過去編

そして月日は流れた。
ジャックも無事ダダン一家に加入し、エースとルフィの修行も順調。エースはサボに頼まれた通り、二人の兄らしく振る舞おうと礼儀や挨拶をマキノから教わった。兄としていつかシャンクスに挨拶に行くためらしい。フミの母と父にもエースとルフィは挨拶に行った。フミはサボへの人形も完成させた。人形を完成させたのはこれが初めてだった。

そしてサボの件から7年経った今日。エースは17歳、ルフィとフミが14歳になった。
「貴族の男は18で本当の貴族と呼ばれる、だからおれは17歳で国を出る。」とサボが言っていたので出航は17歳になったらと決まっていた。
エースは今日、出航する。コラボ山の海岸に集まったのはフミとルフィ、それに山賊達、マキノとフーシャ村の村長も来ていた。ダダンは見当たらなかった。泣いてしまうからだということは、エースには秘密らしい。

「エース………」

「フミ、何泣きそうな顔してんだよ。」

「だって……エース…」

「ルフィ、フミを守ってやれよ。泣かせたら承知しねェからな。」

「おう!任せろ!」

少年から青年と成長したエースはフミとあまり変わらなかった身長も差が生まれた。フミの頭を撫でるのはエースの癖で、これが最後となると寂しい。
エースは結局フミに想いを伝えないままだった。サボも気づいていたのか、手紙には諦めるなよと書かれていた。妹として愛おしいのか、女として愛おしいのか。エースには分からなかった。しかしいざ別れるとなると抱きしめて想いをぶつけてしまいそうになる。
ルフィの顔を見れば、そんな気も失せてしまうのだが。

「頑張れよー!エース!」

「また会おうねー!」

「待ってろ、すぐに名を上げてやる!」

人知れず成長した海賊王の息子エースはコルボ山の海岸より静かに出航していく。ルフィはもう泣かなくなったが、フミはどうしても泣いてしまった。

「はは!まだ手ェ振ってる!」

「大丈夫かな……」

見えなくなるまで手を振り続け、見えなくなれば見送りに来ていた人は寂しそうな顔をした。

「おれはあと3年!」

「私もなにか手伝えることある?」

「フミは側で見ててくれ、それだけでいい。」

それだけでいいではなく、それでないとルフィは落ち着かないのだった。フミは少し納得がいかないようだったが、邪魔にならないようにすることしかフミにはできない。
そして修行の日々が続いた。エースを追いかけ、海賊王を目指して。

「ゴムゴムの銃(ピストル)も威力が上がってきたね」

「でも、もっと強く、強くならねェと。フミを守れねェ。」

「ルフィ……」

フミは頑張ってという意味を込めて、修行で土まみれのルフィの頬に触れるだけのキスをした。それだけで顔を赤くし、ルフィはやる気が溢れる。また修行に励もう思えた。
エースが出航してすぐの事。新聞にエースがのった。海賊団を作り上げ、仲間達に囲まれている。それをみてルフィのやる気はどんどん上がった。いつかおれも、こんな仲間を見つけるぞ、と。



***





「フミ、やっぱり海賊になるのか?」

すっかり山賊になったジャックはあまり海賊をいいものと思っていない。ブルージャムがある意味良い例だ。

ジャックは23歳になり、大人の男に成長していた。町に出ればそれなりに声をかけられる。だが、ジャックはフミをずっと気にかけていたので、応じることはなかった。フミを好きなのかは自分には分からない。けれど、成長していくフミは綺麗になっていくなと思っていた。

「うん、ルフィについて行くって思いは変わらないよ」

「ついて来いって言われたのか?」

「言われたけど、それだけじゃないよ。私が行きたいって思ったの」

ふーん、と少しつまらなさそうなジャックは修行をするルフィをフミと共に見つめる。残れ、と言ったら彼女はそばに居てくれるのだろうか。
ジャックは故郷の同い年の幼馴染が好きだった。海にもついてきたほしかった。でも、勇気が出ず愛の言葉もついて来いとも言えず。幼馴染に似たフミに出会い、惹かれないわけがなかった。そして、自分ができなかったことを簡単にやってしまうルフィが羨ましくて仕方ない。

「海は本当に過酷だ。ルフィが守るにも限界があると思うけどな……その…フミは弱いし」

「でも、この島でルフィの帰りを待つより命をかけて一緒にいたいと思ったんだよ」

ルフィが巨大魚に食べられそうになったあの日から、ルフィと離れるなんてフミには考えられなかった。

「…………フミ。」

「なに?」

「フミの人形がほしい。」

「私の人形?」

「フミがどこに行ってもその人形があればいつでも近くにいるように思えるだろ?」

告白のような言葉だが、フミには伝わらない。快く頷いてすぐに人形を縫いはじめる。サボの次に作るのは、ジャックだった。エースには人形でなく巾着袋を送った。大切なものを入れておくらしい。

