困ったさん1


「カカシ先生、これはどうしますか?」
「あー、それはそこに置いといて。ありがと」

一時的に秘書のように手伝いに来ているシカマルが、書類の束を机の上に置いた。紙の束がタワーのように積み重なる。机の上にそれがいくつも無造作に並んで、ちょうど、火影岩の裏に建設中の高層ビル群完成図みたいだ。ビルは無事完成してほしいが、このタワーは早く崩さなければならない。

「まだこの束がいくつもありますから、覚悟しといて下さいよ」
「はいはい、もう慣れたよ」

シカマルが次の束を取りに行き、火影室はカカシひとりになった。
少し筆を止め本を取り出す。最近は眠る暇もなかったから、少し憩いの時間が必要だ。やはり自来也様は素晴らしい。疲れた心身にはやはり素晴らしい文学が必要だ。ページをパラパラと捲っているとドアが大きな音を立てて開けられた。カカシは内心驚きながら本を机に素早く仕舞う。徹夜続きと素晴らしい文学のせいで完全に注意が逸れていた。

「あ!また六代目サボってますね」
「いや、これは……休憩でね」
「私だって、六代目に付き合って寝てないんですから。早く終わらせて下さい」
「ごめん」

秘書の名前が、重そうな書物をいくつも抱えて入って来た。埃を被った書物は、確かカカシが探すように頼んだものだった。それを机に置いて、名前はカカシの前に仁王立ちする。その形相たるや、まさに寺の脇にそびえる仁王像。カカシよりもずっと若いのに、その恐ろしさにたじろぎ、汗で手袋が湿る。

「そうやってサボるから、睡眠時間削らなくちゃいけなくなるんですよ」
「んー、それは困ったね」
「はぁ……六代目って、私がいない隙にサボりますよね」
「違うよ、俺がサボると名前が来るんだよ」
「あ、サボったって認めましたね」
「……これは言葉の綾でね」

カカシの弁明も虚しく、名前が火影様何ですから!と説教を垂れていると紙の束を抱えたシカマルが戻って来た。名前とカカシ両方に視線をやってから、面倒臭そうにアクビをした。

「名前さん、また火影様に突っかかってんすか」
「違うから!前も言ったよね?六代目の前でアクビするなんて!」
「おー、こわ。すんません」

シカマルと違っていつも真面目で厳しい名前を、シカマルは笑いながらからかった。シカマルとはそんなに歳は離れていないが、一応名前の方が昇格した時期も年齢も先輩なのに。名前が眉間に皺を寄せていると、シカマルが思い出したかのように口を開いた。

「そーいや名前さん、綱手様が呼んでましたよ。急用だって」
「うそ!ありがとう!六代目、ちょっと失礼します!」

カカシに怒っていたことも忘れて、名前は走って火影室から出て行く。その後ろ姿を見届けてから、シカマルはカカシの方に振り向いた。

「なんで女って、あーやってガミガミ煩いんすかね。名前さん、顔は可愛いんだから勿体無い」

何やら説得力のあるシカマルの愚痴にカカシがニッコリと笑って、余裕をかましながら背もたれにもたれ掛かる。

「分かってないねぇ」
「はい?」
「ま、分からなくて大丈夫」
「はあ……」

さっきまでひと目で分かるくらいに狼狽えてた癖に、何やら機嫌が良くなって手元も良く動き出す。まあ、元気になったなら良いかとシカマルも手元を動かしてカカシの手伝いを始めた。





「ただいま」

何とかタワーをやっつけて、カカシは家に戻る。
独り身のカカシには待つ家族はいない。帰って来ても部屋は暗く、しんと静かだ。着ていた服を洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。
シャワーを浴びて疲れを洗い流していると、家に入ってくる気配がした。カカシは残った泡を急いで洗い流し、バスタオルを腰に巻き付けながら浴室から飛び出した。

