なぁ諸君、君達は異世界トリップなるものを信じるか?
この場合の異世界とは国が違うとか違う銀河系の違う星だとかそういう意味じゃない。別次元だ。つまり、立体が平面になるとか点と線になるとかそういう事で、もっと言うととある漫画の中なのだけれどここまで言うと聡明な諸君等には想像するに容易かろう。 異世界トリップとは是即ち我々の言語で言う大好きな漫画の大好きなキャラに会うために毎日神頼みしたよ!若しくは運の悪いことに不慮の事故で命を落としてしまったよ!そんな折に神様的な奴に、トリップするかい?みたいなそんな感じでGo away!……じゃねえや、あっち行け!って私があっち行けよ。まぁいい、想像に堅いと思うので割愛させていただこう。 そう、つまりはそういう事なのだ。 どうやら私はしてしまったそうなのです。トリップ。ちなみにちゃんと事態を受け止められたのが、つい一時間前なのだが来たのは十日程前。 大きな屋敷に私はいたのだ。そして目の前にいたブッサイクな薄いピンクでピッコロさんみたいな触覚を額に一本生やした小デブのおっさんを目にしたとき、私は愕然とした。 『きっ、気持ち悪っ!!』 然して私は御用となった。 素直な気持ちを素直に吐き出しただけであるのに、腕には結構軽いけど硬い手錠が二本を繋げている。こんな人生の転落の仕方ってどうなの。 いや確かに私も悪いよ?何度もアニメとかで見て、うわ気持ち悪とか何度も思ってたけど今度は本人前にしていつもみたいに言っちゃって申し訳ないと思ったよ?でも気っ持ちわっりいもん!全身薄ピンクとか相当酒飲まないとならないよ?そして着衣の派手な事派手な事!今時青と黄色の原色万歳カボチャパンツに白タイツと真っ赤なマントはないって!ていうか中世の王子も真っ青だよそれ!仕方ないよ! そんなことをもやもやと考えていたら留置場に入れられる間もなく尋問室?みたいなとこに入れられてパイプ椅子に座らされた。目の前には茶髪の男。イケメン。甘いマスク。とりあえずイケメン。私はこいつも知っている。果たしてこの地球は、この東京…いや江戸はまだ共通語が日本語なのだろうか。漫画じゃ日本語だけど、ディーグレみたいに言語が全部違うと全部日本語になるからな、危ない橋は渡れねえ。 『は、はろー!ないすとぅーみーちゅー!あいむなまえ!せんきゅー!せんきゅー!』 『……。』 あかァアァん!!!違う!間違ってなかった!日本は日本だった!どうしようこれもうやだなんでこんな目に遭わなきゃいけないの!もうこんなことならさっさと謝って警察呼んでもらわないようにすればよかった!そして適当に主人公ズ発見して源外さん辺りにもとの世界に戻れるような装置作ってもらえばよかった!いやだもう帰りたい!帰りたい! 『…あんたここを何処だと思ってんだ。江戸ですぜ?馬鹿だろ。』 『あ、いや、確認したい事がありまして。』 『馬鹿だろ。』 もうやだこの人。本気で蔑んだ目なんだけど。そんな気持ちをぐっと堪え、口を開く。 『あの、罪状ってなんですか?』 『不法侵入と名誉毀損。身に覚えは?』 『…がっつり。』 『はいじゃあ有罪かくてーい。おわったー!あーいい仕事した。じゃ、お疲れィ。』 『え、ちょ、早!え?結局私なに?執行猶予有り?無し?』 『あんたは女だからな、切腹は侍しか出来ないんでねィ。』 『うそ釈放?やった!フェミニスト!さすが!』 私が心から喜んでいると、馬鹿言っちゃいけねェや。鼻で笑われ、亜麻色のその男は自らの首に手刀を二、三度当てた。 『斬首だよ、斬首。首切りってやつでさァ。』 『うん、もう少し話し合わないか。』 