「寒い。」


ぴとり。なまえが俺の腰に抱き付いた。外は雨。七月だというのに、この所肌寒い。なまえは俺が先程投げて寄越したタオルケットに包まっているのにも拘らず、俺の体温までも奪おうとしている。
斯く言う俺は仕事でパソコンに向かっているので、仕事がやりづらい。はっきり言って邪魔だ。
この女は普段はさっぱりなくせに、こういう時に寄ってくるのだから困る。それでも苛立ちを覚えないで、“困る”で済んでいるのは俺が彼女を愛しているからで、邪険には出来ないからだ。俺達はただの友達で、恋人同士でも何でもない。
暇な時なら相手が出来るのに、くそ。ぐりぐりと額を押し付けられるので、後頭部を軽く叩くと小気味好い音がした。


「いたっ。」

「邪魔。」

「薄暗いとこでパソコンやると目が悪くなるよ。」

「なまえが目が眩しくて痛くなるから暗くしてほしいって言ったんだろ。」

「いざやくんが仕事やらない前提で言ったんだよ。」

減らず口。俺だって結構口がたつ方だと自覚してはいるが、彼女に勝てたことがない。高校時代から、ずっと。これが惚れた弱みというやつか、ちくしょう。


「仕事やってるんだけど。」

「じゃあ付けてくる。」


ふらり。立ち上がる。裏から手を回して俺の都合のいいように動かそうとすれば思うようにいかないくせに、希望を口にすれば二つ返事で希望に答えてくれる。…なんだかなあ。
部屋が明るくなると頭から青いタオルケットを被ったおばけみたいななまえが、アイス食べてい?と声をかけてくる。返事をする前に冷凍庫を開け、ビニールが擦れる音がした。


「いざやくんはー?」

「…寒いんじゃなかったの?」

「寒い大なりアイス。食べたいんだもん。あ、これ私すきなやつだ。ねえ、いざやくんいらないの?」

「うん。」


んー。と返事が返って、冷凍庫が閉まる。袋をあける音とゴミ箱に捨てられる音がした。
なまえが俺の椅子に背を付けて座る。

「ちょっと、椅子動く。」

「寒いんだもん。」

「だったらアイス食べなきゃいいのに。」

「食べたかったんだもん。」


おいしいよ?
棒付きのアイスを根本から口に入れて、抜く。前々から思ってはいたけど、エロいなあ。言うとやめちゃうだろうから言わないけど。


「なまえがアイス食べて、寒いって俺にくっつくから仕事が進まない。」

「私、邪魔?」

「まぁ、端的に言うとそうなるかな。」

「じゃあ、はなれる。」


べつにいいよ、タオルケットあるし。なんて、四つん這いになってソファの方に躊躇うことなく向かって、寝転んだ。暫く俺のキーボードを打つ音と、しゃくしゃくアイス奥歯で砕く音が明るい部屋に響く。
カラン。そして何もなくなった棒が、何も入っていないゴミ箱に落された。ドサリとなまえがソファに沈む。焦点の合ってない瞳で俺を、というか俺の動作を眺めていた。

「さむ。」

だから食べなきゃよかったのに、なまえは興味なさげに、つまらなそうにタオルケットに包まりなおした。マウスを動かしてプリンターを起動して印刷を開始するとなまえがそちらに目を向けて出てくる紙をずっと観察していた。
俺が立ち上がって、彼女に跨るようにソファに膝を立てるとプリンターが見えなくなったらしく、何事かと訝しげな目で俺を見上げる。


「仕事なんじゃないの?私、あれ、見てたのに。」

「終わったんだよ。」

「はやいねえ。」


はじめから仕事するから電気付けて邪魔しないでっていえばすぐこうしたのに。
眠そうに欠伸をすると、アイスのせいで冷たくなったらしい咥内から冷えた二酸化炭素が吐き出されて俺の頬を撫でた。


「ね、なまえ。」

「なに?」

「俺って、君のなんなんだろうね?」


そう聞けば、おともだち、家シェアしてる。あと私の毛布の代わり。と返って来たので、その口を俺ので塞いでやったらやっぱり冷たかった。




君のライナスの毛布になりたいんじゃない、
恋人になりたいんだ。

埋没とは別で考えてた連載のヒロイン。素敵なタイトルにひかれた。
title by クロエ
20110727
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