好きな食べ物はショートケーキ。
好きな飲み物はミルクティー。

好きなものまで可愛いフミは見た目ももちろん可愛い。美人か可愛いかと聞けば、ほとんどの人が可愛いと答える。17歳なので、幼さが残るその表情はルフィだけでなく、大抵の男は惚れ込んだ。だがそれは、ナミとロビンの横にいれば少し劣るかもしれない。美人を好きな男の方がこの大海賊時代には多い傾向だ。
なので、ナミとロビンと買い物をしていたフミにナンパしてくる男は珍しい。

「可愛すぎる。名前だけでも教えてほしいな」

ナミやロビンに見向きもせず、フミだけを見つめる彼は赤い髪に青い目をしている。村を散策していたフミとすれ違い、一目惚れをしたようだ。
ナミは面白そうにその様子を見ていた。危なければ助かるが、彼は堅実そうに見える。様子見がいいだろうと判断した。
フミは助けを求めるようにロビンを見つめた。ナミはニヤけていた為、助けを求めるのは無駄と思ったからだ。ナンパだけでなく、元々人見知りなので人といきなり話すことはフミにとって難しい。

「先に名乗るのが礼儀よ」

フミに弱いのはナミもロビンも同じである。泣きそうな目で見つめられれば、助け舟を出さざるを得ない。

「おれはロン。村長の息子だ。見ない顔だったから見ていたんだけど、あまりにも可愛くて声をかけてた」

フミの顔が赤く染まる。ストレートに気持ちを伝えられたのはルフィ以外では初めてだからだ。遠目から見られたり、可愛いと言われたことは何度もあるが、フミは慣れていない。
その反応にも、ロンは好意を示した。

「君たちは何の用でこの村に?滞在期間は?」

「2日程度滞在したら出るつもりよ。この辺の海域を回ってるの」

ロンの問いにナミが答えた。海賊ですとは口が裂けてもいえない。

「2日か……。明日、おれと会ってくれないかな?名前も教えてくれると嬉しい」

「…フミです。えっと、明日は」

「フミちゃんか。よろしくね。」

「大丈夫よ。フミを貸してあげる。」

「ちょっと、ナミちゃん!」

ナミは完全に面白がっている。フミはルフィに聞かないと、と悩んだがナミが許可してしまった。
ロンは嬉しそうに笑い、お辞儀をする。

「ありがとう。おれこんなこと初めてで、明日絶対楽しませるから。昼の13時にこの場所で待っててほしい」

「わ、わかりました」

断れない、フミの性格を理解した上でのナミの作戦だった。
ロンは頬を赤くして、頷き去っていった。フミはすぐにナミの顔を見る。

「怒らないでよフミ!たまにはいいじゃない。ルフィは私が説得するわ」

「ルフィ怒らないかしら」

「もちろん怒るわよ!でも、たまにはフミも人と触れ合うことが大切よ。私たちばっかりじゃダメ。」

「一理あるわね」

「……大丈夫かなぁ」

ナミはそう言うが、フミは不安しかなかった。
3人はすぐにサニー号へと戻る。時刻は夕方。サンジが夕食の支度をしているのか、良い匂いが漂っている。
甲板にはナミお目当てのルフィが寝そべっていて、麦わら帽子を顔に乗せ、日が当たらないようにしていた。その横でブルックが歌を歌っている。

「ルフィ!フミが帰ってきたわよー」

「ん、おかえりー」

「ヨホホ、おかえりなさい。新しい島はいかがでしたか?」

ルフィは顔の麦わら帽子を除け、フミたちを見る。寝ていたのか、眠そうな目をしていた。ブルックは歌をやめ、3人に話しかける。

「特になにもない島ね。海鮮が自慢らしいわ。あと、フミがデートに誘われたの」

「ヨホ!海鮮が!それは楽しみ……デート?」

「おい、ナミどういうことだ?」

ルフィは明らかに不機嫌な表情を見せた。ナミは怯むことなく、笑ってみせる。

「私が了承したわ。」

「おれは許さねェぞ」

「ルフィ、これはフミのためなの。」

「フミのため?」

「フミって人見知りでしょ?いつも島に上陸しても、他の人と話すことなんてない。でももっと人と関わらなきゃダメよ。だから、たまたま話しかけてきたロンと明日デートするの。もちろん、後はつけるわよ」

