人形姫・05


「あれ?名前さん!」
「イズモさん、お疲れ様です」

里の門には、何度も来たことはあるがそれを越えようとしているのは初めてのことで、門番をしていたイズモが話し掛けてきた。

「名前さんが里を出るなんて、珍しいですね」
「えぇ、休暇を頂いたので」
「あぁ、いいなぁ。旅行ですか?」
「そうなんです」

名前にばかり話し掛けるイズモが気に入らなくて、カカシは初めて口を開く。

「俺も居るんだけど」
「あ!カカシさん!」

まるで初めてカカシに気付いたかのような反応に、カカシはため息を吐いた。

「や、やっぱり忍者服を着ていないと雰囲気が違うので、ハハハ」
「ま、そう言うことにしておくよ」
「すいません……」

一般人の名前と里を出るため、カカシも一般人を装った格好をしていた。忍が外を歩く事自体、警戒もされ易い。それがただの旅行だったとしても。一般人である分、賊に狙われ易くなるが自分の実力があれば名前を守ることくらいなんて事ない。

「じゃ、俺達これから行かなきゃいけないから」
「ご、ごゆっくりして来て下さい!」
「イズモさん、お仕事頑張って下さいね」
「ありがとうございます!」

名前の肩を抱きながらカカシは門を出た。他の男に、名前は俺の女だと見せつけたかったのかもしれない。
小さなジェラシーにかっこ悪いと思うカカシを余所に、名前は目をキラキラさせていた。

「すごい!こんなに森に囲われてたなんて!やっぱり隠れ里って感じがする!」
「ま、里には機密が沢山あるから、簡単には入れないようにしてるんだ」
「そうなんだ!それにしても、こんな森の中に入ったの初めて!」

森に入っただけでこんなにはしゃぐなんて、本当に可愛いなとカカシは後ろから見守る。ふと、名前は思い付いたように振り返った。

「そういえば、温泉ってここからどれぐらいなの?」
「んー、名前のスピードなら6時間くらいかな」
「ろ!ろくじかん!?」

名前は、頭を抱えた。そうだ、この世界には飛行機もなければ新幹線もないし、バスだって電車だってない。動物を使うか、自分の足で歩いている。

「全部、歩くんだよね…?江戸時代みたい」
「そりゃ、もちろん。えどじだいって何?」
「何でもない……」

カカシは、名前の荷物をヒョイと奪うと自分のリュックに括った。慌てて取り返そうとするが、彼氏が持ってやったほうがカッコいいでしょ?と言えば、名前はありがとうとつぶやいた。

「随分狼狽えてるけど、名前は、前の世界ではどうやって移動してたの?」
「んと、私の国は島国だったから国を超える時は飛行機。新幹線とか車とか。普段は電車に乗ってたかな」
「へえ、分からないな。どれもこっちにはないものばかりだね」
「やっぱりそうなんだ。飛行機は、空飛ぶ乗り物で、電車は敷かれたレールの上を走る乗り物。新幹線は電車の速いバージョンみたいな感じかな。どれも便利で、本当に楽だよ」
「へぇ。じゃあ、名前の世界の人はあんまり歩き慣れてないんだ?」
「……そういえば、歩くってなかったかもしれない…。都会の人の方が歩くけど、それでも徒歩30分掛かるなら電車に乗ったりしてたかな。私の住んでた所は、本当に交通網が発達してたから」

カカシは、名前が里に来たばかりの頃、すぐに疲れた様子を見せていたのも納得いった。やっぱり彼女は、知らない世界から来たんだと思わされる。最近は、里の生活にも慣れてすっかり木ノ葉の住人になってきたなと思ったが、6時間歩くと言っただけでこの反応だ。

「歩く?俺、名前を抱っこしてもいいよ」
「いえ!折角来たんですもの!頑張って歩く!やっぱり旅は景色も楽しまないとね」

名前は笑って、カカシの手を握った。
カカシも確かにそうだね、と言って握り返す。

「カカシは、6時間の道は走ったらどれ位で走りきれるの?」
「うーん、休まず走れば1時間掛からない……かもね」
「えぇ!?本当に!?普段の走りよりも、実は速く走れるの?」

