人形姫・21
「お母さん、プレゼント」
名前が差し出したのは、先程花屋で購入した鉢植え。艶々とした青緑の葉が、三枚ほど重なって鉢から生えている。
お母さんは、奥歯まで白い歯を輝かせながらそれを受け取った。
「まあ、鈴蘭ね」
「うん。私とお母さんのお花だから」
「そうね。ねえ、名前。鈴蘭の花言葉知ってる?」
「花言葉?」
「再び訪れる幸せ、よ」
「そうなんだ……」
だから、お母さんは鈴蘭のことが大好きだったんだ。お父さんと再び出会える事を願って、大切にしていたのだろう。
「大切に育てるわね」
空は少しずつ色霞み始め、カカシの髪を橙色に染めていく。
時計を見れば、あと数分。ナルトはちゃんと口寄せしてくれるだろうか。意外性ナンバーワンだからな、とカカシが言うと名前も心配だねと笑った。
万が一名前が離れないように、体をロープで結び合った。
「お母さん、今までありがとう」
「何があっても、あなたを愛してるわ」
1度、お母さんが名前の頬を撫でる。育ててくれたのはたった数年だったが、本当に心から愛してくれていたのだと名前はハッキリ理解した。
理解するまでに時間は掛かったが、こうやって分かることが出来て本当に良かった。
「そろそろだよ」
「カカシさん、名前のこと幸せにしなかったら容赦しませんからね」
「はい、精一杯幸せにします」
お母さんが微笑んで、名前も微笑んだ。
秒針がコチリ、コチリと天辺に近付いて行く。
3、2、1……
「おーい!大丈夫か!?」
「ちょっと!声がでかいのよ!」
「…………」
頭を撫でられている感触と懐かしい騒がしさ。
名前が目を覚ますと、心配そうに見つめるカカシの姿があった。カカシの背景、かつて見慣れた天井に、名前は木ノ葉に戻って来たのだと理解する。
「カカシ……」
「良かったー!名前先生、心配したんだってばよ!」
「名前先生ー!良かった!」
カカシの後ろには、懐かしい顔が3つ。ナルトとサクラ、それから。
「え?サスケ、くん?」
「久しぶりだな」
「わあ……サスケくん、おかえり」
「ああ、どちらかと言うと今は俺の台詞だ」
あ、そうだね。と名前は笑った。
「名前先生、久しぶりに見たら尋常じゃなく綺麗になってるんですけど……」
「当たり前でしょうよ。俺の妻だよ」
「げ!カカシ先生ってそう言うタイプなんだな」
先程までの寂しさが嘘の様に、騒がしさに包まれる。とても心地いい。
「みんな、大人になったね」
「まあな、先生は綺麗になったってばよ」
「ふふ、ありがとう」
「さーて、名前先生も起きたし、みんなで一楽に行くか!」
「あんた、そればっかり。少しは名前先生の体を気遣いなさいよ」
「うう、ごめんってばよ」
カカシを見上げると、肩を竦めてカカシはおどけた。名前は、体を起こし白い歯を覗かせた。
「元気出す時は、ラーメンだもんね?しかもチャーシュー大盛りの」
「よっしゃー!」
「ちょっと!先生無理しないで下さい!」
「フン」
「名前が言うなら決まりだね」
「サイとヤマト隊長も呼ぶか?」
「サイ?」
「俺達の新しい仲間だよ。ま、あいつらはまた今度で良いでしょ」
3人が玄関を出たところで、カカシは財布忘れたから先に行っとけと玄関を閉めた。
まだ上がり框に腰掛けて靴を履いている途中の名前の隣に、カカシも座った。
「ごめんね、俺はロマンチックからは程遠いみたい」
そう言ってカカシは、名前の左手を取った。履きかけのまま、カカシを見るといつになく真剣な顔をしていた。マスクを下ろして、カカシは名前に向き合う。
「名前、君をもう二度と離しません。俺と結婚してくれますか?」
名前の視界がすぐにボヤけて滲む。ゆらゆらと揺れる向こう側でも分かるカカシの優しい笑み。
「はい。私と結婚して下さい」
左手に、細くて冷たい感触。すぐに体温に馴染んで、体とひとつになった。
ーーあー、俺イルカ先生との約束思い出したってばよ。
ーー奇遇ね、私も丁度綱手様に呼び出されてたの思い出したわ!サスケくんも!
ーーそうだな。
玄関前から聞こえた声。もう少し上手く演技出来ないもんかとカカシは笑う。
でも、本当にありがとう。
遠ざかる気配を感じながら、涙を零す名前を抱き締める。頭をポンポンと撫でながら、頬を重ねた。
「本当に、泣き虫さんだね」
グズグズと鼻を啜る名前に、カカシは笑いながら鼻と鼻を擦り合わせる。
ああ、本当に可愛いな、気付いたら心の声を言葉に出していた。
これから、名前の泣き顔も怒った顔も、笑った顔も一番そばで見ていられるのなら、世界一幸せな男だ。間違いない。
「ラーメンはまた今度だね」
「んふ、残念」
爪先に引っ掛かった靴をカカシが取り払う。
「引っ越しもしないとね。俺も火影になっちゃうし」
「そっか、何だか寂しいね」
「大丈夫、火影の家は広いけどすぐに住み慣れるさ」
名前が、あ!と言って、カカシの左手を取る。
「私にも、着けさせて」
「うん、よろしく」
自分のよりもふた周りも大きな輪っかを、カカシの左手に収めて行く。しっかりと奥まで押し込むと、カカシは嬉しそうに笑っていた。
この笑顔を、ずっと見ていられるのなら、きっと自分は世界一幸せだ。
「笑顔も素敵なのに隠しちゃうの勿体無いよ」
「良いんだよ、これは名前に独り占めして欲しいんだ」
こんな言葉で喜んでしまう自分もどうやら、意外と独占欲があるみたいだ。
カカシの肩に顎を乗せて抱き着くと、愛の言葉をたっぷりとカカシが囁いた。
「幸せよ、カカシ」
「俺も幸せだよ」
名前は、幸せで溢れる溜息を胸の奥で噛み締めた。
人形姫 End.
あとがき4ー86ー
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