ナミが楽しみたいだけじゃん、とロビンとブルックは心の中だけで思った。フミはずっとルフィの顔を見ているだけで、何も言わない。

「んーーー…確かにフミは喋らなさすぎだよなァ。そのロンってやつ大丈夫なのか?」

「大丈夫。ルフィもついてきてよね」

「……………………わかった。」

長い沈黙の後、ルフィは頷く。
こう言う時のナミは口が上手すぎる。そして、ルフィはいつもまんまと騙されるのだ。
フミは驚いた表情を浮かべ、ロビンは笑っていた。ブルックは若い彼らの恋模様に曲の歌詞が浮かび、歌いたくなった。

「他の人と話すフミも見てみたいでしょ?」

確かに、フミはどんな会話をするのかどんな表情を見せるのか、気になる部分はある。一味には人見知りしないので、他人との接し方をルフィは知らない。
ルフィは静かに頷いた。

「ロンには悪いことするけど。フミがルフィ以外を好きになることなんてないもの」

フミが大きく頷くので、ルフィは自信がついた。フミを自分の元へ引き寄せて、隣に座らせる。

「じゃあ今日はフミと多めにキスする」

「ヨホ!では私は歌詞を書いてきます」

「私は部屋に戻るわね」

「私も日誌書かなきゃ」

みんな逃げるように甲板から去っていく。そう言えば、帰ってきてから一言も話していないフミをルフィは覗き込んだ。

「フミ?」

「緊張するよ…だって知らない人だし」

「可愛いなァ。おれが後ろからついてるから大丈夫だ。あ、でもあんまり笑うなよ?可愛いから」

「うまく笑えるかも心配……ルフィ以外とデートなんて初めてだし」

「やっぱ行かせたくなくなってきた。可愛いし。けど、見てみてェって思うし…」

「ナミちゃんもルフィも楽しんでる!私はこんなに緊張してるのに。」

「人見知りなおるかもな!」

「そんな簡単に治りません!」

幼い頃から人見知りで泣き虫なフミをルフィは少し心配していた。エースやサボにも慣れるのに時間がかかったくらいだ。口数が少ないゾロも確か緊張していたのを思い出す。
やはり良い機会だと、ルフィはフミを行かせることに決めた。嫉妬をしていないと言えば嘘になるが、心配の方が上だった。

「フミ、そろそろチューしていいか?」

「もうっ悩んでるのにっ」

「キスしたら忘れるだろ」

ルフィは強引にフミの唇を塞ぐ。フミは案の定、緊張しなくなりルフィのことしか考えられなくなった。




ーーーーーーーーー


13:00。

待ち合わせ場所にはロンが来ていた。

「フミちゃん!」

「こ、こんにちは」

目を合わさず、フミはか細い声で応えた。そんなフミにロンは声を出して笑う。

「ほんと、可愛いね。緊張してるのに来てくれてありがとう。早速だけど、お腹空いてる?」

「…空いてます」

「敬語はやめてほしいなぁ。じゃあおれのオススメの店に案内するね」

ロンが歩き出し、フミは隣を歩く。心臓が今にも飛び出しそうだった。


ーーーその頃、ルフィとナミはコソコソ隠れていた。

「フミずっと下向いてるな」

「目を合わせられないのね」

2人は顔を見合わせ、ニヤけながらフミ達の後を追った。



****



「美味しいっ」

フミは素直に笑顔を浮かべた。サンジの料理と比べても大差ないほどに美味しかったからだ。その笑みに、ロンはますます頬を赤く染める。

「この村で1番のレストランなんだ。」

「全部美味しい……ありがとう、ロンくん」

「フミちゃんは笑顔が素敵だね。おれさ、女の子に声をかけたの初めてなんだ」

「そうなの?」

「うん。話してみても、やっぱり好きみたいだ」

フミの顔が赤くなると同時に、レストランで大きな音が響いた。ルフィが皿を落としたのだ。
フミはルフィを見ながら、ロンへの罪悪感でいっぱいになる。ロンが本気なのが伝わってくるからこそ、自分のしていることが許せなく感じた。

「ロンくん、あのね」

「ちょっと待って。その前に、ここで1番のデザートがくるから。それを食べてから返事聞かせて」

フミの目の前に出されたのは、ショートケーキだった。フミの目が輝くのが見えて、ロンは嬉しくなる。

「ショートケーキ好きなの?」

「うん。大好き」

ロンの浮かべる笑みに、フミは愛想笑いを返した。今でも思い浮かべるのはルフィのことだからだ。
ショートケーキが好きになったのも、ルフィのおかげだった。




ーーーーフミとルフィが6歳の時

出会いはしていたが、両思いになっていなかった2人は友達として毎日のようにフーシャ村で遊んでいた。まだルフィが能力者ではないので、川で遊ぶことが多かった。
2人が川で遊んでいると、マキノがケーキを持ってきてくれた。2人がよくここで遊んでいるのを知っていたからだ。

