人形姫・12


待機所の掃除を終えると、綱手に呼び出され、名前は執務室で任務の事務処理をしていた。綱手が高ランク任務の割り振りを決め、名前は忍に渡す依頼書を記入していく。
アスマや紅を始めとした上忍は、SランクやAランクの任務ばかりだった。詳しい事は分からないが、難しい任務であることは処理をしながら名前でも分かる。もちろん、カカシも例外ではなく、誰よりも任務成功率と達成時間の短さがトップレベルのカカシこそ、きつい任務ばかりを当てられていた。
そのせいで、カカシが家に帰っても名前が寝静まった頃で、起床する頃には既に次の任務に向かっている。起きてから、家の中の僅かな変化でカカシが帰ってきたんだと感じることしかできない。本当に、ここ数日は殆ど顔を合わせていない。

火影の机の向かいで、書類に埋もれながら名前が仕事をしているとカカシが帰って来た。
カカシは、綱手への挨拶もそこそこに名前を見つけた。

「え?名前、なんで?」
「カカシさん、おかえりなさい」

目をパチクリさせるカカシに、綱手が口を挟む。

「可愛いから、そばに置いてんだよ。こっちだって気を揉むからな。癒やしがないと」
「そーですか……」

カカシは羨ましい、と思った。家に帰っても、名前の寝顔しか見る暇がなく、起きておはようの一言も言いたいのに許されない。それに対して、目の前の火影は職権濫用して名前を傍に置いておくなんて。俺の名前何ですけど…と、文句の一言も言いたかったが、あとでどやされる方が恐ろしくグッと言葉を飲み込んだ。
カカシは、やっと名前の前から離れ火影の机の前に向かう。名前に向けられていた綱手の優しい目が、一気に険しくなりカカシは気を引き締める。

「カカシ、サスケが里抜けした」
「……」
「シカマル達が、奪還任務を行っている。メンバーは、ナルト、ネジ、チョウジ、キバの下忍ばかりだ」
「え?新米達だけで!?」

ガックリと項垂れて、机に片手をついた。自分がもう少しでも早く任務を終わらせていれば…。激しい後悔が腹の中を渦巻いた。

「…………」

カカシが踵を返すと、綱手がコラコラとSランク任務を突き付ける。

「まぁ、すぐに済ませて来ますんで」
「カカシさん……」

カカシは、大丈夫だよ、と言う様に名前に向かって一瞬だけ目を細めると執務室から足早に出て行った。
カカシが出て行った後も、扉を見つめていると綱手が声を掛けてきた。

「名前、心配か?」
「えぇ、でもカカシさんなら大丈夫です」
「カカシは幸せ者だな。あいつが愛しの名前に会えるようにしたっていうのに、たく」
「え……」
「可愛い子をそばに置いときたいのもあるが、任務の度に火影の私の所へ来るから、会えるようにお前をここで事務処理させてるんだよ」
「綱手様……」
「カカシは、里の為に頑張り過ぎてるからな」

綱手は立ち上がり、名前が頼めば男達は断らないからと、割り当てを書いた紙を押し付けて執務室の扉に手を掛ける。

「病院に行ってくるよ。後は頼んだ」
「はい」
「今日の笑顔も可愛いな」

名前の目には、笑った綱手の横顔が寂しそうに見えた。





カカシがナルトを抱えて帰ってきた。

サスケは帰って来なかった。

重症で帰ってくる者、瀕死の状態で帰ってくる者、酷く心が傷付いて帰ってくる者。まだ中学生の年齢の子供たちが、友を救う為に命をかけてきた。その事実が名前の胸を大きく締め付けていた。 

「名前先生……」
「ナルト君、おかえりなさい」
「先生、守れなかった……」
「約束守ってくれたよ。生きて帰ってきてくれたじゃない」

仕事を終わらせた名前がナルトを抱き締めて、ナルトは鼻を鳴らした。ベッドでミイラ男みたいになって、横たわるナルト。こんなにボロボロになるなんて、一体どれだけ必死で、どれだけ辛い想いをしてきたのだろう。なんて厳しい世界なのだろう。

「私も忍だったらなぁ」
「先生は優し過ぎて向かねぇってばよ」
「そっか。もっとナルト君たちの気持ちが分かりたいのに……」

ナルトの治療が始まって、名前は仕事に戻る。自分に出来ることは本当に何もなくて、やはり自分が情けなく感じた。

弟のように可愛がっていたサスケは、里を出て行ってしまった。忍でない自分には何も教えて貰えないが、ナルトの様子を見ればただの家出ではないことは確かだった。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。弟を失うのはこれで二度目だと落ち込んだ。

「名前」
「……カカシさん」

上から声がして見上げれば、屋根の上にカカシが立っていた。名前が微笑めば、カカシは名前の前に降り立つ。

「名前」

思い詰めた声で名を呟くと、カカシは名前の体を抱き締めた。道の真ん中でこんなことをされるのは初めてで、いつものカカシとは違う様子に名前は黙って抱き締め返した。

「名前が居てくれて良かった……」
「カカシさん……?」
「名前がいなかったら、俺どうにかなってたかも……」

酷く自失した様子で、カカシの腕は甘えるように名前の体を締め付ける。息が苦しくても、彼の為ならと名前は受け入れた。自分にできることなんて、これぐらいしかないからと。

カカシは、鼻を名前の髪に埋め何度も息を吸い込んだ。名前は不思議だ。良い香りがして、その香りを嗅ぐだけで癒やしの効果がある。何だか落ち着いてしまう。
名前の香りで、胸の中に立っていたさざ波が、すーっと水輪が広がるように消えていく。吐きそうなほどの自己嫌悪が、何故だか和らいで行く。
ずっとこうしていたかったが、新しい任務も刻一刻と争う状況だった。これ以上ゆっくりはしていられない。カカシは、名前からぱっと離れた。

「ごめーんね、任務行ってくるよ。どうしても会いたかった」
「カカシさん!」

名前は、カカシの腕を強く握り引き留める。カカシが自分を見つめている。それだけで、名前は嬉しくて涙が出てしまいそうだった。

「カカシさん、私がいること……忘れないで」

カカシは、ニッと笑い頷いた。

「ありがとう、名前」

真っ暗な瞳に、名前の胸は酷く痛んだ。
彼の瞳に光が戻るなら、私は何だってできる。

だから、彼にもう絶望を味わせないで欲しいと心から願った。



あとがき
ー27ー

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