「おかえり」
「ただいま、カカシの方が早かったのね」
「名前こそ、遅かったね」
「綱手様に飲みに連れてかれたの。うー、飲みすぎちゃったかも」

まだ、お風呂で温まったばかりの肌にはじんわりと汗が滲む。その肌に密着させるようにカカシは名前を抱き寄せた。微かにアルコールの匂いがして、体はどことなく熱い。

「全く、俺の名前だってのに。人使い荒いね」
「私は綱手様のものでもありますー」

確かに、綱手様が暗部で懇意にしていた部下のひとりが名前だった。生真面目過ぎるところもあるが、実力もあって気が回るから護衛を兼ねた秘書に向いているだろうと、綱手様が紹介してくれて六代目の専属秘書になった。

「もともとはそうかも知れないけど、今は俺のもんでしょうが」

譲らないカカシに名前は笑った。
お酒とタバコの匂いのする自分を抱き締めて貰うのも申し訳なくて、名前はカカシの腕からスルリと抜ける。

「シャワーだけ浴びていい?」
「うん、早く出て来てよ」
「はーい。カカシも服着てね」
「はいよ」

お酒のせいか、普段よりも楽しそうな後ろ姿を見届けてからカカシもちゃんと服を着るためにクローゼットを開けた。
寝間着を着たカカシはソファーに腰掛け、缶ビールをあけて口をつける。酒には強く、1本程度で酔ったりはしないが火照った体にはこの喉越しがとても気持ち良い。

本を広げ、名前がシャワーからあがるのを待ちながら考えていた。
シカマルが火影室で言っていたあの言葉。確かに、名前は仕事中は厳しく怖い顔をしている。だが、ふたりきりの時はいつも甘えん坊の犬みたいだってことをシカマルは知らない。
女が惚れた男に見せてくれる顔は、とても愛らしいものだってこと、シカマルはまだ知らないだろう。

「カカシ、ありがとう。あのね、着替え」
「ああ、ごめん」

バスタオルを体に巻いただけの名前がカカシのもとへやってくる。今日の名前はやけにサービスしてくれるな、と思いきや、単純に自分が名前の着替えを持って行くのを忘れていただけだった。

「もう裸で良いんじゃない?」
「恥ずかしいし、冷えて風邪ひいちゃう」
「風邪引くのは困るね、ちょっと待っててよ」

Tシャツと名前が置いているショートパンツをクローゼットから取り出して手渡した。
寝間着に着替えさせると、カカシはドライヤーを持ち出してソファーに座る。足の間をポンと叩いて、名前を座らせた。

「乾かしてあげる」
「ありがとう」

温風を名前の髪の間に通しながら、指で梳くように流していく。すぐに無造作に飛び跳ねる自分の髪とは違って、柔らかくて長い。同じシャンプーの筈なのに、名前からは凄く良い香りがして思わず濡れた髪に鼻を埋めてしまう。こんなことを火影室でやったら間違いなく説教にあうだろうが、ここはふたりだけの空間。名前はカカシの膝に置いていた手で、角ばった大きな膝をすりすりと触っているだけだった。
すぐに髪は乾いて、ドライヤーをテーブルに置くと名前を後ろから抱き締めた。

「あー、疲れたー」
「ありがとう、髪長いから疲れたよね」
「違う違う。綱手様に名前取られちゃったから、癒やしがなくて疲れちゃったよ。シカマルじゃあ、癒やされないよね」

抱き締めたままカカシは、ソファーにコロンと寝転がる。カカシの腕に固定された名前もコロンと転がった。名前の髪がカカシの顔にかかって、カカシはふぅーっと息を吹いて吹き飛ばした。吹いた息が首筋にも耳裏にも当たり、名前は擽ったいとコロコロと笑い声をあげる。
こんな小さなことで笑ってくれる、こんな些細なことカカシの胸は暖かくなる。思わず抱き締める腕を強くした。

「ねえ、名前」
「なーに?」
「なんで仕事中はあんなに怖いのよ……分かっててもたまにビックリする」

片方の肘を立てて頬杖をつく。反対の腕で名前の体をグッと自分に引き寄せる。名前は、えっとね、あのね、と何やら言葉を選ぶのに時間が掛かっているようだ。

「だって、カカシがカッコイイから仕事中なのにデレデレしちゃいそうなの」
「何それ……可愛い」

名前を自分に向き合わせるようにゴロンと動かして、カカシは満面の笑みを見せる。

「そんなこと聞いたら、これから火影室でムラムラしちゃうかも」
「そ、それは駄目!」
「シカマルがいるから?他の人がいなかったら良いでしょ?」
「火影室は神聖な場所です!」
「本当に真面目さん、じゃ、ここでムラムラするよ」