「なに作ってんだ?」

「人形だよ。ジャックにあげるの」

修行がひと段落し、ルフィは汗を拭いながらフミとジャックに近づいた。ルフィは新しいものを作るたびに、フミに何を作るのか尋ねる。

「えー!ジャックにだけずりィぞ」

「ルフィにはいつでも作れるでしょ?ずっと一緒なんだから。」

「んーーー。確かにそうだよな、おれはずっと一緒だからいつでも作って貰えるよなー!」

満足したのか、ルフィは修行に戻っていく。単純な彼にジャックは苦笑いを浮かべ、羨ましいと思った。
三日が経ち、フミの形をした人形が完成した。ジャックはそれを受け取り、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「フミ上手くなったなぁ!」

素直に褒められ、フミの顔は仄かに赤くなった。その人形を見れば耐えられると思ったが、いざ離れると思うと悲しいジャックはフミの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「わっ、なに!?」

「………ルフィといたら幸せか?」

「どうしたの?」

「幸せじゃねェなら…おれは止める。」

「幸せだよ。何があっても後悔しない。」

この先何があろうとも、ルフィに命を預ける覚悟はできていた。

「なら、よかった」

よかったと言っているはずなのに、ジャックの顔は苦しそうだった。フミは不思議に思いつつもこれ以上なにも言えなかった。



***





ルフィ、フミ共に17歳を迎えた。ダダンの小屋で最後の挨拶を交わす。

「見送ってくれねェのか?」

「村長とマキノはよくてもフーシャ村の奴らがビビっちまうだろ。あたしらが山を下りたら。……さっさといっちまえ!」

ダダンはこう言っているが、エースの時と同様寂しい気持ちでいっぱいだった。ルフィ達の出航は、コルボ山の海岸ではなく盛大にフーシャ村からだ。

「じゃあみんな今まで色々ありがとな!」

「沢山冒険の話持って帰ってくるね!」

山賊達に向けてルフィとフミは笑顔を見せた。そんな二人のようにジャックは笑えなかった。フミに惚れてしまっていると自覚したからだ。ルフィがダダンと話している間フミはジャックに近づいた。

「ジャックも来てくれないの?」

「………おれも立派な山賊だ。行くわけにはいかねェ。」

「今までありがとう。」

「泣くなよ?」

「泣いちゃいそう…」

フミの瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだった。ジャックはフミの両頬を手で挟み込み、顔を近づけた。

「強く生きろ。死ぬなよ。」

「………う、ん。」

「よし、行け。」

「……ジャック……またね!」

ジャックの頬にそっとキスをして、フミはルフィの手を取った。ジャックはフミを引き止めてしまわないように、自分の腕を力強くつねっていた。

「よし、フミ行くぞ」

「うん!」

フミとルフィは笑顔でダダン一家から遠ざかっていった。もちろん寂しい気持ちもあったが、これからの冒険にドキドキワクワクしていたのは言うまでもない。
赤髪海賊団の出航を見送った、あの港。そこでルフィとフミは海を見据える。マキノ、村長、村民達、そしてフミの母と父が離れていく小舟に手を振った。
成長した2人は…大海原に駆り出したのだ。

「やー今日は船出日和だなー」

ゆっくりとルフィが船を漕ぎ、フミは雲ひとつない空を見上げた。

ーーーーそこに、迫る影。
ザバァと海面から顔を出したのは10年前。シャンクスの左腕を奪った「近海の主」

「出たか近海の主!相手が悪かったな!10年鍛えたおれの技をみろ!」

近海の主と呼ばれる、巨大魚は大きな口を開きフミとルフィを丸呑みしようと狙いを定める。

「ゴムゴムの………ピストル!!!」

ルフィの拳が、巨大魚を一発で吹き飛ばした。その巨体は海へと沈んでいく。フミは嬉しそうに拍手を送った。

「思い知ったか魚め!」

「ルフィ、これからどうするの?」

「んん…まずは仲間集めだ!10人は欲しいなァ」

人見知りのフミは少し緊張するが、海賊になったからにはそんなこと言ってられない。2人だけで、海賊が務まるわけがない。

「そして海賊旗!」

「海賊っぽいねー!」

「フミ!よっしゃいくぞ!海賊王におれはなる!」

ルフィとフミは天に向かって拳を突き上げる。まだ見ぬ仲間達を巻き込まんと小さな船は海をゆく。
かくして、大いなる旅は始まったのだった。





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