textbook | ナノ

「リア充の諸君、誠意を込めて貴様らのチョコレートに爆弾を仕込んでやる。ゆえに、有難く食しながら月の下で爆発しろ――エクスプロード!」

 ドヤァ。
 某RPG風に詠唱呪文を考えてみたところ、なかなか良いものが出来あがった気がする。テレビに映るカップルを死んだ魚のような目で見つめ、近くにいた綾●レイちゃんのフィギアをなでなで。くくく。
 テレビの中の男の手が、女の腰周りを行き来しているのに気付き、耐えられなくなって現実から逃れるようにその電源を切った。そしてパソコンを起動し、イヤホンを装着する。この装備なら大丈夫だ、問題ない。

 さぁ、始めよう。俺の自己紹介をな!
 厨二で何が悪い。某笑顔厨で何が悪い。ヲタクは日本の宝だコンチキショー。こんにちは、雪城 聖也(24)、新宿の素敵で無敵な自宅警備員さんです。すみません新宿にはいませんすみません。
 あ、「(名前が)カッコいいね」とよく言われます。ふふん。言われるたび、ドヤ顔キメて全裸で町内を一周するほどの勢いで嬉しい。ついでに全裸はそのままに、どこかの公園でブレイクダンスを披露しても良いだろう。

「はい、ブレイクダンスできません。ちーん!」

 2月初旬。近付いてきたあるイベントに日本中が浮足立っているが、また憎き日がやってきたと思っている連中も少なくないだろう。かくいうこの俺も、バレンタインデーに恨みを抱える1人だ。
 別にローマ時代のキリスト教殉教者バレンティヌスに特別な憎悪はないし、関係もないのだけれど、バレンタイン爆発しろと訴えてしまうのも無理はない。所詮イケメンのための行事なんだからな。ああイケメン爆発しろ。

 液晶画面の中で右から左へと流れるコメントの中には、同じような考えを持つ人がたくさんいるよう。バレンタインデーを抹消したいと叫ぶ人々の熱い気持ちで溢れていた。もっと熱くなれよ!
 しかし、世の中に流れる甘いふいんき(なぜか変換できない)が俺をイラつかせる。たまに「何でこんな可愛い子とこんなブス男が付きあってんだ」と思うような組み合わせもあるが、そんなものは本当に珍種の人間共だ。

 例えば、俺。顔については言わないで欲しいが、とりあえずメガネをしていて髪の毛は黒い。体格は華奢な方で、可もなく不可もなくといったところか。ここまでいけば案外、と思うだろう。いや、顔は言うな。
 が、いくら普通と言えど人前が苦手な俺は、他人と上手く話すことができない。言わせんな恥ずかしい。特に女の子を前にすると気持ちがあらぶって頭の中がパーンってなる。あ、俺が爆発しちゃったリア充や!(どや)

 で、だな。
 この子にメイド服着させたらどうだろうとか、貧乳だけど俺いけるとか、太もも撫で回したいとか、別にそんなことを考えて話せないわけじゃないけど。うん、本当だよ! そんなことで興奮して話せなくなっているわけじゃないけど、とにもかくにもそんなわけで、彼女ができない。

 ガラスの向こう側には多くの嫁がいる俺だけれど、現実と空想の区別がつけられないほど愚かではない(キリッ)。ゆえに、俺としては現実世界に彼女がいたらいいな、なんて思うわけだ。
 しかし、「ただしイケメンに限る」だなんて言葉が流行しやがったおかげで、面白がってそれが様々な場面で使われるようになった。イケメンという言葉が世界を侵食し始めているのだ。

 その影響で俺みたいなただの「まるでダメなオタク(マダオ)」は、心を痛ませる状況下にいる。何が言いたいかと言えば、希望が粉々に打ち砕かれているような気がするということだ! 幻想をレダクト! ああっ!
 俺だって三次元に住む男だ。バレンタインデーのチョコレートを望みたくもなる。例えば学校の後輩に突然呼び出されて「先輩、あの……」とかってだなぁああああっ!