名前の頬を包み込みながら、唇を重ねる。自分のよりも小さくて、なのに自分のよりも柔らかい。名前が薄目でカカシをうっとりとした表情で見上げる。

「もういっかい……して」
「じゃあ、寝るまでにあと100数えてキスしよっか」

火影様がこんな人だと知ったら里の人は驚くだろう。普段は凄く穏やかで部下達のことを尊重するが、大切な所はしっかりして誰よりも先頭に立つ。暗部時代には、カカシは凄い存在で逸話は先輩達から聞いていた。そこでの印象は冷たく怖い人だと思っていたが、秘書になって180度変わった。それでも、恋人の前ではこんなに甘くてベタベタしてくるなんて付き合ってから名前自身も驚いた。

「いーち……いってんご……」
「小数点も含むの?」
「当たり前じゃない、折角だから0.1刻みにする?そしたら、あと995回出来るよ」

目を真ん丸にする名前に、カカシはハハ、冗談だよ。と笑った。すると、名前は体をカカシにすり寄せる。グッと上体を起こして名前からカカシに口付けた。

「カカシとなら、もっとキスしたいな……なんて」
「も、な、名前……」
「きゃー!」

カカシの上に名前が飛びかかる。忍の本能なのか、思わず名前はカカシの手を弾いてしまう。弾かれた手を擦りながら、カカシはニヤリと片方の口角を上げた。

「やるじゃない、名前」
「あ、ご、ごめん!つい……」
「じゃあ、本気で行かせて貰うよ」

カカシの手が、名前の右腕を掴み取る。カカシが顔を一気に近付けて来たが、咄嗟に顔を逸らすことで避けた。両足でカカシを蹴ろうとするが、簡単に阻まれた。掴まれた腕にグッと力を入れ、カカシの首根っこを掴むとカカシを裏返すように、自分の体もグルリと反転させた。カカシの上に名前が乗りかかる。これで形勢は反対になった。

「はあ……暑い……」
「つい、本気になっちゃったね」

名前は脱力してカカシの体に倒れ込む。
胸板につけた耳からカカシの鼓動が聞こえる。戦争が終わって数年、あの時頑張って生きていて良かったと実感する。こんな時間が迎えられるなんて、戦っていた時は想像もつかなかった。

呼吸を整えてから名前は尺取り虫のように体を動かし、頭を少しずつ上に移動させた。カカシの顔は目前にある。名前は唇を尖らせて、もう少しだけ顔を前に突き出した。

「これで…………1.7」

名前がまた唇をくっつけてきた。
頭が噴火してしまいそうと言ったら大袈裟かも知れないが、脳がマグマのように煮えたぎる。こんな可愛い姿、火影室でも見せられたら仕事にならない。

「名前、今のはずるいよ」

そう言ってカカシは体を反転させて、名前を組み敷いた。髪に触れ、額に眉、目蓋に触れて、どんどんと指先が降りていく。厭らしくはなく、小さな子犬に触れるように優しい。

「名前はここも、ここも、全部可愛いね」

甘い言葉を囁くカカシの顔は、惚れ惚れするほどに甘く色っぽく名前は思わず目を反らしてしまう。

「だーめ、俺のこと見つめて」

諌められ、名前はそろりと目線をカカシに戻す。バチリとカカシとの目線が重なった瞬間、体中の血が顔に集まった。
自分と違う銀の髪も、その眉と睫毛も、よく見ると深い青を潜めた瞳も、白い肌と男らしい輪郭、そしてその肌に映える黒子も、全てが名前の胸を高鳴らせる。

「名前、好きだよ」
「私も、好き」
「俺達一緒だね」

鼻先を擦り合わせ、互いに唇を尖らせれば触れ合った。



2に続く……




困ったさん1 end.
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