ここが本当に天国の名スポットなんだろうか。薄暗い森の中を進み、濁った緑の池が溜まる場所に来た。天国とは思えない醜さに、思わず苦笑いを漏らした。

「驚いたか?」
「うん、すごく。」

違う意味で驚いてしまった私は、どうしてこんなにもエースが嬉しそうなのかわからない。ただの濁った水なのに。

「ここはすげェんだぞ。」
「なにかあるの?」
「実は、1人2回だけ現世にいる1人に自分の声を届けることが出来る泉なんだ!」

泉の前に書いてある立て札をそのまま読んだエースは得意げに笑った。説明を聞いて、ただ濁ってるわけじゃなかったんだと驚く。

「現世と無理やり繋いでるから濁ってるらしい。」
「すごいね!エースは使ったの?」
「2回しか使えねェから慎重に場面を選んでる。だから、まだ1度も使ってねェ。」
「向こうの声は聞こえるの?」
「立て札には1分だけ会話できるって書いてある。」
「ルフィと話したいな。」
「もう使うのか!?」
「ううん、寂しくなったら。」

現世ではここでぬいぐるみを抱きしめることができたのに、物は天国に持って来られないらしい。身に付けているか、ぎゅっと握っているもの……私が途中で離してしまったのだろうか。

「ぬいぐるみが欲しいのか?」
「………うん。」
「途中で離した物はどっかに落下してると思うんだよな。」
「探せば見つかる?」

おれに任せろ!と強く言ったエースは本当に頼りになる存在だ。幼い頃のエースも頼りになっていたけど、成長したエースは"大人"だと実感した。

「じゃあおれが探してきてやるから、その間フミは泉でルフィの様子見ててくれ。」
「私も探す!」
「ルフィがピンチになったら、おれはこの泉を使う。だから目を離さず見ててくれ。」
「うん、わかった。ありがとう。」

エースはニカッと眩しい笑顔を見せ、ぬいぐるみを探しに行ってくれた。私は現世が見える泉へと戻り、ルフィの様子を見ることにした。声が届く泉を使うときがいつ来るだろうかとドキドキワクワクする胸の高鳴りを抑え、膝を抱えて座って宴をしている彼らを見つめる。

勝利の宴なのか、笑顔が溢れていてつられて笑ってしまった。でも、その分辛くなってしまう。私もここに居たかった。

この泉の周りには、泣いている人の方が多く見る気がする。そのうちの一人は私だ。

「ルフィー……」

名前を呼んでも泉の中のルフィは美味しそうに料理を食べたまま。気付いてもらおうなんて思っていないのに、私は何度もルフィを呼んだ。優しく呼んでみたり怒って呼んでみたり、生きていた頃に呼んだような呼び方で声を出す。

「フミっ、」
「あっ、エース……おかえり……!!」

後ろから名前を呼ばれて振り返ったら、突然抱きしめられた。何事かわからなくて、流していた涙も引っ込んでしまった。

「フミは……生まれ変わる方がいい。」
「えっ………?」
「こんな辛そうな顔して名前呼んで、届きもしねェ声をかけても辛くなるのはフミなんだ。最後までルフィを見届けられんのか?」
「辛いけど私は……ルフィに会いたいの。生まれ変わってしまったらもうルフィには会えない、今の私の名前を呼んでもらえない…!」

また溢れ出してきた涙がポタポタと音を立てて泉の中へと落ちる。エースは悪かったと呟いて私の肩に顔を埋めた。

「フミの気持ちはわかってたはずなんだよ……」
「私を思って言ってくれたんだよね、ありがとう。」

エースは何度も謝ってくる。その度に私はありがとうとお礼を言った。ふと、泉の中を見るとルフィが空を見上げていた。つまり私たちの方向を見ている。私はエースから離れて、泉の近くへと寄った。

「エ、エースっ!」
「悪かった……フミ……」
「顔上げて!」

私の焦った雰囲気を悟ったのか、エースは下げていた顔を上げた。そしてこちらを見るルフィをみて、口をあんぐりと開けていた。

「人が空を見上げることはあるけどよ、おれ達の方を見るなんて偶然とは思えねェ。」
「見えてるのかな……?」

私たちを見上げたままのルフィは無表情で何を考えているのかわからない。宴の最中なのに、どうしたのか。するとルフィの口が動いた。

「えっ!?」
「どういうことだ!?」

私もエースもお互い顔を見合わせて、瞬きを繰り返す。こんなことが起きるなんて、ルフィはこっちの様子を見ているかもしれないと疑ってしまうほどだ。
ルフィの口は私の名前の動きをした。しかも私の好きな満面の笑みだった。死んでも、私はルフィにドキドキさせられる。

「敵わねェな、ルフィには。」

エースは笑いながら小さな声で囁くと、小さな拳を作ってなぜか悔しそうに地面を叩いた。





2015/07/02
彼女の浮気は見逃さない、そして渡さないルフィ


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