人形姫・17




火影室のドアがノックと共に開かれた。

火影椅子に座る綱手が瞳だけ動かしてみれば、カカシがそろりと顔を覗かせる。綱手は窺うように目を合わせた。

「名前か?」
「そろそろ仕事が終わる頃合いかなと思いまして」
「用事があるからって、仕事早く終わらせて帰ったぞ。お前、知らないのか」
「まあ」

明らかに消沈するカカシに、綱手はつい小さく笑みが零れてしまう。木ノ葉きっての天才と呼ばれた男が、女の子ひとりに感情を揺り動かされているのだから。それと同時に、この2人があと数日で離れ離れにならない事実が里長として責任を感じていた。もし、自分が火影としてもっと力があれば。そう思わずにはいられない。

「お前も人の子だったんだな」
「綱手様」
「からかって悪かったよ」

笑みを隠し切れない綱手に、カカシは内心言い返したくもなる。が、何を言い返したいのかも分からない。口をマスクの下でまごつかせた後、お疲れ様でしたと頭を下げて火影邸を出た。

「さて」

名前がカカシに秘密にしている用事があるなんて。落ち込むほどではないが、ショックを受けていた。いや、やはり落ち込んでいるか?
勿論、信頼しているから交友関係は自由にさせているし、名前も新しい友達が出来たとか、友達とこんな店に行って来たとかカカシに教えてくれている。

昨夜は、特に用事もないと言っていたのにな。

自発的に早く帰ったのなら、急用が出来たのかもしれない。やはり心配だ。探しに行こうか、いや、でも名前は、ああ見えてしっかりしている。大体、忍犬がついているから心配はない。有り得ないことだが、もし、カカシに秘密にしなければならないことがあってそれを隠すために、嘘を言っていたのだとしたら。

「いや、帰ろう」

名前に対して失礼なことを考えてしまった。
カカシは踵を返し自宅に続く道に方向転換する。帰路の途中にはやまなか花店がある。花や可愛らしいものにはどうしても疎いが、店内の花瓶に目が行った。

「あれは」

カカシは少し立ち止まり、考えた。
そして、店の中に足を踏み入れる。店番をしていたいのが、少し驚いた顔をしていた。





「ただいま」

誰も居ないのは分かっているが、癖でつい口にしてしまう。サンダルを脱いでいると奥から物音が聞こえた。家具に人がぶつかる様な音、転ける音も聞こえた。空き巣か?そうだとしたら随分と間抜けな奴だ。よりによって俺の家を選ぶなんて不運な奴だな。呆れていれば、いてて、と声が聞こえた。

「名前?」

聞き間違える訳がない。名前の声だ。カカシは手荷物を玄関に置いたまま急ぎ足で名前の部屋に向かう。念の為ノックをしてからドアを開ければ、不自然にベッドに腰掛けている名前がいた。

「お、おかえり!」
「うん、ただいま」

転けた時に膝を打ったのか、膝を手で擦っている。妙に落ち着かない様子の名前にカカシが首を傾げていると、名前はカカシを自室から追い出すように抱きついて来る。2人の体が部屋から出たところで、ドアを後ろ手に閉めた。

「転んだの?」
「え?あ、うん!でも大丈夫!」

これ以上詮索されたくないのか、名前は、ご飯を作ろう!そう言ってカカシをキッチンに向かって押し始める。何だか変だ。

「どうかした?」
「なにが!?」
「んー、いや、何でもない」
「変なカカシ」

変なのは名前の方でしょ。カカシはそう言いたくなるが止めておいた。

キッチンに立つ名前は、いつもの手付きでエプロンを後ろ手に結ぶ。その様子を密かにカカシは眺めていた。名前が家事をしている様子を見ていると、どうしても勝手な想像をしてしまう。
名前なら、お腹が膨らんでもキッチンに立とうとするだろう。そして、子供が生まれある程度大きくなったら一緒にキッチンに立って料理を作る日が来るだろう。
名前がそうなる時、隣にいる人間が自分であったのなら、どんなに幸せなのだろう。

「今日は何が食べたい?」
「名前が作るのなら何でも好きだよ」
「もー、それは困るってば」
「そうだね、ごめん」





食事を終え、カカシは玄関に忘れ物をしていたことを思い出す。こっそりと取りに行き、名前の背後に立つ。
相変わらず気付かない名前を見ていると、何だがイタズラをしたくなってしまう。右手に忘れ物をもったまま、左手で名前に目隠しをした。
名前は驚いた声をあげながら、視界を塞ぐカカシの手を握った。

「名前、プレゼント」
「プレゼント?」

指をどかして見れば、目の前は鈴蘭の花束だった。爽やかな蜜の香りが微かに薫る。
名前は感嘆の声を上げ、カカシから受け取った。

「ほら、名前。鈴蘭好きでしょう?」
「うん、お母さんの好きな花だったの」
「そうなの」

喜ぶ名前の顔を見て、カカシも目尻を下げた。
例え、名前の隣に自分が居なかったとしても、名前がずっと笑顔で幸せでいてくれるのなら……。

納得できるかな、できなかったりして。

「カカシ、ありがとう」
「どういたしまして」

やっぱり、俺はそばでこの笑顔を見ていたいよ。


ー61ー

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