新兵勧誘式の次の日。訓練の後、リヴァイ以外の特別作戦班の彼らが一枚の紙の前に集まっていた。 「俺達特別作戦班はここだ。五列中央・待機」 「ずいぶん後ろなんですね。」 その紙は次回の壁外調査の陣形が描かれた図だった。グンタの説明にエレンが声を漏らす。 「この布陣の中で最も安全な配置だろうな。補給物資を運ぶ荷馬車よりも手厚い待遇だ。」 安全しかも、今回は極めて短距離だ。団長にどんな考えがあるかをデブ達は知らない。とりあえず『行って帰ってくる』を目標にしなければならなかった。 「…あの、オレにはこの力をどうしたらいいかもまだわからないままなんですが…事をこんなに進めてしまって大丈夫でしょうか…」 エレンの質問にはグンタが答える。 「お前…あの時の団長の質問の意味がわかったか?」 団長の質問をデブは思い出す。"君には何が見える?敵は何だと思う?"というものだった。団長はリヴァイ班全員にこの質問をしたんだろう。 「先輩方にはわかったんですか?」 「さぁな。」 「いいえ。」 「いいや。」 「まったく。」 「俺もさっぱりわからなかったぜ。」 オルオ、ペトラ、エルド、デブ、グンタは首を振る。デブはもうひとつ団長に言われた言葉を思い出す。"許してほしい、隠し事をすることを"これはデブにだけ言われたものだが、団長の意図を理解していなかった。 「もしかしたらこの作戦には『行って帰ってくる』以外の目的があるのかもしれん。そうだとしたら団長はそれを兵に説明するべきではないと判断した。」 つまり、説明されていない俺達は『行って帰ってくる』ことに終始するべきだとグンタはエレンに説明した。 「エレン、団長を信じよう。」 「はい。」 デブの言葉にエレンは頷いた。 「では今日の訓練はここまで。さぁ、俺達の城に帰るとすっか。」 馬小屋へと向かう時、デブがふと目線を向けた先に104期の子達の姿が見えた。エレンの方を見ると、まだ気付いていないらしく、デブは声をかけた。 「オルオ、ちょっとエレンと行ってくる。」 「はぁ?どこに」 「エレンの同期達のところ。」 デブの言葉にやっとエレンは気がついたらしく、オレからもお願いしますとオルオに頭を下げた。 「チッ……さっさと行けよ。」 「リヴァイさんの真似はそろそろやめなさいよね!」 そう言い残してデブはエレンと人が群がる方へと行ってしまった。 「兵長の真似をするのは、デブの為なのにね?」 「うるせぇぞ、ペトラ。」 顔を赤くしたオルオをニヤリと見つめるペトラ。そのことに気付かないデブとエレンはゆっくりとミカサらしき後ろ姿に近づいて声をかけた。 「エレン!デブさんも!」 「しばらく振りに会った気がするぞ。」 アルミンとミカサがデブ達に気付き、ミカサはエレンの腕を掴んで全身を舐める様にみる。怪我はどうとか精神的にやられていないか、とかまるで母親の様だ。 「あのチビは調子に乗り過ぎた…いつか私が然るべき報いを…」 「まさかリヴァイ兵長のことを言ってるのか?」 「程々にね。」 審議所での事を根に持つミカサはリヴァイを恨んでいる。そんな彼女を苦笑いで見つめたデブに、アルミンは心配そうな表情をする。 「最後に会ったあの時、デブさん何があったんですか?ミカサと心配していました。」 「そうです、デブさん。泣いてた。」 「え!?デブさん泣いてた!?」 三人の視線がデブへと向けられる。デブが泣いたというのは憲兵にエレンの巨人化について尋問されていた時、まったく関係のない悪口を言われたからだ。デブは視線を泳がせた後、意を決して口を開いた。 「確かに泣いたけど、今は大丈夫。心配してくれてありがとう。」 「デブさんを泣かした奴は誰ですか!オレが今すぐにぶん殴って……」 「そんな事したら壁内では生きていけない様な人物。私はエレンにここにいてほしいから、殴らないで。」 「…!」 デブの言葉にエレンは顔を赤く染めた。想い人に、ここにいてほしいと言われれば嬉しいに決まってる。 「殴りません!」 「よかった、ありがとう。」 デブの微笑みに心臓がやられたのは誰かは……言うまでもない。 「エレン!」 「!、お前らも調査兵になったのか?」 エレンとデブの存在に気がついた104期達は二人の周りに集まった。そう、ここにいる全員の背中には自由の翼があった。つまり調査兵になったということ。 「ってことは、憲兵団に行ったのはアニとマルコとジャンだけであとは皆駐屯兵か、それ以外ってことか…」 エレンの言葉に、デブ以外が目線をそらす。なにかあったのか、とエレンは首を傾げた。 「マルコは死んだ。」 「ジャン!?何でお前がここに……って、え?今……今何て言った?マルコが?死んだ……って言ったのか?」 エレンは信じられないという顔をし、デブはマルコの顔を思い出していた。数回しか言葉を交わしていないが、笑顔が素敵な子だった。 「誰しも劇的に死ねるってわけでもないらしいぜ、どんな最期だったかもわかんねぇよ…立体起動装置もつけてねぇし…あいつは誰も見てない所で死んだんだ。」 誰にも見られず、どんか死に方だったのかわからないことは調査兵ではよくある話。まだそれを体験したことがなかった新兵にとっては辛い現実だった。何度か体験してきたデブでもまだ慣れはしない。 「エレン。お前巨人になった時ミカサを殺そうとしたらしいな?それは一体どういうことだ?」 ジャンはエレンを睨みつける。報告書にあったから知っていたデブだが、それを本人に聞くことはしなかった。が、ジャンは聞いてしまっている。不安なんだろう、信用していいのか。聞かなければわからないこともある。 「違う、エレンはハエを叩こうとして。」 「お前には聞いてねぇよ。」 「………。」 「ミカサ、頬の傷はかなり深いみたいだな。それはいつ負った傷だ?」 「…!」 ミカサは慌ててその綺麗な黒髪で傷を隠す。それをみたエレンは視線を泳がせ、ジャンをみた。 「本当らしい…巨人になったオレはミカサを殺そうとした。」 「らしいってのは記憶に無いってことだな?つまりお前は"巨人の力"の存在も今まで知らなかったし、それを掌握する術も持ち合わせていないと」 「……ああ、そうだ。」 エレンを命に代えても守らなければならないデブだが、皆そういうわけにはいかない。何の為に命をかけるのか、それは人それぞれだ。ミカサを襲ってしまうような巨人に命をかけろと言う方が酷な話だと、ジャンは思う。これでは新兵達を不安にさせるだけだと、黙っていたデブは口を開ける。 「ここまでにしよう。ジャンもエレンを追いつめてどうするの。」 「………エレン、お前…本当に……頼むぞ?」 ジャンはデブの言葉を無視し、エレンの肩を掴む。そのジャンの迫力に押されながらもエレンは返事をした。デブはエレンの腕を掴み、引き寄せる。新兵の男に負けないくらいの力はデブも持っていた。ジャンから剥がして、そのまま歩いていく。エレンにプレッシャーをかけるのはいいが、その役目はもうリヴァイがやっている。これ以上負荷をかけるわけにはいかない。 「エレン、どこかに寄って帰ろう。お腹空いたでしょ?」 「………空いてません。」 「食べなきゃ、戦えないよ。」 デブの言葉に渋々エレンは付いて行った。
戻る |