きらきらひかってるみたい。



「だいき、今日ひま?さつきも。」


 5年生の7月。小2から続くオレとなまえの体育館の朝練は日課と化していた。その朝練擬きが何となく終わりそうな雰囲気を醸し出した時刻、奴は顔を埋めていたタオルから口だけ出してそう訊ねた。さつきは知らねーけど、オレはひま。と答えれば、おっけー。とアクエリを口に含む。一体なんだっていうんだ。


「とらちゃんが中学にあがったでしょ?で、ヨウイチくんって新しい友達ができたんだけど、その友達がだいきのすきそうなとこ知ってたの。そんで、つれてっていい?って聞いたらオッケーしてくれたから、一緒に行こうと思って。」

「行こうと思ってって、お前放課後体操じゃん。」

「昨日、跳馬で肩から落ちて首痛めたから、今週はストレッチだけしとけって言われた。とらちゃんもわたしが練習やりすぎだから披露骨折するかもってうるさいし。」

「おいお前言うこと聞いてねぇじゃねーか。」

「今日は少なくしましたぁー。」

「オレと汗の量変わんねえけど。」

「もう初夏過ぎてるもん。汗臭い女なんです。」

「そうは言ったってお前なぁ、」


 洒落になんねー怪我したら兄貴泣くぞ。と奴とは違って超がつくほど巨漢な栗田兄を思い出した。家が寺だから、昔の坊主から取って良寛(りょうかん)という名前を付けられた奴の兄貴は、名前が羊羹みたいだ美味しそうだということで有名和菓子店からインスピレーションを受けた実の妹から愛を込めて“とらちゃん”と呼ばれている。そのとらちゃんは大きく育つようにとちっせえ頃からたらふく飯を食っていたらしく、現在身長175センチメートル、体重175キログラムという巨躯の持ち主だ。羊羹を持つとレゴのピースみたいに見える。
 一方、2歳上の兄貴の食いっぷりを目の当たりにしていた栗田妹の方はというと、137センチ、41キロの同年代から見ると若干小柄な体格なので、初めて兄貴を見たときはギャップ過ぎてマジでビビった。ちなみになまえの弟、双子の叡山(えいざん)高野(こうや)はチビ。なまえと年子で2歳下だから将来的な話はなんとも言えねーけど。なんにしろあの家じゃ、とらちゃんだけが突出してデカいので、遺伝とかそういうわけでもなさそうだ。今でこそオレも160センチはあるから小5にしては結構デカいけど、小2で初めて会ったときなんか、高さはまだしも幅が規格外だったのを覚えている。小4にして100キロ超えは笑った。


「(とらちゃんはデッケェのに、なんでこいつは成長しねんだろ。)」


 頭の高いところで髪をくるくるとお団子にして身長をかさ増ししてるんだろうが、オレからしたら対して変わらない。ドングリの背比べくらいの差だ。1年前はあいつの2次成長かなんかで少しだけ差は縮まったけど、そろそろ終わりだろう。今年の4月の身体測定で1センチくらいしか伸びてなかった気がする。まあ、一番伸びたときでも5センチぐらいだったから、今更牛乳じゃんけんに加わったところで無駄なあがきだ。
 なまえが一度団子を解いて、タオルで雑に頭皮の汗を拭いた。みんな、こいつの髪が、実は肩甲骨のあたりよりも少し下まであるのを知らないんだろう。ひとしきり頭を拭くと、また髪を団子に戻した。生え際の細くて短い髪が、少しだけ首にまとわりついていた。ダラダラと汗をかいていても、オレ達が外でサッカーとかドッジボールとかをしてかくようなものとはちがって、涼しげで、幾分かきれいなものなんじゃないかといつも思う。
 あっちーな。とTシャツを引っ張ってパタパタ扇ぐと、申し訳程度の風が流れた。明日から下のガラス開けてから始めよ。とまたなまえを横目で見ると丁度レオタードを上半身から引き剥がしているところだった。真夏の青空より濃い水色の縁から、何にも覆われてない膨らみが現れていた。当の本人は、とらちゃんはみんなにそんなだもん。真生のお人好しだよ。とさっきの話の続きをしながら平然とこっちを見ている。うそだろ、お前。


