09
「荒木さんは、坂内くんを知っていましたか?」

ナルの質問に、荒木は僅かに身体を強張らせた。
それから、キョロキョロと小さく視線をさ迷わせた後、ナルとは視線を合わせずに、小さな声で知りませんでした、と言った。

「事件のあとで、初めてそんな子が居たんだって知りました」

ナルは、荒木の様子を目を細めて見詰めていたが、深く追求することはなく、そうですか、と言うだけだった。

「自殺の動機は何だったのでしょう?」

一連の様子を見ていた麻衣達は、ナルの質疑にギョッと目を向いた。
本人は知らないと言っているが、どう考えても坂内智明を知っている様子の荒木に、その質問は余りに酷だ。
思わず、法生が止めようと口を開くが、荒木が答える方が早かった。

「私は知りません。学校からはなんの説明もなかったし、噂話もあがらなかったし。根拠のはっきりしない憶測くらいなら、耳にしましたけど」
「憶測と言うと?」
「いろいろと嫌になったんだろう、みたいな」

曰く、坂内智明は入学してから成績が下がり続けて、登校自体を嫌がるようになったのだという。
不登校にはならなかったものの、遅刻や無断欠校が多かったらしい。

「部活だけは行っていたみたいだけど、親しい友達がいなかったみたいなので、それで嫌気が差したんじゃないかって話です」

憶測と言う割には、荒木は余りに具体的過ぎる内容を話す。
しかし、話している荒木は、あくまでも知らぬ存ぜぬを貫くつもりなのか、伝聞口調を最後まで止めなかった。

「遺書があったそうですが」

ナルの言葉に、荒木はちょっとだけ首を傾げた。

「本当は遺書なのかどうか、分からないんです。先生は、宛名とか何もなかったから、別に遺書ってわけじゃないって」

それでも遺書に違いないと生徒が思ったのは、坂内智明が自殺した場所の直ぐ傍に、誰かが確実に読めるように広げて置かれていたからだ、と言う。
現に、駆け付けた生徒の何人かが、その紙に書かれた内容を見ていた。

「内容を知っていますか?」
「知ってます。一時有名になりましたから」

―――ぼくは 犬では ない。

それが全文だった。
余りに短い一文故に、目にした生徒たちは直ぐに覚えてしまった。
そして、短い故に学校中に広まりやすかった。
後に、教師と彼の両親が、彼の教科書やノートを確認したところ、あちこちに、嫌だ、うんざりといった言葉と共に、これと同じ一文が書かれていたという。

「虐めじゃないかという報道もあったようですが」

ナルの質問に、荒木は頷いた。

「ご両親は、そう言ってるらしいです。その所為で、坂内くんといつも一緒に居た子が吊るし上げられた事もありました」

でも、違うと思います。と彼女ははっきりと言った。
強い意志を点した瞳は、適当な憶測を交えて言っているわけではないと訴えていた。

「虐めにあってる生徒が居たら、多少は私達だって噂くらい聞きますから」

それに、と続けた彼女の瞳に、疲弊の色がちらついた。

「そもそも、この学校で虐めってあんまり聞かないし」
「だったら、何を言わんとしていたんでしょう?意味が分かりますか?」

荒木は、僅かに間を開けた後、首を縦に振った。
何処か気怠げにも見えるその動作は、しかし確かに彼女が疲弊していることを示していた。

「……分かる気がします。自分でも、私は犬か家畜みたいだって思うことあるから」

緑陵高校を含め、周辺の高校は規則が厳しい事で有名だが、その割に有名無実化しているのが現実だ。
しかし、緑陵高校は違った。
緑陵高校は、今だ厳しい規律があり、そしてそれを自慢にしているのだ。
進学率が良い分、大人はそれで良いと思っている節があるため、負担は生徒である子供ばかりに掛かっているのが現状だった。
それが原因で、不登校になる生徒や退学する生徒も毎年後を絶たない。

「それで、きっと坂内くんは学校のこと、怨んでるんだろうなと思ったんです。学校で坂内くんの幽霊を見たって言う人もいるし」

だから、全校生徒できちんと坂内を慰めたかった、と荒木は話す。
その思いだけで、彼女は同じクラブであるボランティアサークルの友人達と話し合い、企画書を作成して学校にも提出した。
しかし、学校側は理解を示さず、体育館の使用許可も慰霊祭の許可も許さなかった。
そんな必要はないと、一刀両断したのだ。

「でも、必要はありました」

坂内の為とは確かに思っていたが、それ以上に残された生徒の為にも必要なことだった。
荒木は、力強く言った。
例え、相手が会ったことのない相手でも、自殺されればショックだし、悲しいという感情は生まれる。
死を悼む気持ちがあるということを、互いに確認する事が不必要な事の筈がない。

「面映ゆい言い方ですけど、みんな一人じゃないんだよって。そうしないと、悩んだり躓いたりした子って、どんどん孤立していってしまうから」

しかし、学校側は尚も是とはせず、否を示すばかりで。
逆に、生徒が集まれば碌な事をしない、とにべもなく一蹴される始末だった。
それでも、荒木が諦め悪く悩んでいると、とある人物が唆したのだ。

「ゲリラ的にやっちゃえば?」

と。
その言葉に尽き動かされて、荒木は口コミだけで生徒を集め、報道されたような活動を起こしたのだ。


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