デブは巨人との追いかけっこもそろそろ飽きてきていた。だが、項を削ごうとしても一定の距離を開けられる。もうどうしようもないのだ。ここがどこだかも、なんとなくでしかわかっていない。
少し走っていると見つけた、翼を背負った兵士達。名前はわからないが、見たことがある顔だった。

「ここはどこら辺の位置ですか!」

近づいて聞けば、兵士達は驚いた顔をする。デブがいる特別作戦半は中央後方にいるはずが、こんなところに一人でいれば驚くのは当たり前だ。

「デブさん!ここは初列五・索敵班です。」

初列五・索敵ということは、左の前の方である。中央後方とは全然違う位置にいた。

「どうしてここに………巨人が!!」
「ああ、あいつ奇行種で削がせてくれないの。」
「でも………」
「もし危険が及べば私があなた達を守るから。」

デブの実力を知っていれば何も文句は言えない。兵士達は頷き、煙弾が示す方へ馬を走らせた。
進路は東へ東へと進んでいて、もうすぐ巨大樹の森へと到着する。森の中へは中列荷馬車護衛班のみ侵入せよとエルヴィンからの命令で、デブ達初列五・索敵班は森の周りで待機することになった。

「中央後方の、特別作戦半が来たら行かなきゃいけない。」
「しかし、右翼側は全滅だったみたいですし……一人で向かうのは危険かと。」
「右翼側が全滅!?」
「何か来ているみたいです。」

尚更行かなければならない、とデブは森の中を見つめた。エレンを何としてでも守らなければならない。

「私は行く。」
「デブさん!」

兵士達の呼ぶ声がしてもデブが振り返ることはなかった。ただ、エレンを助けたい一心で、リヴァイに負荷をかけたくない一心で、デブは馬を走らせた。



エレンやリヴァイが馬で駆けているのを捉えるよりも先に、全力で走る巨人の姿が目に入った。胸があるようで、女の形をしているそれにデブは一瞬衝撃を受けたが、エレン達が追われているのをみて馬の速度を上げた。女型の巨人の横を駆けるが、あまりの速さに気を抜けば離されてしまいそうだ。

「あれは…………デブさん!」

ピクリとリヴァイの肩が動いたのに気付いた者はいないが、デブが危険な事に気づかない者はいない。

「早く!援護しなければまたやられます!」

デブの他にも兵士達が女型の巨人を止めようと試みるが、全員が叩き落とされたり握り潰されていた。エレンは必死にリヴァイに声をかけるが、返事がない。

「エレン前を向け!」
「グンタさん!?」
「歩調を乱すな!最高速度を保て!」
「!?、エルドさん?なぜ、リヴァイ班がやらなくて誰があいつを止められるんですか!デブさんを見殺しにする気ですか!」

エレンが叫ぶように訴えるなか、また一人の兵士が死んだ。デブにリヴァイ班の声は聞こえていないが、エレンが必死なのは顔をみてわかる。デブが立体起動に移った瞬間、馬は力尽きたように止まった。もう頼れるのは立体起動だけだ。

「今ならまだ間に合う!デブさんだって、」
「エレン!前を向いて走りなさい」
「戦いから目を背けろと!?仲間を見殺しにして逃げろってことですか!?」
「…ええ!そうよ、兵長の指示に従いなさい!」
「見殺しにする理由がわかりません!それを説明しない理由もわからない。」
「兵長が説明すべきではないと判断したからだ!それがわからないのはお前がまだヒヨッコだからだ!わかったら黙って従え!」

一向にデブを助けようとしないリヴァイ班に呆れて、エレンは巨人化しようと指を噛むよう構える。

「エレン、お前は間違ってない。やりたきゃやれ。」
「兵長!?」
「俺にはわかる。コイツは本物の化け物だ。"巨人の力"とは無関係にな。どんな力で押さえようともどんな檻に閉じ込めようともコイツの意識を服従させることは誰にもできない。」

"巨人を駆逐する"その意識は誰にも変えられないと、リヴァイはエレンを檻を挟んで初めて見た時からわかっていたのだった。変えようとも思わなかったのだろう。

「お前と俺達との判断の相違は経験則に基づくものだ。だがな、そんなもんはアテにしなくていい。選べ……自分を信じるか俺やコイツら調査兵団組織を信じるかだ。」

リヴァイはデブの姿をチラリとみて、前を向いた。

「俺にはわからない。ずっとそうだ…自分の力を信じても信頼に足る仲間の選択を信じても、結果は誰にもわからなかった。だから…まぁせいぜい悔いが残らない方を自分で選べ。」

エレンが振り返れば、デブがちょうど女型の巨人の膝を削ごうとしているところだった。もしこのまま、デブさんが踏み潰されてしまったら……と想像したら首を横に振って前を向く。

(デブさんなら大丈夫だ…)

「進みます!!!」

そう叫んだエレンは構えていた手を下ろし、馬を走らせる事だけに集中する。どうか、デブさんを殺さないでと願いながら。



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