「テメ…ッ、着替えんなら一言言うか違うとこ行けよ!」

「痛い!ちょっと!首痛めてるのに顔面にボール投げないでよ着替えらんないじゃん!遅刻するわ!」

「だから脱ぐなっつってんだろ!」

「今初めて聞きました!」


 なんなんだ、お前ホントなんなんだ!
 カッと熱くなった顔を奴から背けて、俺の数メートル後ろまで転がったボールの方へ向かう。ちょ、まってまって!置いてかないで!と焦る声に、っるせぇな!ボール片付けんだよさっさと着替えろ!と怒鳴った。本当になんなんだお前。一回死ね。


「(ぶ、ブラジャーとかつけろよ。なんかちょっと、で、デケェし……クソチビのくせに。)」


 なんか腹が立ったから最後にシュートを打ったら、ガィンとボールがリングに当たって跳ねる。くそったれ。ボールを目で追いかけて後ろを向くと、まだ着替えているなまえの姿が見えて死にたくなった。


「なんで下脱いでんだ上着てから脱げよ!」

「うるさいなボール片付けてこいよ!」



***



「とらちゃん!ようちゃん!おまたせ!」

「遅ぇこの(ファッキン)グズ!俺を待たすなんざ1億光年早ぇんだよ!」

「わぁぁ、大輝くんと桃井さんも来てくれたんだね!」


 なまえの兄貴とその友達は、まあ一言で言うと、対極。それに尽きた。暴言吐きまくってるのがとらちゃんの友達らしいんだけど、口の悪さと逆立てた金髪にピアスは完全に普通の中学生(しかも1年)から道をはずれまくってるし、友達の妹のケツに蹴りいれるとか完全に悪の道に染まってんだろ。そんな人がどうやったら生き仏を具現化したようなとらちゃんと友達になれたのか理解できねぇ。


「うれしいなあ。あ、お腹空いてない?学校帰りってペコペコなっちゃうよねぇ。お菓子買ってきたんだよ。2人とも食べる?」

「とっ、とらちゃんそれ何袋持ってるの!?」

「やだなぁ、たかが10袋じゃない。」

「じゅっ…、(一つ一つがゴミ袋大ですけど!)」

「あれ?桃井さんなんで驚いてるの?」


 目を点にして唖然としているさつきに、何今更驚いてんだよ。昔っからわかってたことだろ。と言葉を投げつける。そして、つーか、あの人ホントにとらちゃんの友達なのかよ?と話をすげかえた。すると、何のためらいもなく肯定の返事が返ってくるもんだから、ますますよくわからなくなる。兄妹揃ってお人好しだからな。なんて考えていたら、それが顔に出てたらしい。ヒル魔は結構優しいよ。ほら、2人を見てみなよ。と胸を張って指をさされて、先を歩く2人の方を向く。


「おい、ちゃんと買ってきたんだろうな。」

「うん買ってきた。」

「おー、ちゃんと無糖とは、糞デブより覚えがいいじゃねぇか。」

「ガムちょうど二十円安くなってたからお釣りでたよ。」

「御駄賃にでもしな。」

「と言うと思ったのでまいう棒買いました。」

「死ね。」


 結論、優しさの欠片も見受けられなかった。ねっ、優しいでしょ?とか言われても同意できなさすぎて困るわ。


「あっ、そうだ。そう言えば、今日とらちゃん達が大ちゃんのすきそーなところ連れてってくれるってなまえが言ってたんだけど、どこに行くの?」

「もうすぐそこだよ。ほら、そこの金網にちょっと穴が開いてるでしょ?ここを潜れば到着だよ。」

「えっ、これ?」

「うん!」

「うん!じゃねーよ!看板に立入禁止区域って書いてあんじゃねぇか!」


 オレの尤もな指摘にとらちゃんは、大丈夫!銃刀法はないけど中の人とかは顔パスだから!と答えた。殺される心配はしてねーから!こんなん絶対補導対象だろ!と穴を指差せば、まあ、ヒル魔がいるから大丈夫!とのこと。どんな自信だ。昔はオレがちょっとでも危ないことをしようもんなら、その巨体をフル活用して引き留めたくせに。
 もーいいじゃない。あんなに肝のちっちゃいとらちゃんが大丈夫って言ってるなら大丈夫だよ、大ちゃん。さつきが、私先行くね。と穴を潜る。あっ、おい!と言ってオレも後に続いた。なまえ達はもう待つのをやめて先を歩いている。


