幻影 | ナノ

内地からプロのカウンセラーの方に来てもらって指導を受けている。人の心を支え、救うというのは本当に難しいことがわかった。二日に一回訪れてくれるため、今日は予定もなく自室でする事もなく座っていた。足が治れば自由に動く事ができるのに、今は何もできない。そして何もすることがなくなれば、私はリヴァイの事を考えてしまう。きっとリヴァイは私のことなんて頭の片隅にもいないだろう。
すると、コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。

「メイ、食堂行こう。」
「サイラス?訓練はいいの?」
「今終わった。動けないだろ?」
「うん、でも食欲が…」
「最近全然食べてねぇんだから、いつか倒れるぞ」
「そうね、何か食べないと。」

サイラスは椅子に座っていた私を立たせると、肩を支えながら歩かせてくれる。退院してからもサイラスは毎日私に会いに来てくれた。その優しさが私のポッカリと空いた穴を埋めていくような、そんな感覚で心地いい。

「今日は肉らしい」
「1年ぶりね、お肉なんて。」

食堂で肉が出るのは毎年一度だけ。いつ出るかは団長の指示ではなく、食堂の責任者の気分らしい。肉と聞いて何だか食欲が湧いてきて、単純だなと私でも思う。
食堂が近付くにつれてガヤガヤと騒がしい声が聞こえた。昼の時間は少し過ぎているのに相変わらずここだけは賑わっている。特に今日は料理が特別なのでみんな浮き足立っているのだろう。

「ここ座って。俺、取ってくる」
「ありがとう」

サイラスが料理を取りに行っている間、することがないので周りの会話に耳を傾ける。盗み聞きするようで申し訳ないけど私は今、これしかすることがない。
訓練の話、料理の話、上司の話、恋愛の話。そして、噂話も。

「最近どうしたんだろう、兵長とメイさん」
「いつも一緒にここに来てたのにね」
「やっぱり、メイさんの目が……」
「それだけで別れるの?兵長って最低ね」

リヴァイが最低なわけない。最低なところなんて見たことない。それにまだ別れてない、と思ってるのは私だけかも知れないけど。でも私はリヴァイが好きな気持ちは変わらない。
女の子達はまさか私が聞いているなんて思ってはいなくて、噂話を続けた。私は聞こえない様に違う人達の会話に耳を傾ける。

「遅くなった、悪い。」
「ありがとうサイラス。いい匂いね」

目を失ってからというもの、一人では食事もできない。いつもサイラスに食べさせて貰って、風呂や着替えなどは女性の兵士や看護師に任せていた。
今日もサイラスに食べさせてもらう。一口食べると、肉の味が口いっぱいに広がった。この食感や味から、ステーキだとわかる。肉はきっと豚だ。

「うまいか?」
「うん、美味しい」
「そっか、良かった」

サイラスが食べる音と、相変わらず賑やかな話し声が混ざる。一つ、考えてしまう事があった。私の口へ料理を運んでくれるのがリヴァイだったんじゃないか、と。もし、私が怪我をした壁外調査へ行く前に結婚していたら、私は今どうなっていたのだろう。そう考えると、突然吐き気がして食欲もなくなってしまった。

「メイ?口開けろ」
「もうお腹いっぱいよ」
「まだ少ししか食べてない」
「要らない。」
「メイ…」

サイラスじゃなかったら…なんて考えてしまって本当に失礼だと思う。でも、私の心は正直であちこちから聞こえてくる会話の中からリヴァイの声を無意識に探していた。

「………リヴァイ」
「あの人に会いたいんだな」
「……、………話したい」
「メイ、こっち来て」

サイラスは私を立たせると、騒がしい食堂から遠ざかっていく。まだ肉が残っていたのに、なんて無神経な事は言わない。廊下を何回か曲がり、誰の声も聞こえない所に来た。

「俺はメイの人生を狂わせてしまった」
「!、そんなこと思ってない」

いつもより低い声。ピリピリとした空気が伝わって来た。

「謝って済む話でも無ぇけど、謝らずにはいられずお前の病室へ行ったとき笑って許してくれた。それでも俺の気が済まなくてお前に尽くそうと思った。」
「うん、サイラスは毎日お見舞いに来てくれた」
「最初は罪悪感、それだけだった。けど今は違う気持ちを持ってメイに会いに行ってる。」
「え……違う気持ちって…」
「お前には悪いが、兵長はもう好きじゃねぇと思う。」
「なんで……そんなこと言うの?」

考えないようにしていたことをサイラスに言われて、納得してしまっている私が一番最初にわかっていた。リヴァイはもう、私なんて好きじゃない。

「俺はずっとメイと一緒にいる。」
「………?、今…なんて…」
「罪悪感よりも、今はメイへの好意がある。」

表情が見えないからわからないけれど、声は真剣そのもので嘘をついているようには思えない。理解した瞬間に顔が熱くなっていく。これは俗にいう告白というものなのでしょうか。

「兵長のことは忘れていけばいい」

突然抱きしめらて、振りほどくこともできずに私は動く事が出来なかった。それくらい心が弱っていたのかもしれない。でも、きっとリヴァイのことを忘れるなんて一生かかっても無理だと思う。

戻る
×
- ナノ -