人形姫・11




約束通り、翌日は温泉街から少し離れた観光地を目指すことにした。
温泉街を出て30分ほど歩けば、森の中に五色沼と呼ばれる色の違う美しい池が集まった場所があると言う。名前がそれを見たいというものだから、ふたりは再び森の中を歩いていた。

「名前って若いのに渋いね」
「そう?」
「若い子って、もっと遊園地とかそう言うのに行きたいもんかと思ってたよ」
「お母さんに綺麗なものを見て生きてきなさいって、ずっと言われてたの」
「素晴らしい教えだね」

観光地として有名であるお陰で、道は整備されていて温泉街から浴衣のまま来られるようになっている。だが、時折道の端がぬかるんでいて、カカシは名前が転けてしまわないように手を繋ぎながら道を歩いた。
名前の手は、カカシからすれば小さく細く、初めて手を繋いだ時には力加減に苦慮した。
自分にとって普通の力で握れば、痛いと言われてしまったし、かと言って痛くないように優しく握れば手がスルリと抜けてしまった。こんなに自分は不器用だったかと呆れながら、試行錯誤を重ねて今では自然と丁度良く握れるようになった。
時々名前が、ギュギュッとリズムよく手に力を込めた時は、同じリズムで握り返す。そうすると、名前は小さくクスクス笑う。それがカカシは嬉しい。

「もうすぐだね」

五色沼まであと300メートルと書かれた看板が立て掛けれていた。その看板に沿って行けば、木々の向こうからキラキラと水が反射するのが見えた。
名前の歩みが少し早くなって、カカシもそれに合わせて少しだけ歩幅を広げた。

「わぁ、とっても綺麗!」
「本当だ」

ターコイズブルーの池が広がっていた。池には小さな桟橋が掛けられていて、ふたりは桟橋の先端に並んだ。
色が濃いにも関わらず透明度が非常に高く、水面を覗き込めば魚が水草の間を泳いでいるのが見える。

「この世界はとても綺麗ね」

カカシは、一眼カメラを取り出してフィルムを巻いた。
かつてナルト達のSランク任務に付き合って、カメラをレンタルした。フィルムが余ってしまい、名前を撮った所綺麗に写るものだから結局買ってしまった。写真に写るのは好きではないが、名前との思い出を残しておきたいと思ったのだ。
基本的に名前の写真ばかりを撮っているため、里の写真屋に現像とプリントに出すと、写真屋のおじさんに今回も可愛い写真は撮れたかい?と、からかわれてしまうようになった。最初はとても気恥ずかしかったが、今では慣れてしまった。

「名前、一緒に写真撮ろう」
「うん!」

池を背景にしながら自分の前に名前を立たせた。長い腕を伸ばして、背景も写るようにシャッターを切った。この旅行でも沢山写真を撮ったから、里に戻ったらまた写真屋に行かなきゃね、と思った。

「他の池にも行ってみようよ。赤色とか緑色もあるんだって」
「うん」

楽しそうな名前の後ろについていきながら、カカシも下駄を鳴らした。カシャカシャとシャッターを切りながら、振り返る名前を撮れば自然と笑みが零れた。

他の池にも足を運び、綺麗な景色をゆっくりと楽しんで、温泉街に戻ることにした。

「カカシはお土産買わないの?」
「良いよ、別に」
「だめだよー!私と一緒に買おう!」
「ありがとう。ま、綱手様には買っておかないとね」

お土産屋さんを巡り、買い忘れたものを買い、みんなのお土産を買って宿に戻った。

「食事の前に、一緒に風呂入らない?」
「え!?」

明らかに警戒する名前に、カカシは自分の行いを反省した。確かに夜から朝まで昨日はやらかしてしまった。
ここで何もしないよ、と言えれば良いのだけどそんなのカカシにはできそうもない。

「我慢できなくなったらごめんね」
「な!もう、仕方ないですね……」





風呂では我慢できたのだが、食事が終わり、ゴロゴロしていたらムラムラとしてしまった。
押し倒し、熱いキスを降らしながら憎まれ口を叩かれても仕方ないと思っていたが、優しい反応の彼女にカカシは激しい満足を覚えた。
ま、そこからは満足するだけでは飽き足らず、我慢の2文字は完全に忘れてしまったのだが。
名前はもう浴衣を着る気力が失せ、カカシも何も纏わぬまま共に布団の中で柔らかいシーツに包まれていた。

「はぁ、もう明日帰りなのね」
「楽しかった?」
「うん、とっても楽しかったよ。ああ、帰りたくないなあ……」
「俺も」
「ありがとう、カカシ」
「こちらこそ」

名前は、カカシの胸に体を密着させた。カカシも、名前が離れないように腕を巻きつける。
もう何度重ねたか分からない素肌、筋肉質の腕、カカシの厚い胸板の硬さ、その奥から聞こえる鼓動。それに包まれているだけで、心の中に巣食う孤独が小さくなって行く。
前の世界では、名前としてではなく、舞妓花風として生きていかなければならなかった。花風がなくなってしまったら、自分と言う価値がなくなってしまう、そう思って暮らしていた。
でも、ここは自分らしくいる事を皆が受け入れてくれる。何かを演じたり、他人の期待に応える必要もない。名前が笑ってくれるだけで良いんだよ、と優しくみんなが言ってくれた。

二度とワガママは言いませんから、もう生きたくないなんて思いませんから、どうか、神様、どうか私からこの愛しい人を奪わないで下さい。

「ねぇ」
「どうした?」
「カカシは……私のそばから居なくならないでね」

名前の悲鳴のような囁きに、カカシは名前の体を更に強く抱き締めた。

「離れないよ、約束する」
「カカシ……」

名前の指にキスをすれば、名前の温もりが冷たくなってしまった自分の心に注ぎ込まれるような気がした。
名前の為なら地獄にだって落ちたっていい、だから、神様、どうか、この愛する彼女を俺から奪わないで下さい。
傷ひとつない柔らかい肌にできるだけ触れようと、カカシは手のひらでも名前を抱き寄せた。

「カカシ……?」
「ううん、何でもない」

朝になって目が覚めたら、このままひとつになっていますように。そうすれば、何があっても離れ離れになれなくなるから。

叶わない願いを欠ける寸前の満月にかけ続けていれば、いつの間にか目蓋が落ちていた。


ー39ー

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