textbook | ナノ

「そーちゃん、そーちゃん!」

 つたたたた、と可愛らしい足音を響かせて俺のところにやってきた彼女。とすん、とベッドに横たわった彼女は、パァァアアアっと頭に花を咲かせて、キラキラした輝かしい瞳で俺を見つめてきた。
 ああ、めちゃめちゃかわいい。俺なんかの彼女だってことがもったいないくらいかわいい。かわいすぎて死ぬ。
 もう本当に何なんだと思わず言いたくなるような、まぁもし言ったならばお前が何なんだと周りに言われそうだから言わないけど、とにかくどうしようもないくらいかわいいのが俺の彼女。

 誰にも渡さねーし、コイツを泣かせた奴は誰であろうと地獄行きなの。とにかく大切でたまんねーんだ。抱きしめたい。つーか襲いたい。しかも今のコイツ、オンザベッドっつーなんというベストポジション! ナイスおまえ! 狼さんが襲っちまうぞ、がおー(そんな勇気はない)!
 そんなことを考えながらも、いかがわしい脳内を振り払って冷静さをなんとか取り戻し、「どうかした?」と首を傾ける――うっすらと笑みを浮かべて、すこしだけキョトンとした表情で。そうすれば彼女はほわーっとした笑顔で、ぐさーっとくる言葉を吐き出したのだった。

「そーちゃんったら可愛いなー」

 んぬあああああああああ!? し、ショックすぎる……! 何が悲しくて「かわいい」とか言われなきゃいけないわけ!? つーかかわいいのはお前だから。ね、お前だから。
 そう思いながら、にこにこ笑顔で俺を見つつ、俺のベッドに横たわっている彼女を見やる。うわー、絶対香りが残るよやばいよ俺だって男なんだよー……、って何考えてんだ俺!

 一瞬思考がへんな方向へ飛びかけたため、冷静さを取り戻そうと再度試みる。
 まずはあれだ、可愛い発言について。確かに俺、脳内はあんなふうにいろいろ考えていながらもヘタレだし、顔も童顔で背もようやくの170だけどさ。だからって、だからって男に可愛いはねぇだろ、くそ。
 「かっこいい」ならかなり嬉しいけど、「かわいい」はかなりショックだ。かわいい面のかっこいい男ってのはどうやらモテるらしいけど、別にモテたいじゃねぇし。それに、俺はかっこいい存在でありたいのだ。コイツの前でだけは。

「ふあー、眠い」

 だがしかし、そんな俺の複雑な心境に気がついていないらしい彼女は、あくびをしながら眠いと訴えた。んー……と言いながら、ゴロゴロとベッド上を徘徊し始めた彼女に、俺は段々とある危機感を覚えていく。

「い、家帰って寝ろよ、隣なんだから」

 そう、こいつがこのまま俺の部屋で、ゴートゥーザドリームワールドしないだろうかという確かな危機感だ。それは色んな意味でやばい。俺の天使さまの消滅とか、俺の息子の暴走とかそういう意味で。ゴメン下ネタ。

「うー……ん、?」

 うっあーっ! 目をこすりながら涙目でこっち見んなよ、しかも可愛いっていうかなんていうか、え、ええええろえろ、えろい声、なんか出してさ! おまえその声がえろいって気付いてる!? 俺の息子素直に反応したよ!
 ていうかアレ、俺だけが意識してない? つーか意識しすぎ? 別にえろい声でもなんでもないって? ばか、あいつの全てが俺を誘いすぎなんだよ。つーか言わせてもらうと存在がもはや(以下略)。

「今日泊まる!」
「へぇー泊まる……泊まる!? ええぇぇえ?!」
「う、そーちゃんうるさい」
「ご、ごめん」

 いやいや俺、ごめんじゃねーだろ。そしてこいつ、なななな何言ってんだ! 珍しくも真剣な表情で、「うん、泊まろう」と意気込んでみせる彼女に、俺はとにかくパニック状態。
 何が「今日泊まる!」だコンチキショーかわいいな。とは言えども、パニック状態がおさまらない俺は、金魚のように口をパクパクしながら彼女を見る。そうすれば、キョトンとした表情で俺を見返してきた。

 こんな表情も可愛いなぁ……っじゃなくて!