 〜妄想が滾っております。少々お待ち下さい〜

 しかし無情にも俺は現在24歳。そう、もう学生などと言えるような年齢ではない。バイトをしようと思ったが、家から出られない状態が続き、バイトもままならない状況にある。家から出られないというのは、気持ち的な問題ではなく、家を守る義務があるからだ。
 このように自宅警備員という立派な職に勤めているが、お金は欲しい。ボランティアのようなものだから収入がないのだ。来週にはいつも楽しみにしているエロゲシリーズの新作アンド、大好きなキャラのキャラソンCDが発売。オタクに金は絶対というものを、グッズで表現できる時期にさしかかっている。

 お金がなければオタク業界を生き抜くことはできない。
 となれば、だ。オタクによって経済が成り立っていると言っても過言でないこの状況を考えれば、世間はひれ伏しながら、俺達を崇め称えなければならない。なのに、どうしてこんなにも風当たりがきついのか……!

 さ、話はそれたが、チョコレートが欲しい!

 エロゲの攻略キャラにバレンタインチョコをもらえるのも良いけど、ついでにそのまま夜の世界に旅立てるのも良いけど、さらに良いスチルが画面いっぱいに広がるのも良いけど……!
 やっぱり自分の生きる世界で欲しいじゃないか、彼女!
 初キスは液晶画面とか悲しい事実言われると泣きたくなって、一週間後には俺の首吊り映像が全国放送で流れるかもしれないけれど、とにもかくにも彼女が欲しいんだ!

「そんなわけで親友よ。心イケメソなお前なら、俺のためにおにゃのこ紹介してくれると思う」
「ぷっ、お前まだ彼女いねーんだプギャスト」
「……」

 どうしよう。殴りたい。電話越しの声にイラッとしながら、携帯電話がミシリと金切り声をあげたのを聞いた。しかし、コイツに彼女ができたという話も聞いたことがないため、恐らく同類だろう。そんな奴に言われるのもまた屈辱である。

「そういや俺、この前合コン行ってきた」
「えっ」

 どういうことだ親友。お前もか、ブルータス。爆発しろ。
 合コンというのは出会いの場としてとても素晴らしい機能を持っているというし、女の子とウハウハ出来るのならば、1度は参加したいと思うだろう。ま、1回も誘われたことねーけどな。
 かくいう彼もこれまで合コン経験なんぞ無かったはずだというのに、一体全体何があったというのか。それよりコイツに俺以外の友人がいたということに驚きである。

「でも、おにゃのこ誰も話しかけてくれなかったんだよね」
「お前に彼女は程遠いということだな。良かったじゃん」
「聖也にだけは言われたくない」

 この親友は少し身体が人より大きい。俺は絶対に試したくないけれど、抱き締めたら心地良い感触がすると思うし、ぬいぐるみとしての機能を持っているだろう。少し人より目が小さいが、ほら、愛着とか湧くんじゃないかな。
 ってわけで、この親友にも春を与えてくれ。
 なんて、他人の推薦をしている場合ではない。俺は俺でピンチなのだ。24歳にもなって1回もおにゃのことお付き合いしたことがないとは、なんたることだ。そうは思わないか?

「でも合コンの女、あんま可愛くなかったし全然萌えなかった。最近流行りの森ガールとか本当に意味不明。林とか森林とか熱帯雨林とかいろんなジャンルがあるんだろうな。まぁとりあえず、ブスだった」
「ちょおおおおおおおおお! 失礼っ、それすごく失礼! おにゃのこもお前にゃ言われたくないよ! 鏡見てから出直してこい!」
「うるせぇな。ブスがブスにブスって言ったらいけない理由とかないだろ」
「お前最低! 聖也くんは信じられませんっ! 24歳っちゅー大人として、つか人としてそれはアウトゾーンんんんんん!」
「まぁ良いじゃん。本人に言ったわけじゃないし」
「当たり前だ、親友よ」

