人形姫・03



「名前をどうする気だ」

カカシはクナイを構え、アスマは武器にチャクラを流した。この程度では、イタチ相手に牽制にすらならないことは分かっていた。

「戦う気はない。名前さんを渡して頂ければそれで良い」
「それは出来ないな」
「彼女はただの一般人、人柱力のナルトくんとは違う。この里から一人ふたり消えた所で関係ないでしょう」

写輪眼を出す事もなく、イタチはカカシ達に一歩近付く。ナメられているのか?怒りを落ち着かせながら、カカシは自らの写輪眼を露わにした。
再び月読を食らわないように、視線を足元に移した。正統な血統の開眼者には敵わないのだ。

「名前は里の大切な仲間だ。元木ノ葉の忍なら、俺達の言っている事が分かるだろ」

イタチの右足がほんの僅か後退りした瞬間だった。
カカシが地面から飛び出し、イタチの鼻先にまでクナイを突きつけた。しかし、紙一重でイタチはそれから逃れ、後ろに飛び退く。
イタチの体が地面から離れた瞬間に、アスマが背後から拘束をした。大柄の男に羽交い締めにされ、イタチの細い体は自由を失う。

「カカシ!」

雷切を左胸に目掛けて突き刺した。イタチの胸には簡単に穴が空いた。イタチの血で濡れた腕を引き抜いて死体を地面に落とした。
イタチがこんな簡単に殺られる訳がない。しかし、目の前のイタチは分身でもなく生身の体をしている。何故、こんなにも違和感が拭えないのだ。

「おかしくないか?弱すぎる」
「うん、俺も思ってた」

カカシとアスマが警戒を解くことが出来ずに見下ろしていると、イタチの体から芥が散り始めた。髪と肌が崩れていき、表面が全てボロボロと灰のように崩れた。不意に吹いた風が芥を吹き飛ばし、その山の中から現れたのは、イタチとは似ても似つかない男の死体だった。

「は?どういう事だ?」

カカシの脳裏に浮かんだのは名前の顔だった。それと同じ瞬間に肝がゾッと冷えた。

「アスマ!急ぐぞ!」





「名前ー!もう今日は帰っていいぞ」
「綱手様、今日もありがとうございました」
「ご苦労、明日はゆっくり休みな。あんみつありがとう」
「いいえ!また一緒に食べましょうね」
「あぁ、分かったよ」

名前は、やったー!と喜んで飛び跳ねた。
そういえばゴミを出しておこうとまとめておいたのを思い出し、ゴミ袋を持って執務室を出た。

綱手はひとり残って、書類に判を押していく。名前が書類を整理をしておいてくれたお陰で作業がしやすい。名前は、事務作業が上手いと言うよりも、こちらが気付かないような所にまで気を利かせてくれるのが良いんだと思っていた。シズネほど気が利く娘はいないと思っていたが、名前も質は違えどよく気が利く娘だ。滞りなく仕事を進めることができて、朝に比べて幾分も気分が良い。これからは、忙しいシズネの負担を減らす為にも名前に事務全般を任せようと思った。

ふーっとひと息ついた時、ある事に気付く。

「おいおい、名前……」

名前は、いつも使っているカバンを忘れていた。ゴミ袋を持ったせいで、忘れてしまったらしい。本当にあの子はしっかりしているのか、抜けているのか。カバンの中には財布や鍵まで入っていて、帰りの商店街で慌てる名前が目に浮かんだ。

「世話の掛かるお人形さんだこと。火影が届けてやるなんて、特例だからな」

カバンを手に、綱手も執務室を出て名前を追いかけた。





「えーっと、これは可燃ゴミだからこっちね」

名前はゴミを出し終え、踵を返した。その瞬間、ドンと誰かにぶつかってしまった。今日は人によくぶつかるなと思いながら、見上げる。名前は驚いて声をあげた。

「驚かしてすみません。また会いましたね」
「あ、あなたは!今日はぶつかってすみませんでした、ちゃんとお詫びも出来ずごめんなさい!」

名前が頭を下げると、その人は優しく笑い、気にしてませんよ。と答えた。その人は執務室に出勤する前、名前がぶつかってしまった青年だった。
柔らかな表情を見ながら、名前は初めて会った時の疑問がぱっと晴れた。