 そりゃあ俺たちもう大学生だし、ついでに言うと付き合いも長いし、今日は母さんもみんないないし、そんなのも(わかるよね、具体的に言わずともわかるよね)あってもいいかなとは思うけど。
 ……いや無理無理無理、俺には無理だよ! まずあれだ、優しくできる自信がない。絶対暴走する。まぁ、もちろん最善は尽くすけどなんていうか、がんばるけど。でもやっぱりコイツ可愛すぎて止まら(以下略)。

「ね、いいでしょ」
「っ、だ、だめ、おばさんも心配するし!」
「だいじょうぶ! ママはパパと旅行中だから!」

 おばさんおじさーんっ!

「ね、いいよねっ」

 楽しみでたまらないといったような表情で俺を見つめてくる彼女の瞳の輝きように、思わず言葉が詰まる。最近会えなかったぶん、甘えてくれているのは十分理解できるのだがなにぶん、俺だって怖がらせたくないとかなんだとかいろんな感情がだな、あるんだよ。
 もちろんこの欲だって抑えようと思えば抑えられるとおもう。でも、それこそ目の前に「そういうこと」をしたい大好きでかわいい相手がいて、ちょっとそういう雰囲気に持ち込みたくなる気持ちだって出てくる。そこでコイツが了承してくれたらそれはそれであれだけど。

 うーん、まぁでもいっしょにいられる機会にいっしょにいないのはもったいないともおもったりするし、それになんていうか、せっかくだからちょっとそういう雰囲気に持ち込んじゃってもいいかなーなんて邪な考えもあるわけで。
 拒否されたらそのときやめたらいいよね。うん。彼女が嫌がることだけは絶対にしたくないし。それでもこの想いをぶつけたい気持ちだって嘘じゃないから、そんだけ好きなんだってことは教えたい気もする。

「……いいけど、どうなっても知らないからな」
「え、なにが」

 天然を極めた俺の彼女は、さも意味がわかりませんとでも言うように、大きな目をまんまるくして俺を見つめる。透き通ったその瞳をずっと見続けていたら、なんか脱力。
 やっぱりそういうのわかんないかぁ。彼氏の家に泊まるってことの意味、やっぱり何も分かんないかぁ。それはそれで問題ありだから、教えてあげないと俺以外の男にもそういうこと軽くしちゃいそうだ。

「ねぇ」
「ん?」

 もう数え切れないほどコイツとはキスしてきたけど、やっぱりキスしたいっていう衝動は相変わらず湧きおこるらしい。ベッドで横たわっている彼女の上に乗っかって、顔の両横に手を置いて。そうしてビックリして俺を見上げる彼女に、少しだけニヒルに微笑んでやる。

 ヘタレでもね、なんかちょっとスイッチ入る時ってあるんですー。

「、そーちゃ……」
「だまって」

 ちゅ、と軽いリップ音を奏でて、触れるだけのキス。そっから、もうすこし味わいたいな、なんて欲が出てきて、少しばかり長めのキスをお1つ。息苦しそうにしている彼女を目を細めて見ているが、あまり見すぎたら本当に止まらなくなりそうなので俺も目を瞑ることにした。……仕方ねーだろ!

「そ、そーちゃん」
「何」

 唇を離して少しだけ自身のそれを舐めてみせれば、真っ赤だった顔は見る見るうちにさらに真っ赤になっていく。それがおかしくて思わず「ははっ」と笑えば彼女は突然、俺のシャツの胸元部分をぐしゃりと掴んで引っ張った。

「っ、ちょ」

 あぶね、と思い、再度彼女の両横に手を着いたは良いが、とたんに柔らかな唇の感触。びっくりして目を見開くと同時に、その唇は悪戯な甘さだけを残して、素早く離れてしまった。
 そう、彼女からの突然のキスだったのだ。情けないことに驚いて、思わず石化してしまったけれど、体中から溢れ出る「愛おしい」は確実に俺を蝕んでいく。やべぇ、止められない。ああもう駄目だ、かわいすぎる。

 にやける口元に、ふふ、と笑う彼女の姿。おかしくなって笑えば、彼女も満面の笑みで返してくれた。おでことおでこを合わせて、少し見つめ合って、また笑って――ああ、こいつのこと好きだなって、実感した。

「……すきだよ」
「わたしもだいすき!」

 体が、熱い。



きみにすべてを捧げよう

ね、今そーちゃん何考えてる? やっ、別に何も! えー、ねー何考えてるのっ。べ、別に何も考えてねーっつの。そーちゃんのウソツキー。う、うるせーなっ







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