 こいつに彼女が出来ないワケがわかった気がする。
 さて、こんなコントをコイツとしている場合ではない。食パンを口に挟んだまま曲がり角であらびっくり、誰かにぶつかっちゃって尻もち1つ。いたた、となっている相手は可愛らしい女の子で、奇跡のランデブーを遂げる……!
 おまけに尻もちをついているわけだから、脚の隙間から見えるのは白生地のイチゴパンツ。あっ、と焦ったように頬を赤らめながらスカートを調えて脚を閉じるなんてうおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 ゴホッゴホッ! まぁ、そういう展開があるべきなのだ。こんなコントをするよりも、このようなシチュエーションが可愛い女の子とあるべきなのだよ、諸君。わかるかい、この感情、貴様らにわかるかい。

「とにかくさ」
「おう」
「出会い厨まっしぐらでいけば誰かひっかかるんじゃねぇの」

 出会い厨――それは、ネット上で最も嫌われる存在。
 恋愛や性行為の対象を見つけるために、積極的に相手に会おうとする者だ。一般的にキモオタ引きニート(童貞)がそれになりやすく、「会おう」とか「住みどこ」などといった、個人情報を聞き出そうとする傾向が見られる。
 おもしろい出会い厨の例がネット上にはたくさん挙がっており、相手を女の子だと思って出会い厨していたつもりが、どちらも男であったという衝撃のものも少なくない。

「出会いってのは、求めようとしなきゃ来ないもんだぜ」
「ナニソレカッコイイ」
「俺はそのために合コンに参加したからな」

 ドヤ顔で言い切ったであろう友人の姿を想像しながら、しかしなるほどと思う。出会いがほしいと言いながら何も行動しないようでは、出会いがないのも当たり前だろう。言うからには行動しなければどうにもならない。
 が、ネット上で出会いを求める気は一切ないため、リアルで頑張るしかないだろうことは重々承知だ。短期戦は顔的に厳しい。となれば、長期戦で臨むしかないだろう。

「俺の初号機が火を噴くことはなかったけど、楽しかったぞ、合コン」
「俺のスーパーマグナムが立ち上がる時がくるか……」
「勃ちあがる、ねぇ」
「……」

 下ネタ禁止禁止! 叫ぶが彼には通用しないようだ。
 けれども、もしも俺に彼女が出来たならば。想像すると、思っていたより緊張する。24歳にもなって彼女いない歴=年齢かつ童貞とならば、年下の女の子をリードしてあげられないじゃないか。それは問題、大問題。
 女の子はなんだかんだで強引なタイプを好む子が多い。それなのに俺がなにもできないでいたら、例え付き合えたとしてもすぐに見切りをつけられてサヨナラバイバイ。意味がないじゃないかああああああああ!

「やばい、詰んでる。詰んでるって」
「つーかさ」
「おう」

 突然かけられた言葉に思考をやめ、友人の言葉に耳を傾ける。べつにこいつの言うことを聞く必要はないが(こいつもまったく同じ経歴である)、なかなかにして観察力のある男であることは事実。聞いておくのも悪くはないだろう。

「お洒落とかに気を使えねぇなら無理じゃね?」
「……まぁ」
「それすらしてないただのオタクだからキモがられるんだよ。最近はイケメンオタクとか出てきて『残念なイケメン』って言われるヤツが増えてきてっけど、イケメンってだけでオタクでも許されるってんなら、……あれ」
「……あれ」

 うむ、気がついた。重要なことに。多分、コイツと俺の気持ちは一緒だろう。携帯越しに感じる呼吸、沈黙が生み出す、変な統一感。思った。俺は思った。

「なんかいろいろ、イケメンじゃなきゃ無理じゃね?」

 こうして俺はゲーム機を手に取り、二次元に浸りつくすのだった。もしもぼくに来世があるならば、誰もが驚き見とれるようなイケメンになりたい――そう願って。







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