちょこちょいなのも、生まれる前から決められたことだとしたら。この人に出会うのも決められたことだとしたら。私は神様を……。

「こんな偶然あるんですね」

相手の手の中には、携帯電話。白いマスクの下で朗らかに笑うその人は、一昨日も名前の落し物を拾ってくれた人だ。一昨日には、ポケットから鍵を落とした所をすぐに拾ってくれた。
異動したばかりで、慣れない土地と慣れない仕事に毎日目が回るようだった。仕事には支障は出ていないが、こんな小さなミスが出るようになっていた。

「ハハハ、ビックリしました」
「また助けて頂くなんて。すみません」
「いいえ、俺もまたアナタの落としもの拾うなんて」

自宅の最寄り駅。
この人も、近くに住んでるのだろうか。ただの偶然なのに、何か感じずには居られないのは目の前の人が素敵だからなのか。
カフェに入りませんかなんて言ったら、出会い目的で落し物をしているみたいだ。ここで逆ナンパなんて出来ない。無理だ。

「あの、もしお時間あったらお茶でも……」

ひとり、勘違いしている訳ではないとしたら。

「え?」
「急にすみません、これも何かの縁かなと思いまして」
「は、はい!行きます!」
「良かった」

駅前のカフェに入り、窓辺の席に座る。名前はコーヒーを、相手も同じものを頼んだ。
初めて見た時も思ったが、本当に綺麗な顔をしている。マスクを隠していても分かる。名前の目線を感じたのか、相手はマスクのゴムに指を引っ掛けた。

「ああ、すみません。マスクは失礼ですね」
「そんな訳じゃ……」

その人がマスクを外す。名前は無意識に息を呑んだ。まるで女神が撫でたような美しい鼻筋、男らしい顎とは対比した綺麗な唇。白い肌にポツリと筆で差したような黒子さえも、ずるいと感じさせてしまう。こんなかっこいい人見たことない。

「あの、ハーフなんですか?」
「ハーフ?」
「あ、あの、本当に綺麗で……まつ毛も白くて綺麗で日本人ぽくないなぉって思ったものですから。って、不躾にすみません……」
「いいえ。まあ、父親譲りではあるかも知れません」
「そうなんですか」

父親も相当イケメンなんだろう。名前は、勝手に想像した。
コーヒーが届いて、男はゴクリと一口飲んだ。

「そう言えば、まだお互いの名前聞いてなかったです」
「あ、そうですね。笑わないで聞いてくれますか?」

突然恥ずかしがる相手。俗に言うキラキラネームとか言う名前なのだろうか。知ってるアニメキャラの名前だったりして、困惑しながらも名前は大丈夫です、と答えた。
男は少し迷った後、口を開いた。

「カカシって、言うんです。可笑しいでしょ」
「え?」

思わず持っていたコーヒーカップを落としてしまった。幸いにもカップは割れることは無かったが、熱いコーヒーが手に掛かり名前は声を出してしまった。
男は、店員にすぐに氷を持ってくるように頼むと、濡れたテーブルを拭きあげた。店員が持ってきた氷で、名前の手を包む。その手際の良さに、名前は火傷よりもその振る舞いに見蕩れてしまっていた。

「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」

ふと我に帰る。確かに目の前の他人は、自らをカカシと言った。
名前も最初は変な名前だと思った。しかし、時間が経つにつれて不思議と、昔からの知り合いだったかのように、名前が馴染んでいった。カカシなんて正直ヘンテコな名前の人間が、複数もいるだろうか。

「あの……カカシさん」
「……はい」
「私の名前、分かりますか?」

カカシと名乗る男は、朗らかな表情を瞬時に真剣そのものに変えた。しっかりと見てみると、左目にうっすらと目蓋を裂くような傷跡が残っている。事故か何かにあったのだろうか。もしや、危ない世界の人なのか?

「もちろん知ってるよ、名前……ちゃん、だよね」

不意に、店のドアが開けられて風が頬を撫ぜた。暖かく薫る風に、思わず外を見てしまう。
窓の外、いつの間にか緑がいっぱいになっている。あれ、桜はまだ咲いていないのだっけ。全然関係ないことを唐突に思う。

「俺の手紙、読んでくれたんだね」

ふと、我に返りカカシを見た。やっぱり、この人だ。




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