幻影 | ナノ

足と腕も完治とまではいかないが回復し、退院することになった。そして私は今、松葉杖を駆使しながら団長室に向かっている。今後どうするか決めなければならないからだ。
この目では絶対に壁外になんて行けないし、書類も記入できない。調査兵団に残っても役になんて立てない。だけど、私の居場所はここしかないからどんな雑用でも引き受けて残るしかなかった。
目が見えない分、壁伝いに歩くしかない。ゆっくり、慎重に歩くがやっぱり視力というのは偉大なものだった。

「わっ、」
「…うっ」

誰かにぶつかってしまい、私は尻餅をついた。すぐに謝り、立とうとするが松葉杖が見当たらない。手で辺りをペタペタと触るがそれらしきものに触れることができなかった。

「メイさん!すみませんでした!少し失礼します。」

ぶつかった相手は男の子だったらしい。失礼しますと言った彼は私の肩に手を回して、ゆっくりと立たせてくれた。
団長室に行くだけでこんな事になるなんて、雑用も出来ないかもしれない。そうなれば本当に私は必要ないのかも。

「ミケ班の者です。メイさんを迎えに行くように言われていたのですが、遅れてしまってすみません。」
「ありがとう。あなたは大丈夫だった?痛くない?」
「はい、大丈夫です。」

そして彼に肩を借りたままゆっくりとした足取りで団長室に向かった。
そういえば団長室には久しく会っていないリヴァイがいるかもしれない。喧嘩、なのかはわからないが言い合ったのは確かだ。リヴァイはあれ以来会いに来てくれなかった。もう、結婚なんて言葉はリヴァイの頭の中にはないのかもしれない。

「メイさん、段差です」
「……うん、ありがとう」

彼に手伝ってもらいながら、段差を上がり団長室の前に立つ。ああ、ドキドキしてきた。リヴァイがいたら何を話せばいいのか。

「手伝いありがとう、ここまでで大丈夫。」

彼が肩から離れ、松葉杖に手を通す。扉をノックすると、向こうから開けてくれた。

「失礼します。」
「メイ。見舞いにいけず、すまなかった。こっちだ。」

久しぶりに聞く団長の声は酷く落ち着いていた。団長の手を握りゆっくりとした足取りでソファまで案内される。
この部屋に誰がいるのかサッパリわからないけれど、布が擦れる音が聞こえた。

「メイ〜足痛まない?腕は?」
「……ハンジ?うん、大丈夫だよ。」
「そう!ハンジハンジ!声だけでわかってくれるんだね」

ハンジの嬉しそうな声が聞こえる。ここにはこの二人だけなんだろうか。
ソファに腰かけると、どこのソファよりもふんわりとしていた。団長がいると思われる方向を見る。

「メイの今後について何だが……」
「エルヴィン!私はメイが必要だと思う。私にとって。」
「ハンジ、少し落ち着いてくれ。」

団長の呆れた声が聞こえる。ハンジの優しさが本当に嬉しい、泣きそうだ。

「厳しく言うがメイは兵士としては戦力にならない。」
「エルヴィン!そんな言い方はないだろう。」
「兵士としては、だよ。」
「私は……小さな頃から兵士を目指し、今更他にやりたいことなんてありません。何でもやります、なのでここにいさせてくれませんか。」

深々と頭を下げる。団長がどんな顔をしているかわからないけれど、きっと困っているだろう。すぐに顔を上げてくれと声が聞こえた。

「少し前から考えていたんだが、医務室の隣にある部屋を作ろうと思う。」
「部屋……?」
「調査兵団を辞める一番の理由は何だと思う……?」
「壁外調査に行って帰って来れても初めて見た巨人の恐怖に耐えられない……ってこと?」
「そう。夢にまで出て苦しんでいる兵士を何人も見てきた。」
「それと部屋にどんな関係が?」
「カウンセリング教室を作ろうと思っていた。」
「あ!わかったよエルヴィン!つまりその部屋でメイがカウンセラーになるってことだよね!?」

カウンセラー。聞いた事はあったが私がその職業に就くなんて夢にも思っていなかった。でも調査兵団に居られるなら何でもすると決めていたから、向いているかという問題じゃない。

「最初は内地からプロのカウンセラーを派遣してメイに指導してもらう。頼めるかい?」
「はい。私の為に本当に、ありがとうございます。」
「リヴァイは?それでいい?」

ハンジの言葉に私は固まってしまう。リヴァイは初めからこの部屋にいたという事なのか。リヴァイの言葉を待つ今の時間が何よりも長く、変な汗が出た。

「メイが良いなら良い。」

久しぶりに名前を呼ばれただけで私の心は若い頃みたいに高鳴ってしまった。もうそんな歳でもないのに、リヴァイが近くにいるだけでドキドキしてしまう。

「と言う事だ。メイ、大変だと思うが頑張ってくれ。」
「……はい。」
「もう話は終わったよね?お腹空いたから食堂行こうよメイ、リヴァイ。」
「何だハンジ、私は誘ってくれないのか?」
「エルヴィンは忙しいってさっき言ってたでしょう。ほら、早く行こうよ。」

ハンジは私の肩に手を回して立たせてくれる。リヴァイと食事なんていつ振りだろう。前は毎食一緒に食べていたのに。何を話そう、何を聞こう、何を問おう。

「俺はいい。」

リヴァイのその言葉に私は吐き気がした、苦しい、痛い。もうリヴァイは私の事なんて嫌いになってしまったの。
カツカツ、と足音が遠ざかっていく。今すぐ追いかけて聞きたい、私のことどう思っているのか。でも見えない視界と言う事の聞かない足のせいで、突っ立ていることしかできなかった。

「ちょっと!リヴァイ!!」

ハンジが呼んでも返事はなく、扉が閉まる音だけが聞こえた。胸が締め付けられて苦しい。リヴァイの行動で胸が高鳴ったり苦しくなったり、簡単に左右させられて悔しかった。

戻る
×
- ナノ -