暗転する。 暑さの残る小6の9月下旬、わたしは新聞に載った、らしい。 そんなこんなで3月である。放課後、わたしとだいきは体育館にいた。わたしは下旬にある大会の調整で、だいきは普通にバスケ。今日は基地の方には行かないんだって。さつきは今日、なんかお母さんと料理をつくるとかなんとか言ってホワイトデーで力を使い切ったらしいひろとさっさと帰ってしまった。確かに先月14日のバレンタインで、ひろはもう凄まじかった。だいきなんか比べ物になんないくらいに。だいきをすきな子はいても、だいきの雰囲気的に渡しづらいところがあったし、隣にはいつもさつきがいるから少ないんだと思う。顔だけ見たら悪くはない。いまだにセミ捕りとザリガニ釣りだいすきだけど。あいつの肌は冬を越えた今でさえ黒いままだ。色素沈着してるんだと思う。 「なあ、なまえ。」 「ん?」 「なんで1番になったのにまだアホみてーに練習してんの?」 わたしがきょとんとしていると、だいきは少しいきなりすぎたと思ったのか、遊びたいとか思わねーの?と付け足した。 「思うよ。だらだらしたいし、アホみたいに寝たいよ。でも負けたくないじゃん。」 「だって世界一だぜお前。天才なんて言われてんだぜ?」 「いや、去年の記録は更新できなかった。少し、調子乗ってたから、ちょっと雑になってた。指先まで伸びてなかった。」 しかもあれ、国際大会とはいえジュニアだし。と言えば、お前よくそこまでやれるわ。と呆れるかのように笑われる。勝たなきゃ勝たなきゃってやってっと嫌いになんねえ?ってちょっと顰めっ面をしながら、体育館倉庫に入っていった。なんでも、トランポリンを使ってダンクを決めてみたいらしい。アホだ。だけど、だいきのバスケが強いとこはそういうとこにあるんだろうなと思う。 「だいきはさ、バスケが楽しいからやんじゃん。」 「そうだけど?」 「わたしもそうだよ。人より少し始めるのが早くて、だからみんなよりちょっとだけうまくて、」 よっと。と助走をつけてロンダートからバク転後方2回転捻りをする。大会のときは少しだけ軸がブレて着地で1歩出そうになった。衝撃を膝で逃がして、しっかり立ち上がってから両手をあげた。まだちょっとだけ伸び切れてなかったな。とゴール傍の壁を使って柔軟をし直す。スポーツでも芸術でも、反復練習するものはなんでも、初めは一挙一動まで注意を向けて丁寧に、慣れてきたら丁寧が普通になるのだ。 「みんなよりうまいのがうれしくて余計すきになって、たくさん時間をかけた。そしたらみんなよりもっと上手くなってもっと練習して1番になった。そんだけだよ。」 別にわたしに才能があったわけじゃない。あったかもしれないけど、たいしたことじゃなかったんだと思う。やってみたいと思ったから始めた。始めるのが早かったから周りよりうまかった。褒められた。もっとやりたくなった。楽しかった。その繰り返しをしただけで、わたしは時間と労力をかけただけだ。 大会に勝った時、みんなはがんばったねって言ってくれたけど、実際のとこ、そんながんばってないんだよ。だって、すきなことをすることのどこに頑張ればいいのかわかんないでしょ。授業中落描きばっかしてる子の絵ってすごくうまかったりするじゃん。あれだって別に努力してるわけじゃないでしょ。それと同じ。そこまで言うと、だいきは、ふぅん。とエバーマットをゴール下付近に設置した。そんなもんかもなあ。なんて言ってるけど、たぶんもうあんまりこの話には興味がなくなってきてるんだろう。わたしもあいつもB型だからわからんでもない。 「つーかさ、お前結局中学どっちにしたんだよ?」 だいきがドリブルをして踏み込んだ。スプリングの伸縮する音がシャランと響く。あ、始めたんだ。と柔軟で壁を向いていた顔をそちらに向け、高くまで上がっただいきを見てゾッとした。おいおいおい、想像してたよりもずっと上がってんじゃん。ゴールにぶつかんじゃないの。 焦るわたしを尻目にリングは鈍い音と乾いた音を出してボールを落とした。溜息を吐くわたしと対照的にだいきは興奮冷めやらぬ様子でボフッとエバーマットに着地する。目を瞬いて、え、えっと、とらちゃんは麻黄中だけど……、わたしは、帝光。としりすぼみに呟くと今度はだいきが目を瞬いた。 「マジで?オレ学区ちげーから絶対麻黄中だと思ってた。さつきとかちょー泣いてたし。」 「麻黄中だと渡部さんとか高木さんとかと同んなじになるから、あと柄も悪いしママが心配して帝光に行ったらって。」 「ヒル魔いるから万が一にもあんなことねーんじゃねーの。」 「ねー。ま、でもいいじゃん。4月からも一緒にいれるの、わたしはうれしい。」 そう言ったらだいきはちょっと詰まってから、そういうのはまずヒロに言えよ。って変な顔をする。ダムダムダム、とボールを何回かつくと、トランポリンの方に向かった。なにさぁ、お前はうれしくないんか。とわたしが口を尖らせると、伸びるスプリングの上で一瞬だけ固まる。 失敗すると思った。跳ぶタイミングズレたし、絶対高さ足りないって、すぐ落ちるって。なのに、だいきはまだ宙にいて、リングの上から両手でボールを叩きつけた。今日1番の大きな音が響く。すご、と思わず呟いた。身体がぶるりと震える。ちょっと、怖いのかも。わたし、高く跳ぶのには自信あるけど、体格抜きにしてもだいき、相当跳んでたよ、あれ。……なんか、やだな。 「おい見たかなまえ、両手ダンク両手ダンク!オレは今赤城剛憲の世界を見た!」 リングにぶら下がっているだいきを真っ直ぐ見つめる。競技は違うけど、負けるのは、いやだな。と頭の中でわたしの声が響いた。ジッと顔を見据えるわたしを不審に思ったのか、なんだよ。とだいきが首を傾げる。なんか、変な感じする。 「だいき、なんかさっきより頭の位置がひく、」 錆びた金属が擦れあった音がした。反射的にゴールの方へ走り出す。なんの音か、ちゃんとはわからなかったんだけど、危ないのはわかった。変な音がした。テレビをみてる人達を泣かせにかかるようなドラマとか映画で有りそうな衝撃を伴う嫌な音。床をいっぱいいっぱい蹴って、呆けた顔をするだいきを思い切り突き飛ばした。すぐ後、視界が真っ暗になって、目をあけたら茶色い床が目の前にひろがっている。誰かの足がみえた。 「…っ、は、っ…!」 気付けばわたしは床にころがっていて、視線をさまよわせるとだいきがなにかをはなしている。なに、その頭真っ白みたいな顔。耳鳴りがしてなにをいっているのかわからなかったのだけど、わたしの身体がなんだかおかしいのはわかったから、心配しているのだろうと思った。意識はわりとはっきりしていたから、大丈夫、とつたえようと身体をおこそうとしたんだけれど、指先に力がはいらない。口はあけられるのに空気が中に入ってこなかった。なにこれ、なにこれ、わたし、いったいどうしたの。ねえ、だいき、いかないで。なんでそんななきそうなの。わたし、なんかしたのかな。 「(わたし、なにしたんだっけ。)」 どうしてわたし、はこばれてるの。 なんとなくクッション入れといた方がいいかなと思い、アップを遅らせました。 title by 金星 20140416 |