彼女は、天才だった。 『次に三月に大会で優勝した生徒の表彰を行います。』 4月。小学2年生になってそうそうの朝礼でやつの名はよばれた。たかく、まっすぐのばされた手とともにはき出される、はい。という声はあまりにもちいさく、たよりない。となりのクラスのあいつがゆう勝したとかいう大会はけっこーデカいらしくって、つまりそいつはけっこースゲーやつらしい。 蚊みてぇな声とはちがって、どうどうとしたたいどで朝礼台をぴんとしたせすじのままきれいにていねいにのぼるもんだから、全校生徒がそっちをじっと見ていた。まいちもんじにむすばれた口は、表しょうされてあたりまえみたいなたいどで、しょう状とトロフィーをもらうときなんか、45度ぴったりのおじきをしている。ハキのない、どう見ても運動が苦手そうなそいつは、ありがとうございます。というと列の一番まえにもどっていった。 とくべつ地味ってわけでもブスってわけでもねーけど、だからといって目立つわけでもなかった、と、おもう。だって、まわりのやつらには、すごいね!しょう状とトロフィー見せて見せて!とかいわれて少しかこまれているけど、げんにオレのまわりでは、だれ?とか、うちの学年じゃん。とか、しらなーい。だとかいう小声がヒソヒソとかわされてたし、じっさいオレも知らねーし、だれでも知ってる人気者ってわけじゃなさそうだった。まあ、だから何って話なんだけど、とりあえずべつだんきょうみがわいたわけでもなかった。しいていえば、朝礼のせいでバスケちょっとしかできなかったから、はやくおわんねえかな。ってぐらい。 「ねえ、大ちゃん!なまえちゃんのマット運動見たことある?」 ほうかご、いつも通りおさななじみの桃井さつきがランドセルをせおってオレの教室までむかえにくる。ガタガタ音を立ててオレの席までやってくるとそう聞いてきた。げっそりとした顔で、いや、そもそもそのなまえちゃんを知らねーよ。と答えると、ありえないという風におどろく。 「ええ!?今日トロフィーもらってた子だよー!栗田なまえちゃん!1年生のときも、大ちゃんおなじクラスだったじゃない。」 「知らね。」 「知らねって、べつに目立たないようなくらい子じゃないんだけどな。」 オレがランドセルをしょってぺたぺたとあるき出せば、さつきもうしろからおってくるようにあるき出した。オレとおなじクラスってことは、つまりさつきともおなじクラスだったってことか、とぼんやりかんがえたが、でもおぼえてねーや。と頭をかく。 「おぼえてないのー?たまに私とあそんでた子。」 「はいはいおぼえてるおぼえてる。」 「ちょっと!」 「で、そいつのなにがどうなんだよ?」 「今日体育でマット運動だったんだけどね、先生がどうせならなまえちゃんに見本見せてもらおうってなって、」 ようやくすると、ただの高クオリティなぜんてん、こうてん、かいきゃくぜんてん、かいきゃくこうてんを見せてもらうはずが、先生自身がテンサイだ、シンドウだ、などと燃えてしまい、ロンダートとかいうのからのバックてん、さいごに、こうほうかかえこみ2かいちゅうがえりというわけのわからないワザを見せられたらしい。まあ、そんなワザをそこらへんの小学生がマネできるわけもなく、ただ先生が見たかっただけのようなかたちでおわったようだ。 へぇ、まあそりゃそうだろうな。とかえすと、でもすごかったー。とまだほれぼれしていた。 「私、1年生のときからけっこういっしょにいたけど、知らなかったなあ。」 「いっしょにいたって、おまえ、まい日オレといっしょにかえってんじゃん。」 「だってなまえちゃん、いっつもすぐかえっちゃうんだもん。あっ、あれってたいそうのれん習だったのかなあ?」 知るかよそんなん。とおもいながら、今日コートよるけど、とはなしをきりかえると、行く!とすぐさまへんじがくる。なんにしろ、さつきの友だちとかただのたにんみてーなもんだし、つーかオレ知んねーからたにんだし、どうでもいいはなしなのである。ただなんとなく、顔もおぼえてもないそいつにたいして、習いごとづけであそべねぇとかカワイソー。とちょっとだけ勝手にあわれんでやった。 *** 「…どうも。」 「……どうも。」 