幻影 | ナノ

荒い息を整え、深呼吸をする。足は震え、ノックする手も震えていた。それくらい私にとっては“恐い”印象の人。

「失礼します。」

扉を開けると彼は机に向かっていて、私の顔は見ていない。声で誰かわかっているみたいで、流石だなぁと感心する。

「ハンジが何かやらかしたか」
「いえ…」

私の反応が気になったのか、やっとリヴァイ兵士長は私を見てくれた。鋭い目つきにゾクッと背中が震える。

「何の用だ」
「も、物申しに来ました!!」

兵長がどれだけ強くて偉いかなんてもうこの際関係ない。開き直り、メイさんの為なら何でも出来る気がした。
兵長は持っていたペンを机に置くと、椅子に座れと命じる。震える足で椅子に近づいて、そっと腰かける。

「何を物申しに来た」
「た、単刀直入に申し上げさせていただきます…!」
「強張り過ぎだ。」
「す、すみません!あの、メイさんに……何故会いに行かないのですか。」

やっと緊張が落ち着いてきて、兵長の瞳をじっと見つめる事が出来た。兵長は“そういうことか”と呟く。兵士長という立場から毎日忙しいのはわかる。けれどメイさんと兵長はどれだけ忙しくても毎食一緒に食べていたのを兵士達は知っている。

「目を失って、力不足になったメイさん何てもう嫌いという事ですか。」
「口を慎めよ、ニファ。」

ギロリと睨まれ、殺されると思った。今すぐ逃げ出したかったけれど、足が思うように動かない。

「男には色々ある、何て言って納得しねェのはわかっているが……メイへの気持ちは変わってない。」

その言葉を聞いて心の底から安心したが、やはり納得がいかない。

「何故、会いに行かないのですか。」
「あいつの傷を癒せるのは俺じゃない。」

傷とは心の傷の事だろう。それは私でもわかるが、兵長の言っている意味がわからない。

「じゃあ誰が…………まさかあのサイラスって男……」
「………さァな」
「リヴァイ兵長あなたは!!全然わかっていません!!!」

私は椅子から立ち上がり、あろうことか兵長の胸倉を掴んでしまった。この時の私はどうかしていたのだろう。

「心細い時に一番近くにいてほしい人が、メイさんにとってはあなたなんですよ!!」

このまま誰も止めてくれなかったら私は兵長をグーで殴っていただろう。けれどタイミングよく入って来たハンジ分隊長が私を兵長から引き剥がしてくれた。

「何やってるの、ニファ!」
「……はぁ…はっ…すみません…」
「頭冷やしておいで。」
「………はい。」

私は兵長に深々とお辞儀し、扉から外に出た。いつもの私ならこの部屋に入ることすら出来なかっただろう。私はそのまま自室へ行き、ベッドへダイブした。



「うちの班員がごめんね。」

ハンジはニファが座っていた椅子に座ると、ニパっと笑う。リヴァイは掴まれて脱げかけたジャケットを脱いで自分の椅子の背にかけた。

「泣いたか」

壁外調査でも泣かないハンジの目が赤くなっているのに気が付いてリヴァイは声をかける。

「メイと喧嘩しててさ、仲直りできたの」
「……そうか」
「ねぇ、リヴァイ。サイラスがメイを笑わせていたから、嫉妬したんでしょう?メイを幸せにする自信を無くしたんでしょう?でも、メイは本当にリヴァイが…」
「わかったみたいに言うんじゃねェ。俺は忙しい。」
「忙しいって…あとはその書類だけだろう?」
「いいから、出て行け。」
「リヴァイ…」

リヴァイは椅子に座り、再びペンを持って書類に向かってしまった。ハンジは呆れたように笑うと部屋から出ていく、扉を閉めた瞬間にガンッという音がした。何の音だかハンジにはわからないが、イライラしているのはわかる。これはそっとしておいた方がよさそうだ、とハンジは自室に戻った。

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