彼女は変わらない。



 4月も半ば、新しいクラスメイト達の名前も半分くらいは覚えて、ちょっとはクラスらしいまとまりも生まれ出した。入学式から数日休んでいたオレの前の席の栗田さんも、早々に隣の女の子、沖さんと仲良くなって馴染んできている。今だから言ってしまうけれど、栗田さんが初めて沖さんに声をかけてたときは面白くて思わず笑ってしまった。緊張していたのか裏返った声で、そのシャーペン!一緒だ!かわいいよね!なんて必死に探し出したのであろう言葉を精一杯の笑顔で紡いでいたのだ。オレのときは結構普通だったのにな。話しかけるのが苦手なんだろう。あれからオレと栗田さんの会話といえば、朝の挨拶とプリントの受け渡しの、はい。と、ありがとう。のやりとりくらいだった。なんていうか、気持ち悪い。別に、気にしなきゃいいんだけどさ。道端で顔見知りと出会っちゃって、でもお互い気づいてないふりをしてるみたいな、そんな気分になる。


「お前ら来週から部活見学だからなー。今から配るプリントに教室書いてっから色々考えとけよ。」


 橘センセーが列ごとにプリントを渡していく。今日も今日とて栗田さんとのコンタクトはプリントの受け渡しくらいだった。栗田さんは右腕を怪我していて、左側から渡してくるのだけれど、案外受け取りづらくはない。受け取る側のことも考えてるのか、体ごとこっちに向けて渡してくれるのだ。会話はまるっきりないけれど、投げ捨てるかのように上から片手で渡されるより、断然思いやりを感じる、と思ってる。
 周りでは早くも、どこに入るか決めた?だの、1人じゃさみしーから一緒に入ろうよ。だのと囁かれている。そっか、その話題があった。オレも、ちょっと栗田さんに話しかけてみようかな。そんな風に彼女に手を伸ばしかけたところで隣の志茂さんに阻まれた。


「涼太は気になってる部活とかあんの?」

「え?あー、いや、別にまだ考えてないかな。」

「えーうそー。あたし涼太が運動部入るんなら、ちょっとマネやろっかなって思ってたんだけどなあ。」

「ははは、部活くらい自由に決めたらいいんじゃん?」


 プリントを読み直すフリをして会話を途切れさせると渋々といったようにその子は口を閉じてプリントに目を向ける。栗田さんはと言えば、隣の席の沖さんと佐伯くんにすでに部活の話を振られていて、オレは完全にタイミングを逸したようだ。地味に、凹む。


「えっ、なまえ、部活入んないの?」

「うん、入らない。」


 栗田さんと沖さん、それから佐伯くんは入学したてにしてはそこそこ仲のいい3人組だ。席が栗田さんを挟んで隣同士だってのが大きな理由なんだろうけれど、1番はやっぱり波長があってるからなんだろう。みんながみんな、人は人、自分は自分と周りよりも少し達観した考えを持っているようで、オレには他の姦しくはしゃいでる女の子のグループや“付き合う”と言う新しい人間関係に興味を持ち始めてる男女のグループよりも、なんだか居心地が良さそうに見えた。オレは昔からそういうのの真ん中で生きてきたから、人の機微を気にしなくていい関係性を営んでいる彼らがとても羨ましかったのだ。そんなオレは現在、前の席の女の子、栗田さんと友達になるべく、気を伺っている。
 栗田さんは3人の中でも特に個人志向が顕著な子だ。本当は栗田さんは頭文字が“く”で、オレが“き”だから、オレの後ろの席だったのだけど、入学式から数日経って彼女が初めて登校したその日に交換した。目が悪いからなんだそうだ。たぶん、いい人。オレの隣の志茂さん曰く、“地味じゃないんだけど、別に派手でもないから印象が薄い”らしいのだが、ちょっとオレにはよくわからない。見た目はそうだけど、だからといって印象薄いわけではないし。オレの前の席だからかもしれないけど。


「うちの学校、生徒は大抵どっかの部活に所属してんぜ?」

「そりゃその腕じゃ体育会系は無理だけど、文化系だってあるじゃん。」

「体操部、入ろうかなって。」

「えっ、栗田さん体操興味あんの?」


 思わずプリントから視線をずらして割り込むと、黄瀬くん、これでもずっとやってたんですけどね。と栗田さんは恥ずかしそうに頬をかいていて、沖さんと佐伯くんはきょとんと彼女を見ていた。イメージと違うもんな。どちらかというと文化系って感じだし、さらに言えば美術部とか吹奏楽部とかにいそうなおとなしいイメージだし。たいそうって、あの体操だよな。栗田さん、そんなアクティブだったんだ。見た目とか雰囲気からはあんまり想像できない。あ、でも、毎日毎日髪がお団子とかポニーテールだったのはきっとそういうことが癖になったんかな。…はあ、体操、ね。そりゃそんな手足じゃできないわけだ。


