textbook | ナノ

 ちいさい頃はお互い年齢なんてあまり気にしていなかったし、彼女もどちらかと言えば子どもっぽい方だったから、俺の方が年上に見られることが多かった。正直、俺もどう見られていようが構わなかったし。
 でも最近は彼女を見るたび、歳の差というのをしみじみ感じざるをえない。もちろん年齢が上がれば上がるほど、俺の方が身長が高くなってはいるけれど、それはあくまで外見――というより容姿の話で。

 最近の彼女は相変わらずのチビかつまな板水平線のくせして、どこかオトナというか……ああ、あれ。「オンナ」ってやつを匂わせてくる。それはもう絶対的な影響力を引き連れて、確かな強さで俺に衝撃を与えていく。
 言葉づかいの悪さだって、イタズラ好きな性格だって、意地っ張りで強情だけど甘いものに目がないところだって、何ひとつとして彼女の根っこは当時と変わってなどいないというのに。

「つぎは高校3年かー! 受験、がんばるんやでっ、えいっ」
「いって!」

 久しぶりに我が家へ来た彼女は、現在俺の部屋。彼女が自分の好きな女ということもあり、部屋にいる事に対してそこから色々と何かが生まれなくもないが(脳内でな)、とりあえずは勢い良く叩かれた自分の背中に顔を歪める。
 あ、ほら。それだって相変わらずすぎるほど相変わらずなことなのだ。あんまり「女の子」って感じじゃなく、どちらかと言えば男子同士のノリで接してくること。それも変わらない俺たちの関係。

 でも、――でも、遠いなっておもった。俺は今年受験生になるのに、彼女はもう1年前に終わらせているだとか、そういうことも含めて全部、彼女が遠いっておもう。
 いや、もちろん去年彼女が大学に進学して、おなじ学校でなくなったときにそれを強く実感したのは当たり前で、今さらと言われればそうかもしれないけどさ。

 ただなんと言うか。大学生になった彼女はどことなく今までと雰囲気がちがうように思えて、となりの仲良しな女の子から、となりのオネエサンになりつつある気がしたのだ。

「そう言えばそーちゃん、第一志望はK大らしいやん」
「え、まぁ。つかそれ、誰から聞いたん?」
「海斗からやで。颯太がK大行く言うてましたー、ってメールきたし」

 あいつ、彼女とメールしとったんか。明日しばいとこうと密かな闘志を燃やしながら、「颯太がくるの待ってるわ」と言って笑った彼女を眺めた。ほらまた、そうやって俺より「先」にいることを暗に示す。
 グッと手を握りしめたくなったが、それはなんだか認めているようで癪に思えた。よって、力を入れそうになったその場所からそっと脱力。なんとか自分を制御して、俺のベッドの上で寝っ転がっている彼女に視線を投げた。

 って、なんで「そこ」に行くねん、このアホ。
 ゴロゴロとベッドに寝ながら、手元にあったらしい某バスケ漫画を読み始めた彼女。なつかしいわー、と言いつつ「ぶふうっ、アカン、コイツほんまのアホや」と恐らくだが主人公である男の態度を笑う。
 いや確かにそれは面白いし、アホやなと思える内容ではあるのだけれど、実際にアホなのは正直彼女の方で。男の部屋に来て無防備にベッドに横たわるってそれどうなん。

 沸々と黒い感情が俺の全身を侵していく。意識されてへんってこと? バンバンとベッドを手で叩きながら笑いに悶えている彼女をジッと見つめる。やべ、めっちゃイライラしてきたわ。
 それでもこの怒りを外に押し出す事は出来ず、ついにと言えばついにと言えるが、俺はただ強く右手を握りしめた。それで気持ちがおさまるかと言われると、否と答えるしかない事は自分でも分かっていたけれど。

「あ、せや、滑り止めはW大? それやったら私と同じコースやで。喜べ青少年」
「うわー嬉しくないわー。アカン、俺チョイスミスかもしれへん」
「……しばくぞ」

 ムスっとした表情で睨んできた彼女を鼻で笑う。単なる照れ隠しとは自分でもわかっている。だが、あいにく俺は素直に自分の気持ちを口にできるほど、大人ではなかった――ここでまた、自分がガキなことを理解しなければならないのか。
 「英語は基本、和訳と英訳やねんけど、単語が意味わからへんからようやっとき」そう言ってまた漫画を読み始める。そんな彼女に「赤本とか単語集ちょうだい」と言えば、「ええで、また持ってくるわ」という返事があった。その余裕な感じも、腹立ってしゃーない。

 ちなみに。言っておくが俺がK大を選んだのは、別に彼女がいるからではないし、W大が滑り止めなのは本当に偶然。今の今までそんなことは知らなかったから。
 確かにK大にした理由に全く彼女が関係していないわけではないが、少なくとも全理由を彼女に捧げてはいない。これは覚えておいてもらいたいことだ。俺、恋人でもない好きな奴のために、自分の将来全てを賭けたりは出来ひんよ。

「1番大変な時期やからなぁ。まぁ、お姉さんが応援したるわ。頑張りや」

 そう言って、ふっ、と微笑んだ彼女が本当に「オネエサン」に見えて、自分の中の何かが切れたのを意識の遠くで感じた。ベッドの上で未だ漫画から視線を外さない彼女の意識は、もうまったく俺に向いてはいない。
 それを良いことに、ベッドの上に上がって彼女に跨った。そして、漫画を手から抜き取って投げ捨てる。さらに彼女の横に手を着いて、彼女を閉じ込めた。そんな中、突然のそれに彼女も何かを感じたらしい。

「……何してんねん」

 呆れたような視線が俺を捉えた。「いや、お姉さんに色々教えてもらお、思うてな」無表情にそう言い切れば、訝しげにこちらを見る。こうやって言ってもまだ危機感を持たない彼女が、やっぱり憎らしかった。
 彼女のことだ。確実に「知識」はあるだろうし、むしろ他の女よりもそういうネタを嬉々として口にするだろう。彼女はそういう奴だ。でも、そんな彼女がここまでされて何も思わないというのは、問題ではなかろうか。

 そう、俺にとっての大問題だ(どーん)。

「……なんも思わへんの」
「そーちゃんは何がしたいんやろ、とは思うてますけど」
「ふーん。――その態度、むかつく」
「っ、そーちゃん!」

 完全に脱力していたらしい彼女の手をひとまとめにし、自分の手で縛る。ちょ、いてぇ、と言って顔を歪めた彼女に、少しザマーミロと思ってしまった。「ホンマに何がしたいねん」睨む彼女はそれでも相変わらず余裕のようで。
 「余裕やね」と告げれば、彼女が眉を寄せたのが分かった。「何をイライラしてるん」俺は無表情でいたつもりだったが、このような暴挙に出たのだからバレてしまったのも仕方ない。

「アンタが、俺をガキ扱いすっから」

 ただ、意外にもすんなり出てきた言葉は、それでもガキっぽいことに変わりは無かった。



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