彼女は変わった。



「よかったな、ギブス取れて。」

「足だけだけどね。」


 春分も過ぎ、夏至に向けて段々と日が長くなってきている今日この頃、間も無く夕方6時になるというのに陰はまだそこまで長くない。つい何ヶ月か前はもう真っ暗だったのに、時間は案外スルスルと過ぎ去って行くらしい。この何物にも頼らなくていい解放かーん!と声高らかにぎこちないスキップして先に進むなまえをさつきとヒロが制す。後ろから見たあいつの右足は見ていて不安になるような細さだった。


「もうなまえ!筋肉落ちちゃったんだから無理したら転けちゃうでしょ!」

「だから筋肉つけなきゃ!わたしには時間がない!」


 とりあえず目下の目標は東日本大会に出られるレベルまで持っていくことらしいので、日数にしたら大体3ヶ月切ったくらい。オレにはそれが長いのか短いのかわからないけれど、確かに治ると聞いたとき、たぶん誰よりも泣きそうだったと思う。なまえはケガした当初、それはそれは凹んでいたけれど、なんとかってコーチみたいなオッサンに治ると言われた瞬間、不安は払拭されたらしい。あっけらかんと、あ、そうなんですか。そうですよね。そっかあ。なんつって左腕でさすっていた。なんで、オレの方が心配してんだよって言いようのないもやもやしたものが胸のあたりで渦巻いていたんだけれど、まあ、なんにしろ、腕の方がいつギブス取れるかわかんないとはいえ、治る見込みがたったのは本当に安心した。本当によかった。なまえはまだ、跳べるのだ。1番をまた目指せる。


「まずは、行き帰りはちゃんと全部歩けるようにしなくちゃ。もう足がプルプルする。わはは、プルプルしてる。」

「わははじゃないわ。何笑ってんだよもう。」


 呆れたように笑うヒロが、ほら。としゃがむ。するとなまえは、やーよ。と小さく痙攣を起こす足でずるずると前に進んで行こうとした。おいおい、バカ言ってんじゃねーよお前。ちょっと声を荒げてそう言ったら、ヒロは、やだとかつまんねー意地張ってる場合じゃないだろ。と無理矢理なまえを背負った。う、わあぁ…、ばか、やだちょっとおろして!と焦るなまえにヒロは、やーよ。とさっきの言葉をそのまま返す。さつきが、大人しくして!とピシャリと叱った。


「まだあんたはケガ人なんだから。」


 さつきは、ヒロの隣に並んでなまえと目を合わすとそう溜息を吐いた。なんだかなまえらしくない気がした。よくわからないけれど、焦っている気がしたのだ。治るならいいじゃねーか。そう動きそうになる口をゆっくり閉じる。オレが言えた義理じゃない。なまえの方をチラリと見るとヒロと目があって、ヒロが苦笑する。急に喋らなくなったオレの中を見透かしているかのように、ていうかさ、と新しい話題を口にした。


「今日喋ってたの友達?新しくできたの?」

「そう。」

「えっ。」

「えっ、お前友達できたの?喋りかけれたの?」

「喋れるよ!なんなんわたしを人見知りみたいに!」

「えっ?」

「えってなんなの、えって!さつき!」


 わたしを甘く見過ぎだお前たち!と小うるさく喚くなまえは、2ヶ月前とは随分性格が変わったように思う。あいつの中ですべて完結していた栗田なまえの世界は、なまえ自身の手によって他人へ多少は解放されたし、なまえによる他人への干渉も少し増えた。自分が人見知りなのをわかっていて、社交的になろうとしているのだ。
 さつきはそれをいいことだと言っていて、オレも、少なくとも悪いことではないとは思ってる。でも、なんでかあんまりいい気はしなかった。あいつは昔、そのさっぱりした考え方と性格のせいでひどいいじめにあったことがある。結局それは無難な収束を迎えたけれど、頭のいいなまえは中学にあがるときに二の舞になるような可能性を擦り潰そうと考えていてもおかしくはない。自分の中の自分を殺して、新しい自分を作り上げようとしているのではないかと考えたら、なんだか、苦しかった。
 それに、オレのせいでバスケットゴールにあいつが押しつぶされたとき、なまえは結構な量の血を輸血したらしい。先生に、もしかしたら性格がちょっと変わった…なんてこともあるかもね、なんて言われたもんだから、オレはそれがなまえの急な積極性に関係してるのかもしれないと思うととても怖かった。オレのせいで栗田なまえという人格を捻じ曲げたってこともない話ではないのだ。


「だいき!前!」

「あ?ッうぉあ!」


 気付いたら目の前に電信柱があって、慌てて急停止した。ちょっと、もうなにボーッとしてんの。となまえが訝しげにこっちを見る。うるせーな、こっちの気も知らないで。頭をガシガシ掻きながら、考え事してた。と答えると、へぇー、めずらしい。なあに?とニヤニヤ失礼なことを考えてそうな顔をする。ばか、おまえ、そんな気楽なことじゃねぇんだよ。お前はさ、自分で自分が変わったこと、気付いてんの?


「部活、バスケ一択だけどよ、レギュラー取れっかなーと思っただけ。」

「そう言えば、来週からなのか、部活って。ひろはサッカーでしょ?さつきもなんか入るの?」

「バスケ部のマネージャーやろっかなって思ってるよー。」

「うわ、自分のスキル上がらないのに時間縛られるんだよ?わたし、尽くすとか絶対無理。」

「尽くすって、そういう自己満のためにやるわけじゃないんだから。ただ、だいちゃん応援するのに1番近いところがいいなーって思っただけ。」

「……だいきって将来彼女いなさそう。」

「はあっ?テメッ、なんでそこでオレなんだよ!できるわ!」


 お前、クラスの奴らには猫かぶってるくせにオレらに対しては雑だよな。となまえの頭を平手で殴るとパコッと軽い音がした。痛いな。となまえが頭をさする。


「しょうがないじゃん、自然とそうなっちゃうんだもん。あんま、考えてない。大丈夫、クラスにだって普通に喋れる友達できたよ。」


 あ、そう言えばね、1人すごく背の高い子がいるんだよ。だいきくらい。まだちょっと喋るの緊張するけど、いい人だったよ。見た目は全然違うんだけどね、なんかひろと似てんの。
 そう言って、割と楽しそうな顔でオレ達に伝えて来るもんだから、自分を追い詰めるのはあとでもいいやって、下を向いていた顔がそっと緩んだ。



青峰は繊細だと思ってる。
20140709
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