「あっ、みんな待って!待ってよぉぉ!お腹が引っかかって動けな、」

「またかこの糞デブ!いい加減痩せやがれ!」


 なんて聴力だ。そこそこ離れていたのにも拘わらず、あの人はすかさず振り向いて叱咤していた。更にどこからともなく銃を取り出し(しかも結構デカい)、とらちゃんに向かって連写した。オレも、詰まるのわかってたろ!だったら先行けよデブ!と怒鳴るところだったが、ヒキャァァァアアッ!!!!!!という悲鳴を聞いて口を閉じる。ここ日本なんだけど。とも思ったけれど、口にはしなかった。

 数分かけてとらちゃん救出作戦を決行したあと、六時半になったらフェンスの前に戻ると時間を決めて、とらちゃんとその友達、オレとさつきとなまえの二手にわかれた。150超キロ級の脂肪の塊を金網の裂け目から引っ張り出すのは、かなりハードな運動で、なんかもうすでに肩が痛い。肩を回しながら、あいつらどこ行ったんだよ?と少し前を行くなまえに訊ねた。それよりもここどこなの?とさつきが続けて言う。


「米軍基地だよ。ちょっと街並みがアメリカっぽいでしょ?とらちゃんは、ほら、あっちのフィールドここの人達とアメフトしてるの。」

「部活ではやらないの?」

「なかったから、ようちゃんともう一人、げんちゃんって友達とつくったんだって。」

「それまでとらちゃんどうしてたの?アメフトは昔っから好きだったじゃない。」

「ずぅーっと校庭の花壇の間でラインの練習してた。あ、タックルみたいなやつね。他の部活の雑用手伝って漸くもらえたのが一メートル四方だったからそんなんじゃ練習になりっこないし、とらちゃんはチームでプレイしたかったから割と頻繁にきてるみたい。ようちゃんはとらちゃんと会うまではここのアメフトの試合で賭けやってたらしいよ。今は一緒にやってるけど。賭けではよく勝ってたんだって。」

「賭けって、どっちのチームが勝かで?そんなに当たるものなの?」

「当たるんじゃなくて、当てるんだよ。各プレイヤーのポテンシャルとチームとしての総合力と得意な陣形とか戦略とか、最後には根性論も考慮してさ。」


 あ、そうそう。ちなみに名前はヒルマヨウイチって言うんだよ。血を吸うあの蛭に悪魔の魔で蛭魔、妖怪の妖に数字の一で妖一。とのこと。こんだけ怖い漢字集めた名前はそうないだろ。


「ようちゃんは見た目ほど悪い人じゃないし、あの格好も勝負事はハッタリかましてなんぼだって思ってやってるだけだから、ただ不良ってわけじゃないよ。」

「…。」

「あ、さつき今不良じゃないって嘘だと思ったでしょ。」

「いや、えっと、…まあ、ちょっとね。」

「たしかに、ヤクザみたいな人と話してるのみたことあるけど。」


 なまえはそう笑ったけれど、さっきあの人がとらちゃんに撃ち込んでいたのは十中八九実弾だった、と思う。いくらハッタリだって、当てる気なんか皆無だって言われても地面えぐってたのを思い出すと寒気がした。