まじでか。あかん。急に脂汗が吹き出た。何この世界。人間に厳し過ぎるだろ、ちょ、まじで笑えない笑えない。え、死ぬんだよ私。死ぬんだよ?……死ぬんだよ!?なんでそんな簡単に無視して部屋を出られるの!?ちょ、待って!待って待って待って!! 『待ってください神さま仏さま警察さま!いやほんといろいろ深い事情があるんですよこっちも!』 『え、めんどくさ。』 『おい警察コラ職務放棄するつもりか。』 『…ゆーうーざーい、確…定、と。』 『すいません違うんですほんと違うんですごめんなさい。』 完全なる職権乱用である。腕を引っ掴んで止めてください止めてください止めてください止めてくださいと呪いのように繰り返せば、 『ちょ、気持ち悪ィ。』 おまえも言ってんじゃねえか。 まぁそんなこんなで事情を話したら、初めは夢なんじゃないかと思っていたのが段々現実味を帯びていって、とりあえず面白そうだからやっぱ止めようみたいな感じでよくわかんないけどなんかなんとか例の人をなだめたらしい。そんな今現在私は生き延びているのだが、漸くわかった。 これ、トリップだわ。 気付いた瞬間血の気が引いた。え、帰れんの?よく聞く元の世界への影響は?家族の記憶は?ちょ、え、どうしよう。どこにワームホールがあるんだ。 「おーい、なまえー。」 「あ、はーい。」 名前を呼ばれたのでそちらに向かう。一旦考えるのはやめにしよう。夜考えよう、夜。 それは罪状取り消しの条件というやつだった。じゃあ今日から下僕な。といい笑顔で言われ、もう色んなことがありすぎてテンパってしまったのだと思う。だって下僕とか家畜同様だぞ。 「茶ァ。」 「…全部一式置いてあるんですけど。」 「淹れて。疲れて腕持ち上げんのもめんどくせえや。」 「寝すぎだと思います。…どうぞ。」 「ん。 あ、これ食えよ、饅頭。お前それ好きだろ?土方んとこから盗っ……貰った。」 「あ、やった。ほんとですか?もらいますもらいます。ありがとうございます。」 今この人盗ったって言おうとしたな。と思いつつも、ありがたく貰った。なんせこの世界は私の求める娯楽が少ないもんだから、甘いものを食べることですら楽しみの一つになったりするのだ。物凄く貴重である。 ことりと音がして机に一つ湯呑が増える。 「え…、おかわりなら同じの使いましょうよ。洗うの増えるじゃないですか。」 「は?お前のだろ。何言ってんでィ。」 「…おぉ…ふ…。」 さも当たり前と言う風に言われ、戸惑う。この人、気とか遣わないと思ってた。案外そうでもないらしい。 こぽこぽと私の湯呑に緑茶が注がれる。 「ん。」 「ありがとうございます。…あ、」 「あ?」 「腕上がるんじゃないですか。」 指摘すれば、これまた珍しく顔を仄かに朱色に染めて、うるせー。と小付くように蹴られた。湯呑がこちらに押し出された。中は空なので、どうやら今度は本当にお茶の催促らしい。 「夜眠れなくなりますよ。」 「んな餓鬼じゃねェよ。今にも寝ちまいそうだ。おい、膝。」 「この後土方さんのお仕事の手伝いなので嫌です。」 「大丈夫大丈夫。」 「ちょ、おま、」 一気に湯呑の中身は飲み干され、私の膝が枕にされる。おいお前は大丈夫でも私は怒られるんだぞ。心の中でそう思ったが、きっとこの人もこの人で疲れていたのだろうと諦めた。 「(あー、でも、あれだなあ…ほんといい天気だなあ。)」 人間とは、存外、順応性に富んでいるらしい。 トリップがやりたかった。特に意味はない。お茶を飲み過ぎた。眠れない。 あ、今日三者面談だ。 title by パッツン少女の初恋 20110716 |