「ケーキ!?やったー!」

「何ケーキ?」

「イチゴが乗ったショートケーキよ」

「しょーとけーき?初めて食べる…」

「初めてなのか?うんめェぞ!」

三角のショートケーキを受け取ったフミは一口食べた。甘いのに、イチゴの酸味が混ざり合って、今まで味わったことがないほど美味しい。

「ーーーっ!!!!」

「ししっ、フミ嬉しそー」

「フミちゃん可愛いなぁ」

「フミとショートケーキ似合うな!可愛いし!」

ルフィがなんとなく呟いたその言葉が、フミの心に響いた。可愛い、なんてフミはお母さんからしか言われたことがなかった。男の子に言われたのは初めてで、嬉しくなる。

「ほ、ほんと?」

「おう!フミは可愛いぞ!」

ルフィは思ったことを口にするので嘘ではないだろう。満面の笑みで、伝えるルフィ。
フミに自覚は無かったが、この時からルフィが好きだった。無意識に鮮明に残っている記憶で、ずっとこの時のショートケーキの味が忘れられない。恋に落ちた瞬間の味だったからだ。





ーーーーーー



「ロンくん、ごめんなさい」

「え……なんで……」

ショートケーキの最後の一口を食べた後、フミの瞳から涙が溢れた。
ロンが驚きの声を上げると共に、フミは誰かに引き寄せられる。

「…ルフィっ、」

「フミ。終わりだ。もうおれは我慢できねェ」

「ごめんね、ロン!騙したみたいになって…」

ナミがロンに謝る。フミの頭を自分の胸板に押し付けるルフィは静かにロンを見ていた。
何となく察したロンは傷つきながらも笑ってみせる。

「ショートケーキを食べ始めた時から上の空で、何かあるのかなぁって思ったけど……そっか。でも、人見知りなのに来てくれてありがとう。」

傷ついた笑みにフミはもっと涙が止まらなくなる。やっぱりルフィが大好きで、この気持ちのまま人を騙すことができなかった。

「ごめん!!!けど、フミは渡せねェ」

ルフィは深々と頭を下げ、それを見たナミも頭を下げる。

「私が悪いの。フミの人見知りを治そうと思って…」

「ロンくん、ありがとうっ…話しやすくて、楽しかった」

「こんなこと今までないくらい本気だったけど、君が来てからフミちゃんすごく安心してる。ハハッ失恋って辛いな………ごめん、おれはここに居れないからもう行くね。あと1日楽しんで」

ロンはそう言い残すと、レストランから出て行ってしまった。それを見送った後、ナミがフミに深々と頭を下げる。

「本当にごめんね。」

「私も共犯だから。勇気を出させてくれてありがとうナミちゃん」

「フミーーー!!!」

ナミはフミに抱きつき、頭を優しく撫でた。

「ロンもすごく良い人で、私悪いことしちゃった」

「そう言えば、フミ。なんで泣いてたんだ?」

「……ショートケーキ食べたら、ルフィのこと考えちゃって……ロンくんに申し訳なくて、泣いちゃった」

「へー!おれのこと考えてたのか!」

先ほどまで少し不機嫌だったルフィだが、フミの言葉一つで上機嫌のようだ。

「フミが笑顔で話してたからルフィ嫉妬してたのよ?でも、どうしてショートケーキで?」

フミの好物がショートケーキなのは、麦わらの一味全員が知っていることだったが、なぜ好きになったのかは知らない。そして、ルフィも覚えていなかった。

「初めてショートケーキを食べたのが、ルフィと一緒にいる時だったの」

「……そうだっけ?」

フミはルフィに影響されてばかりだと過去を振り返る。それが嬉しくもあった。

「あからさまに上機嫌じゃない」

「だって嬉しいだろ」

その時に恋に落ちたことを、フミは誰にも言うつもりはない。ルフィにだけは、いずれ教えても良いかもしれないが。
人見知り克服とはならなかったが、フミとルフィの仲はより深まった。
ロンにもこの出来事をきっかけに、恋人ができることはまた別のお話。





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