「そう嫌そうな顔してしたばっか向かないでよ。ここ行けるのようちゃんのおかげなんだから。」

「オレはお前がオレの好きそうなとこに連れてってくれるっつーから来たんだよ。アメリカ兵に興味なんかねーよ。」

「せっかく、本場に近いバスケ見せたげようと思ったのに。」

「え、」


 ガンッと音がした。こっちを少しむくれた顔をして見るなまえの少し後ろで長身の黒人がリングを両手で掴んでいる。そのあとすぐに違う男がリング下で跳ねているボールを掴み、ゲームをさせた。ドリブルでゴール下まで切り込もうとすると、スリーポイントラインをすぎたあたりで敵チームが阻む。男が急停止して後ろ手にボールを高くあげたかと思うと、別の男が宙でボールを掴んでそのままダンクを決めた。


「スゲェ。」


 フェンスを掴んでオレが呟くと、なまえの満足気に鼻を鳴らす音と、ほらね、でしょ?と言う声が聞こえた。きっとさつきにどや顔でもしてるんだろう。


「大ちゃん、見てないで一緒にやらせてもらえないかって言ってきたら?」

「いや、でも勝負にならないだろ。」

「とらちゃんだって大人と一緒にやってるじゃない。」


 きっと楽しいよ。とさつきが背中を押してきた。ティーチミー、プリーズだよ。ティーチミー、プリーズ。と溢れんばかりの笑顔をたたえる。
 オレも入れてほしいとコートの中にいる大人達に伝えると、案外すんなりと入れてくれた。それどころかアドバイスまでくれたのだ。
 いつの間にか首を痛めたはずのなまえも加わっていて、辺りはすっかり暗くなっていた。ずっと見ていたさつきが、うわ、もう7時だ。と声を上げる。オレもなまえも汗だくだった。闇に溶けかけてる大人達にありがとうと伝えると、また来いよなんて言って頭を乱暴に撫でられた。


「なんだかんだ楽しかったー。」

「ほんとだよ。お前首の筋痛めてたとか言ってたじゃねーか。」

「うん痛い。あ、ね、次はさつきもやろうよ。」

「あんた達みたいに動けるようになったらね。」

「さつきもなまえも同じようなもんだろ。」

「見てるの段々飽きてこないの?」

「まあ、ちょっとは。」


 じゃあやろうよぉぉぉぉ。となまえがさつきに肩を組み出す。暑い!と怒られていた。オレはちょっとだけ2人を眺めてからなまえの名前を呼んだ。


「んー?」

「ありがとな。」

「あら素直。」

「大ちゃんがお礼言ってる…!」


目を丸くした2人に、失礼な奴らだな。オレはいつも素直だろうが。と胸を張ったらさつきは、…え?と首を傾げ、なまえは、…ああ、うん、そうだね。と視線を外した。お前らオレをなんだと思ってんだ。となまえのケツを蹴ってやった。


「いった!ちょっとだいきやめてよ!」

「あ、なまえ跡ついてるよ。」

「ああっ!勘弁してよバカ!なんで今日に限ってドロドロのとこ歩いたの!?」

「いや、犬のウンコ踏んだ。」

「おまええええええ!!!!!」

「大ちゃん最低!そういうのいっつも私に愚痴るくせにこういうときばっかり!」

「朝踏んだんなら昼休みに洗えよ!」

「踏んだの昨日だから今更だと思ってよ。」

「尚更洗え!」


そう言ってなまえがオレのケツに蹴りを入れる。ちょうどケツの穴に靴の爪先立ちがジャストミートして死ぬほど痛い。いってえ!と声をあげたら、オレの声よりもデカい怒鳴り声がどこからともなく降ってきた。


「糞チルドレン!いつまで遊んでんだ撃ち殺すぞ!!」




なまえはアメフトすきです。すきな映画はリメイク版ロンゲスト・ヤードのオリジナル版。登場人物ではケアテイカーとネイト・スカーボローとスウィトウスキーがすき。スカーボローはキャストがバード・レイノルズだから、スウィトウスキーはとらちゃんににてる気がしてすき。
蛭魔センパイの蹴りを伝授されつつある。リスペクトしてる。割とパシりにされてる。気付いてない。
栗田家はなまえ以外、名前は仏教縛り。名前変換無かったら真魚(まお)とか花音とかになったかも。
title by 金星
20140215
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