幻影 | ナノ
森で囲まれているらしいここでは、簡単に外に出ることができた。今までは憲兵に見つかると厄介だった為、一度も外には出なかったが木が生い茂り、人も寄り付かない様な場所だそうだ。
時刻は夕方くらいだろう、先ほどサイラスが買い物に出掛けたからする事もなく少しだけ森を歩くことにした。と言っても目が見えない私の活動範囲は広くない。家の周りを歩く程度だ。
木の香りがする。近くに滝があるのだろうか、水が流れ落ちる音も聞こえた。きっといい景色なんだろう。
「あの。すみません」
誰かに肩を叩かれて頭を動かす。声を聞く限りでは男の子か女の子かわからない中性的なそれだった。森で迷ったのだろうか。
ハッと息をのむ音が聞こえた。きっと目に巻かれた包帯を見て驚いたんだろう。まさか声をかけた女が盲目だなんて誰が想像するんだ。
「すみません。この辺で鈴を付けた鶏を探していたんですが……」
目が見えないならわからないという事に気付いたこの子はもう一度謝った。
「逃しちゃったの?」
気を使わせて申し訳なく、わざと明るく聞いてみた。鶏に鈴をつけるなんて大事に育ててるんだろう。
「いえ、訓練中で鶏を捕まえないといけないんです」
訓練、という言葉に引っかかる。思い浮かぶのは三つの兵団。憲兵だった場合、きっと鶏というのは嘘で私を捕らえようとしているだろう。まだ若い子のようだし、嘘をついていると思いたくないが仕方ない。疑わないと自分を殺すことになる。ここでどう答えるかによってまた話も変わってくるだろう。
「訓練…?」
「調査兵団に所属していて、その訓練中なんです」
聞き慣れた兵団の名に安堵する。だが、直ぐに不味いと感じた。この調査兵は私の事を知らないらしい(恐らく新兵だろう)が、ここが訓練で使われるような森ならば私の事を知っている兵士に会ってもおかしくない。結局外には出られないってことだ。
少し考え込んでしまい、目の前の若者は私の肩をトントンと叩いた。
「どうしました?」
「……鶏。見つかるといいね」
ここは早く退散するに限る。もし他の兵士が来たら面倒くさい。
「あの。」
「なに?」
「ここに一人で住んでいるんですか?」
目が見えない人が外を一人で歩いていたら不思議に思うのも無理はない。首を横に振り、同棲者の存在を伝える。そしてゆっくりと家の入り口に向かって歩いていく。
「僕の腕で良かったら。」
僕と言った男の子なんだろうか。彼は私の手を取ってゆっくりとした足取りで歩いてくれた。調査兵団の兵士は優しい人が多い。昔もこうやって沢山の兵士に助けてもらったのを思い出す。
「やっぱり。」
突然そう呟いた彼は立ち止まった。なにが、やっぱりなんだろう。
「貴女は元兵士の方ですね。」
何故、という二文字が頭を支配する。何も兵士に繋がることは言わなかったはずだ。彼が私を元々知っていたのだろうか、でも名前を知らないとなると……。
「まだ落ち切れてない筋肉と、決定的だったのは掌です。立体起動を使用した時にできるまめの痕。」
彼の言葉に何も言い返せなかった。もう今更違うとも言えない、言わせない言葉だった。彼の頭が良いことくらい直ぐにわかってしまった。
「凄い。元調査兵って事もわかった?」
「憲兵や駐屯兵ではこんなにも痕は残りませんから」
彼の頭の賢さはハンジくらいではないか。嫌、私が馬鹿なだけで普通はわかるのだろうか。
「私はメイ。貴方は?」
「アルミン・アルレルトです」
彼の姿は見えないけれど、きっと優しく微笑んでくれているんだろう。そんな優しい声をしていた。
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