幻影 | ナノ




「最善を尽くしたつもりだが……本当にすまない。」

震える医者の声が耳に聞こえ、小さく頷くので精一杯だった。視界が真っ暗なのは顔に包帯を巻いているからではない。目が無くなってしまったからだ。
痛みで覚えていないが、えぐられでもしたのだろうか。想像するだけで吐きそうになる。

なぜ、こうなったのか。

こんな事になるなら一層死にたかった。と言ってしまえばなんて楽だろう。けれど本当に死んでいった人たちを何人も見てきた私にとってその言葉は何よりも重く、決して言ってはならない言葉だった。
ここでふっと思い出されたのは、まだこの目でしっかりと彼の表情を見ることの出来た二週間前の記憶。






「結婚は考えてるの?」

ハンジの発言に固まってしまったのが悪かった。認めてしまっているようなもので、ハンジは変な奇声を上げて喜んだ。

「い、いつ!?え!子供の名前は決めてる?」
「子供は早いでしょ」
「いや、メイとリヴァイならすぐだと思うな〜。」

得意げに話す彼女は私たちの何なんだろうか。哀れな目を向けても気づかないのはハンジの長所だと私は思う。

「で!結婚はいつなの?」
「次の壁外調査が終わったら動き出すつもり。」
「早くても2週間後じゃない!」

ヒャッフー!なんて叫びながら廊下を走ってどこかに行ってしまった。これは調査兵団内に広がるのも時間の問題だろう。
胸に抱えた書類をエルヴィン団長に届けるため、団長室に向かっていた頃ハンジに捕まり最初の話題を振られた。密かに考えていた事だし隠しても仕方ないが、言い振らされるなら黙っていればよかったと少し後悔した。
すぐに団長室に着き、ロックを二回して少し重い足取りで入室する。

「書類を持ってきました。あ、リヴァイ。」
「お前……ハンジに言いやがったな?」
「まさかここに……」
「ついさっきな」

ギロリと睨まれビクッと肩が上がるのがわかった。謝ろうとすればすかさずエルヴィン団長が口を開いた。

「まぁいずれわかっていた事だろう。おめでとう。リヴァイ、メイ。」

団長の言葉に照れているのは私だけでリヴァイは相変わらずの無表情だ。それでも、嬉しそうなのは伝わってくる。ペトラによると"愛の力"だそうで、みんなにはこの些細な喜怒哀楽がわからないらしい。

「空気を変えるようで悪いが、今回の壁外調査でメイはリヴァイの班を抜けてもらいたい。」

空気がピリッと引き締まった。

リヴァイの眉間の皺が増えるが、気付かない振りをする団長は何か考えがあるのだろう。先の先まで考える団長だからこそ信頼できるし付いて行こうと思えた。

少しの間の後、リヴァイが頷く。

「わかった、エルヴィンを信じよう」
「メイもいいか」
「はい。ではリヴァイ班ではなく、どこの班に配属されるのでしょうか。」

長年リヴァイ班にいた私は他の班で馴染めるのだろうか。それぞれの班でそれぞれの呼吸があるし、信頼関係も一から築いていかなければならない。しかも壁外調査までの2週間で。

「いや、メイの班を形成しようと思う。」
「私が、班長ですか。」
「ああ。」

新兵の頃から才能を買っていただき、リヴァイ班に配属された私は人の上に立つなんて考えたこともなかった。

私も驚いたがリヴァイも驚いたようで、一瞬だけ眉が動く。

「それはメイがやる必要あんのか」
「メイは才能があると言っていたのは君だろう、リヴァイ」

その言葉で一気にやる気が上がったのはリヴァイに言われたからだろう。リヴァイは団長を鋭い目つきで睨み、小さく舌打ちをした。"それは言わねぇ約束だろ"と顔に書いていてわかりやすい。

団長によれば、班員はある程度自由に決めていいそうで実力のある兵士を見極めて書類にまとめ、明後日までに提出しろとの事。

早速兵士達の訓練の様子を見に行こうと席を立った。

「メイ。」
「なに?」
「俺も行く」
「え……うん、わかった」

今から新兵を訓練する仕事があったはずだが、団長がにこやかに笑っているのでなくなったらしい。

共に団長室を出て、廊下を歩く。すれ違う兵士達にチラチラ見られるのはきっともう噂が広がっているからだろう。

人の視線を気にしないリヴァイは兵士のリストをペラペラとめくっていた。

「実績のある奴らを色んな班から引き抜いていくぞ」
「心配してくれてる?」
「あ?当たり前だろ。結婚前に死なれちゃ困る」

嬉しいセリフだけど、こういうの死亡フラグって言うのかもしれない。

嫌な予感がしつつも、今まで通り人類の為に命を賭けようと思う。

「リヴァイがいない壁外調査なんて初めてだね。でも死なないよ絶対。」
「別にいないわけじゃねぇ。近くにいられるようエルヴィンに頼んでおく。」

いつもより素直なリヴァイに頬が緩んでしまう。ニヤニヤが抑えきれていない私を睨みつける……と思っていたリヴァイは少し強めに頭を押しただけで怒られなかった。

班が離れることになって寂しいのか、心配しているのか、私が巨人に食べられないかと恐れているのか……わからないけど生きなければならないと改めて思った。

「ありがとう。リヴァイ」

蚊の鳴くような、小さな小さな声だったけどバッチリと聞こえたらしいリヴァイは(照れて)スタスタと廊下を歩いて行った。

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