「え、ずっとって、何年生からやってたの?」


 少し詰まりながら尋ねると口を尖らせて、
何年生っていうか、3歳からだよ。と栗田さんは不満げに答えた。思ったよりやってたとかそんなレベルじゃなかった。バリバリやってんじゃん。


「おい栗田、嘘はよせ。」

「いや嘘じゃないって。」

「それにしてはオーラ的なものを感じないっていうか…ほら、あんじゃん、サッカーやってる子ってサッカー少年みたいな雰囲気感じるじゃん。あれ。」


 なまえには恐ろしくそれを感じないわ。と沖さんは白目を剥く。綺麗な顔してんのに随分思い切った表情をするもんだ。栗田さんは栗田さんで、いくら伊澄(いすみ)ちゃんでもその顔はヤバいと思うよ。と呑気に返している。


「みんなは何入んの?」

「あたし軽音。」

「オレサッカー。」

「えっと、オレはまだ考えてない。」

「帰宅?」

「なんか運動部入ろうかなとは思ったんだけど、興味出そうなやつがなくて。」


 1回見たら大抵のことはできちゃうし。とは言わなかった。本当のことだけれど、誰だってそんな発言は自慢にしか捉えられないだろうから。
 今日の日直が、起立と号令をかける。この会話の流れで一緒に帰れないかな、なんてぼんやり考えながら帰りの挨拶をすますと教室から廊下に出ようとしていた後ろの方の女の子が栗田さんを呼んだ。その頬にはほんのりと赤が差している。ドアから、キリッとした顔立ちの男の子が顔を出した。


「あ、ひろ。ちょっと待って、今用意する。」


 栗田さんが急いで片手でリュックに荷物を詰め出す。ヒロと呼ばれたそいつは足早にやって来て、どうも。と会釈して、軽い自己紹介をしてきた。田中ヒロ、栗田さんとは小学校からのお友達、らしい。ってことはこの間の色黒の人とも友達なんかな。もやもやと考えながら、オレ、黄瀬涼太。栗田さんとは同級生、です。などと少し片言になりながら、名前と、わかりきった情報を添えて、よろしく。と口にした。へぇーかっこいーねえ。などととニヤニヤ笑う佐伯くんや沖さんとは違って無愛想な挨拶になったように思う。田中くんは、それ、近所のおばさんがおだててくれるときに言うヤツ。と嫌味のない苦笑をしてから、オレ入れるから席立ちな。と栗田さんの手から鞄を優しく取り上げた。栗田さんが素っ気なく、ん。と答えるのはなんか変な感じがはした。この何週間かの彼女しか知らないけれど、栗田さんはうちのクラスの奴が何かを手伝おうとするときは基本的に1回は大丈夫と断っていたのだ。


「今日病院行くんだろ?」

「そうだけど、何?」

「いや、大輝がそわそわしてたから聞いただけ。オレもついてこっかなあ。」


 そう言って田中くんは栗田さんのリュックを背負ったまま、今しがた栗田さんが立った席の椅子をしまって彼女の松葉杖を拾って渡す。病院?手足診てもらうの?と沖さんが尋ねると、栗田さんはこくりと頷いた。経過次第じゃギブス取れるかも。と顔を緩ませていて、こっちまで笑顔が伝染する。吃驚するくらい嬉しそうな顔をする人だなあ。
 じゃあまた明日ねー。と呑気に手を振って、田中くんが少し広げた机と机の間の道をゆっくりと進んで教室の後ろのドアの方へ向かっていく。栗田さんがコツンと松葉杖を机の足にぶつけて転けそうになると、予想していたみたいにすかさず田中くんは栗田さんの体を支えていた。


「焦った。ちょう焦った。ありがと。」

「オレが焦るわバカ。ぼけっとしすぎなんだって。」

「えー、だってひろいるから、まあいっかってなるじゃん。」

「なんねーよ。そういや、大輝が怒ってたよ。事故って死ぬんじゃないかってマジ焦るって。」

「んー、わたしの代わりにだいきとかさつきが気をつけてくれるから大丈夫かなって思っちゃうんだよねえ。あっはっは。」

「マジ呑気。」


 あっ、そうだ。今日、病院一緒にくるんならさ、ご飯どうする?だいきとさつきはうちで食べるって。なんて話してる2人を見ているとなんだか無性に寂しくなった。別に、栗田さんとはそこまで仲良くないんだけど、あんな風に任せ切りにできる間柄がすごく羨ましい。オレにだって顔色を伺わずに話せる人がいたらいいのに。




書いてるうちに方向性がズレていく。クソみたいな黄瀬が書きたかったのに寂しい黄瀬が生まれてしまった。
20140617
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