つぎの日、やつとあった。栗田なまえ。きのう、表しょうされてた、さつきの友だちらしきやつ。きのうやれなかった分シュートでもれん習しようと学校がはじまるすこしまえに体育館にむかっていたとき、バンとかドンとかいうにぶい音がひびいていたから、だれかはいるんだろうなとおもってはいたけど、栗田なまえはヨソーガイである。だってたいそうとか、そういうちゃんとした教室でやるもんじゃねえの? しせんがすこしあったから、ちょっと頭をさげると栗田なまえはサブアリーナにおいていたタオルで顔をふいてからアクエリアスに手をのばす。ちょっと休けいをいれてから、またマットにむかっていた。きのうの朝礼とはまとう空気がちがう。そうして、はしり出して、ドッとマットに手をついた。バックてんとかそんなんでグルグル回って、さいごにいちだんとたかくとぶ。足をのばしたまま、なんかいかひねりを入れたとおもったら、マットと足がぶつかる音がして、栗田なまえが両手をあげて天井を見あげていた。 「(スッゲ…。)」 何度かかんしょくをたしかめるかのようにマットをけりあげ、ちゅうでまわるのをポカンとながめる。すると、栗田なまえはきゅうに動きをとめた。 「あ、ごめん、バスケのゴールつかう?」 「いや、べつに、」 「いいよ。わたし、もう上がるし。」 そう言うとゴール下にしいてあった長いマットを2本ともたたんで体育館倉庫にもち上げてもって行く。どうやらオレがつっ立ったままでいるのは自分がジャマだからではないかとかんがえたらしい。ゴールはほかにもあるんだけど、まあ、いーや。それにしても女でチビのくせにあのマット一人で持てるとか、どんだけ力あんだよ。 「どうぞ。」 「…どうも。」 オレがボールをつきはじめると栗田なまえはタオルで体をふきながら柔軟をはじめる。足をたてに180度割ってるのを見て、やっぱああいうことやってるやつって体やわらけーなあとおもいながらシュートを入れた。バウンドするボールを左手にもって、逆サイドのスリーポイントラインからドリブルをつく。ゴールのちかくでボールを両手にもちかえて、ジャンプシュートをうつ。バックボードからはねかえってガコンとリングに入った。なんかいかそれをくりかえしてラインまでドリブルをしながらもどると栗田なまえと目があった。栗田なまえは目をパチパチとまばたきしている。 「すっごーい…。」 「あ?」 「あ、いや、ごめん。なんでもない、です。」 「オレはおまえのほうがスゲーとおもうけど。」 ぽかんとする栗田なまえをチラリと見て、もういちどバックボードにボールをあてた。またおなじ音がしてボールがはねる。 「やっぱり、ダイキくんもすごいとおもうよ。わたし、10かいやって1かい入ったらいいほうだもん。」 「オレだって7かいに1かいははずしてる。つか、なんでなまえ知ってんだよ。」 「さっきちゃんがよくいってるから。」 「サッキちゃん?」 「あれ、おさななじみじゃないの?」 「ああ、さつきか。」 「うん。」 ストレッチをやめて、おなじクラスなんだぁ。といいながら体をのばしたままその場でジャンプする。さいごに体をほぐすためなんだろうけど、1かい1かいがバカみたく高い。アフリカにいるなんとか族かよって思った。 「去年、わたしとダイキくんもおなじクラスだったんだよ。栗田なまえっていうの。」 「おまえのこと、知らねーやつなんかいねえよ。」 「そうかなあ。」 「…朝礼。」 オレがひとこというと、ちょっといやな顔をして、そうだったね。あれ、すっごいはずかしかった。とためいきをはく。みんな、からかってくるし、めだつから、らしい。はずかしいことねーだろ。っていいながら、さいごにもういっかいとおもってボールを投げた。こんどはリングのふちをはいあがるようにして、吸い込まれていく。 「その大会、ゆう勝したってことは日本一ってことだろ?はずかしくなんかねぇだろ。オレは、たんじゅんに、スゲーとおもう。」 そういったら、さっきちゃんとおんなじこというなあ。と顔をまっかにして、ありがと。とうつむいた。 長編になったらいいなと期待をこめて書いただけ。 title by クロエ 20140207 |