幻影 | ナノ

走る、走る、走る、走った先にはまだ拗ね続けるハンジさんがいた。

走り続けた勢いで止まることができず、そのまま一応上司であるハンジさんに突進してしまった。座っていた椅子からドスンッと落ちてしまったハンジさんに手を貸す。

「もう、ニファどうしたのさ。そんなに慌てて……もしかしてメイに何かあったの?」
「………ありましたよ、沢山。」
「え!?な、何が………」
「部下に傷つけられて目を失って……それでも彼女は部下を許した……心は痛いはずなのに、メイさんは優しいです。でもきっと辛いです……なのにハンジさんは何やってんですか!!!」

私の怒鳴り声を聞きつけた班員が慌てて駆けつけてくる。ハンジさんはかけていたメガネをクイッと上げた。

「兵長も全然会っていないみたいだし、私は見損なってしまいました……!!」
「ごめんね……泣かないでニファ…」
「泣きたいのはメイさんのはずなのに………早く行ってください!!」
「ほんと、私バカだった…ありがとう。」

ハンジさんは着ていたジャケットを脱ぎ捨てて慌てて走って行った。涙が止まらない私はその場に崩れ落ちる。でも、もう一人会いに行かなければならない人がいる。ノソリと立ち上がってゆっくり歩き出した。

「ニファ、フラフラだ。少し休んだ方が…」
「大丈夫です、モブリットさん。」

モブリットさんの優しい言葉も断って、私はまた走った。






ガタンッ

と激しく扉を開ける音がして驚いた。さっきニファが出て行ったから戻って来たのかな、と音で推測する。

「サイラス、席を外してもらえないかな?」

この声は、久しぶりに聞くハンジの声だった。数日会えなかっただけなのに私はすごく寂しかった。やっと会いに来てくれたんだ。
サイラスは"はい"と返事をして部屋から出ていく。ハンジはゆっくりと私に近づいてくる音が聞こえて様子を伺っていると優しく抱きしめられた。

「メイが許したんだったら許すべきだったし、心細いのに傍にいられなくてごめんね。メイのことを考え過ぎて、サイラスに冷たい態度をとってしまった。後で謝りに行かないと。」
「ハンジ………ハンジ〜!」

今までずっと傍にいたハンジと離れて本当は凄く悲しかったし心細かった。泣きたくなったけど涙は出ないから、私は強くハンジを抱きしめ返す。

「全然来てくれないから…」
「ごめんね、メイ。間違ってたよ」
「私の方こそごめんなさい。言いすぎた。」
「メイ〜」

ハンジが泣くなんて、この時初めて見た。いや、見ていない。聞いてしまったのだ。

「ハンジ……」
「メイの代わりに泣いてあげてるんだよ」
「服に付けないでね?」
「今日くらい、いいじゃない」

私が涙を流せない分、ハンジが泣いてくれているから心がスッキリした。

「退院したら、ウェディングドレス見に行くんでしょ?ペトラと。」

壁外調査に行く前はそんな約束をペトラとした気がするけど、リヴァイと疎遠な今、結婚なんて頭の片隅にも無かった言葉だ。

「リヴァイは、もうこんな私のことなんて好きじゃないと思う。家事もできない、兵士としても意味がない私なんて………」
「え、ちょっと待って!どういうこと?リヴァイに何か言われたの?」
「リヴァイが一度ここに来たんだけど、サイラスを庇った私に怒ったのか、出て行ったの。それっきり会ってない。」

ハンジの発狂する声が聞こえた。急にどうしたのか、と聞いているのに叫び声にがき消されて意味がない。

「リヴァイがメイを嫌いになるはずない。ただの醜い嫉妬だよ。」
「嫉妬…………?まさか、サイラスに?」
「そう、私でも嫉妬したもん。リヴァイなんて私の比じゃないと思うなー」
「だって、私に怒ってたの……」
「嫉妬でイライラしてたんだと思うよ?」

リヴァイの表情が見えていなかったから、いつもなら嫉妬なら気がつくのに声だと本当に怒ってるみたいだった。
恋人の表情がわからないってこんなにも不安なものなんだ、と改めて考える。

「おっと、こんな時間か!溜まってた仕事片付けないとニファに怒られちゃうよ」
「ニファにありがとうって伝えて。」
「うん、任せて。あとリヴァイにも会ってくるから。」
「リヴァイは私が何とかしてみる」
「………そう?じゃあ私は行くね」

ハンジは優しく私の頭を撫でると、出て行った。そして仕事に向かうと思っていたハンジがまさかリヴァイのいる部屋に向かっていたなんて私は知らない。

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