人形姫・14




埃っぽい空気にむせ返る。ガス臭い風が鼻につく。目は霞み、頭は痛い。こんなにチャクラが消耗された感覚は久し振りだ。カカシはグラグラと揺れる頭を抱え、膝に手をついて体を支えた。
頭皮に雫が落ちる感触がして見上げてみると、顔にポツリと当たる冷たい水。雨が降っている。

サクモさん?

小さな声がして振り返れば、眠る幼子を抱いた男が驚愕に満ちた表情で立っていた。時折、里外の古い人間には父に間違われることがある。
男の顔を見て、やはりこの術は間違いなかったのだとカカシは確信した。

男は、かなり混乱している様子で独り言のようにぶつぶつと何かを言っている。カカシは少し戸惑いながらも会釈をすれば、男も戸惑いながら会釈を返した。
喉を咳払いで整えてから、マスクを下ろした。

「すみません。私はサクモではなくサクモの息子です」
「え?はあ?」
「貴方の巻物を使って、ここまで来ました」
「私の?」
「はい。貴方は、苗字さん……ですよね」

男は、首を縦にも横にも振らず、決して返事をしようとはしなかった。突然現れた怪しい男に、はい、そうですよ、なんてお気楽に答えるには名前のようにお人好しでないと無茶な話だ。ましてや、目の前の男は現役かどうかは分からないが忍なのだから。

「あなたの忍者登録証を見ました。もちろん、火影様の許可を貰っています」

カカシは慎重に少しずつ木ノ葉の情報を小出しにした。カカシは登録証の写真と同じ顔を見て確信をしているが、相手は全く状況が掴めていないのだ。どうすれば信じて貰えるだろう。
男は子供を庇うように抱き締めながら、丁寧に話を聞いてくれた。その様子に隙はなく、並の忍ではないのだとカカシは感心した。

「……サクモさんの息子なら、カカシくんだったかな」
「はい。そうです」
「僕が知るカカシくんは、まだ赤ちゃんだったのにね。こんなに立派な青年になって」

男の肩からふっと力が抜けた。カカシもそれに合わせて力を抜いた。

「信じて、くれるのですか?」
「信じた訳ではないよ、けど、信じてみたくなっただけさ」
「ありがとうございます」

カカシは頭を下げて礼を言った。
それで、と男は切り出してカカシに傘を手渡してきた。

「女物で悪いけど、濡れるよりはましだろう。巻物を使っているとは言え、結構チャクラを使ってバテバテじゃないか?」
「はい、実は、かなり」
「なら、我が家に来ると良い。あんまり忍の話を外でする訳にもいかないし、子供も寝ちゃってるしね」

男に促されるままにカカシは、男の後ろをついた。頭上の花柄の傘をずらして周りを見渡せば、背の高いガラス張りの建物が並んでいる。地面には黒く硬く舗装された道、そして慣れない匂いのする空気。建物が密集しているのは空区に似ている気もするが、周りの人達を見てみれば服装が戦闘にはあまりにもお粗末だ。空区と違い治安も良さそうで、比べ物にならないほどの立派な街だ。

「妻を迎えに行く途中でね、ちょっと付き合ってくれないか」
「はい」

男は、傘で身を隠しながら指先を立てて印を組んだ。

「感知を?」
「いいや、妻には万が一の為に術を仕込んでいるんだ」
「術ですか」
「いざと言う時に、すぐに駆け付けられるようにね。二代目の術と僕の時空間忍術を掛け合わせてみたんだ」

確かに自来也が言っていた通りだ。並外れた時空間忍術を生み出し、天才と呼ばれた男。これで人格者と言うのだから、よっぽど神に気に入られたのだろう。

「本当に凄い方なんですね。里が必死に探したのも頷けます」
「なーに、もう昔の話だよ」

男の腕に抱かれる子供、4歳くらいだろうか。カカシがあまりにも優しい眼差しで見ているものだから、男は誇らしそうに笑った。

「うちの子、可愛いでしょう」
「はい、とても」
「妻に似たんだよ。妻の子供の頃に瓜二つでね、今から将来が楽しみなんだ」
「それは、さぞかし綺麗な奥様なんでしょうね」

男がそうなんだよ、しかも年々綺麗になっていくんだ、と惚気るものだから、カカシはつい笑ってしまった。もし、自分が名前と結婚したら、こんな風に頼まれてもないのに惚気けてしまう様が容易に想像できたからだ。

「さ、行くよ」

男が手を振る先に、店の軒先で雨宿りをする麗しい影が見えた。その姿があまりにも懐かしく、カカシは息を忘れてしまう。

無理もない。それは大人になった名前そのものだったのだから。大人の名前は、カカシではなく隣の男に蕩けるような笑顔を向けて駆け寄る。

「こら、走っちゃ駄目だよ。転んだらどうするんだい」
「あなた、ごめんなさい」

そう言って、ふっくらとしたお腹を優しく撫でた。カカシのことなど始めから視界に入っていないようで、こちらが気まずくなるほどの仲睦まじい様子を見せつけられた。

「ああ、ごめん。カカシくん」
「あ、いえ」
「紹介するよ、僕の妻」

その時やっとカカシに気付いたようで、大人の名前は再び蕩けるような笑顔を向けた。
男は誇らしそうにカカシを見た。

「綺麗でビックリしたでしょう?」
「はい、名前さんにそっくりで……」
「はい?」
「どうしてその名前を知っている?」




ー79ー

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