名前は目を真ん丸にさせて、カカシを見上げる。

「俺は人より速いらしいけど、忍なら普通だよ」
「信じられない」

疑ってはいないが、そのスピードで走る様子が想像もできない。いつも受付で見る忍の様子は普通だし、アカデミーの子供も足は速いがその比でないのは明らかだ。カカシの本気の走りを見た事もない。

「凄すぎて訳わかんないや」
「ハハ」

カカシは、立ち止まり名前の前に立つ。

「じゃあ、俺が今からあの木の前に立つね。ここから動かないでよ」
「う、うん」

カカシが指差したのは、20メートル位先の真っ直ぐ伸びた他の木よりも立派な木だった。カカシは、軽く走って木の前に立つ。

「じゃあ、今から俺なりの速さで名前の所に戻るから」

名前がうん!と返事しようとした瞬間。頬に冷たい風を感じた。

「ま、こんなもん」

名前の背後にいつの間にかカカシが立っていて。
向こうに居たはずのカカシはいなくなっていて。瞬きする暇さえなかった。

「どう?実感できた?」
「は、はい……」

後ろから名前を覗き込んで来るカカシが、フフッと笑った。
カカシのスピードに感動しながらも、背筋に冷たいものが通ったのを感じる。
自分の身を自分で守るなんて、この世界では出来ないと思ってしまった。カカシレベルの忍が、この世にどれだけいるか分からないが、自分が武器を手にした所で到底敵わないのは明らかだった。
自分が銃を構えて打ち込む前に、きっと忍達は私の首根っこを捻るなんて簡単なのだろう。

「なんか、変にビックリさせちゃった?」
「いいえ、本当にすごかった……」

歩き続け、気付けば1時間経っていた。
腕時計を見て、まだ5時間もあるのかと密かに落胆する。景色を楽しむとは言ったものの、どこまで行っても森が続くだけ。さすがに飽きてきた。退屈を感じて足も意識すれば痛い。カカシを見上げれば、やっぱり平気そうだ。名前の目線に気付いてカカシは、ん?と顔を傾ける。

「名前、疲れた?」
「だ、大丈夫!」
「本当に?」

カカシは、背負っていたリュックを前に掛け直すと名前の前にしゃがんだ。

「ほーら、乗って」
「え、いいよ!まだいけるもの!」
「いいの、いいの。手を握るだけじゃ物足りないしね…なんて」
「……」

名前は、カカシの首に手を回し、体を背中に預けた。カカシの背中は広くて安心する。顔に当たるカカシの髪がくすぐったい。

「ありがとう」
「どういたしまして。ちょっと早く歩くよ」

カカシの身のこなしは軽い。長身で筋肉があるにも関わらず、まるで重力なんて関係ないかのような動きをする。やっぱり忍と言うのは信じられない身体をしている。この世界の人達は、体の造りが違うのかもしれない。

「重くない?」
「全然、名前は軽すぎ。心配になっちゃうくらい」

それから暫く歩き続け、1時間ほど経つと、森がひらいているのが見えた。ぼんやりと街が見える。

「あ!向こうが見えた!」
「うん。ここを抜けたら目的地だよ」

森を抜けると、石畳が続く先に立派な和風の建物が乱立していた。その間から、白い煙が上がっていて温泉街の雰囲気をさらに醸し出す。石畳を少し進めば、硫黄の匂いが鼻に届いた。

「わぁ!とっても素敵!」
「ここは、火の国で有名な温泉街なんだよ」
「すごーい!」

はしゃぐ名前を降ろして、再び手を繋いだ。

「何だか、私が住んでた花街に似てる」
「そうなの?元々ここは城下町だったから、賑やかな場所なんだ。同じ人間同士、発展の仕方は違えど、そう言うのは似てるのかもね」
「違う世界なのに似てる場所があるって不思議」

道を歩けば、お土産屋が立ち並び、温泉饅頭やお団子が美味しそうな湯気と香りを漂わせる。いかにも温泉街と言う雰囲気を出しながら、旧街道を思わせるような佇まいに時代をタイムスリップして来たかのようだった。
浴衣に下駄を鳴らして歩く観光客達の様子が、風光明媚な景色に色を添える。

「ねぇ、カカシ。あとでお散歩に来ようね」
「うん、いいよ」

カカシが笑うから、名前も笑った。


ー33ー

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