あ、この人はサスケに似ている。
しかし、どうしてこんなに似ているのだろう。

その人の手が名前に伸びて来た。一瞬にして黒い瞳が赤くなった。カカシの左目に良く似ている、でも何だか少し違う。そう思った瞬間だった。

目の前の人間が、姿を消した。

それは突然現れた綱手によって殴り飛ばされたのだ。目の前に綱手が現れたことによって気付いた。名前を背に、綱手は拳を強く握った。

「うちの可愛い子に手を出す気か?うちはイタチ」

イタチは、口端から流れる血を手の甲で拭った。

「綱手様?え?どうして?」
「忘れ物だよ」
「あ……」

ポイッとカバンを投げてきて、名前はそれを胸で受け止めた。

「狙いは名前か」
「火影様、ご名答です」
「名前は、暁なんかに渡さないよ」

え?私を狙っている?何故、名もない一般人の自分が狙われなきゃならないのか。
ハッとして、お腹に触れた。かつてカカシと綱手に説明されたことを思い出す。そうだ、この身体はこの世界では特殊な構造をしているらしい。だから、前に狙われたんだっけ。

「名前さんも賢いようだ」
「わ、わたし……」

イタチの赤い瞳と再び目が合う。

「名前!喋るな!目を閉じろ!」
「は、はいぃ!」

名前は言われた通りにギュッと目を閉じた。

瞼が閉じられた瞬間、目の前が色の反転した世界になった。
名前の心臓はバクンと大きく跳ねて、それからドクドクと乱れだした。見覚えのある月、見覚えのある道、そうだ、この角を曲がれば……。

記憶が鮮やかに蘇り、膝がガクガクと震えた。
嫌だ!行きたくない!名前は泣きながら必死に逃げようとするが、身体が勝手にあの日と同じ動きをする。

かつて暮らした家が見えて、名前は必死に抗おうと踏ん張った。玄関を開けて、家の中に入れば、何かに躓いて転んだ。そう、これはお母さんの、腕が勝手に電気をつけた。

目の前に血の海の中で、真っ白な顔の母親が倒れていた。首から流れた血が、廊下に広がり、端の方が乾燥してこびり付いていた。
足元を見れば白い靴下が血で染まり、真っ赤な靴下に変わっていた。腰が抜け、這いつくばる。
リビングに辿り着けば、まだ小学生だった弟が苦しそうな顔をして血に染まっていた。

悲鳴さえ出なかった。

血塗れの指は震えて全くいう事を聞かない。必死に119番を押した時、意識が途切れた。

目を開くと、再び見覚えのある道に立っていた。嫌な予感がした。そして、また歩き出す足。

何度も繰り返される。もう何度繰り返したか分からない。やめて、殺して、こんなの死んだほうがよっぽどましだと思った。

気付けば何日も経っているようだった。それなのに、寝る事さえも許されない。目に焼き付いた家族の顔、やっと、やっと家族の死を受け入れられたと思っていたのに。こんな目に遭わされるなんて。こんなの、こんなの。

ーー死んだほうがましだ。

声をあげることもなく、名前は地面に倒れ込んだ。顔面蒼白で全身から脂汗が出ていて、土が纏わりつく。だが、その気持ち悪さを感じることさえ出来なくなっていた。

微かな瞼の隙間から、白銀の光が見えた気がした。
次の瞬間には、何も聞こえない。何も感じない。何も見えない。
名前の瞼は、何かを諦めたかのように静かに閉じられた。


ー47ー

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