話がある。会って話したいから時間指定して。合わせる。と簡潔なラインが送られてきたのが丁度四十分ほど前のこと。自分に素直で、気分屋で、興味ないことにはホントに反応薄くて、無理に反応を大袈裟にしようとしても顔に出て、すきなことはスゲー喋るし、かなりマイペースという典型的なB型タイプと思いきや、地味に気の利く彼女は時間帯的にも遅過ぎず早過ぎず、尚且つオレが一番メールを確認するであろう部活終了後を狙って送ってくれたらしい。メールの文体から見て、出来れば今会って話したいけど、仕事も部活も忙しいだろうから、別に一週間以内ならいつでもいい。もっと言えば三日以内。といったところだろう。ついでに言えば、たぶん、よくない話。彼女が淡々とした言葉を使うのは、大概本気でヘコんでるか不機嫌なとき、あとオレに何かを要求するときだ。彼女のオレへの要求と言えば、ご飯食べたい、買ってきて。とか、傘忘れたから一緒帰ろ。とか、漫画読みたい。泊まりたい。とか、そんなんだから割合で考えるとちょっと珍しい。
 そもそもあんまり自分から無意味に連絡を取る子ではないから、そういうの込みで考えると他の女の子に比べたらかなりレアだ。中三で付き合って、高二の頃に一回、秋到来にて寂しいなう。ちょっとあいたい。というメールが来たくらい。今高三の冬だから、大体一年とちょっと前の話である。
 とりあえず、よくない話はさっさと話してもらって解決するに限る。今から学校でるとこだけど、どこいんの?そっち向かう。とだけ打って送信した。男の人の絵文字って苦手、キラキラしてる。女っぽくてチャラそう。と彼女に言われてから、オレの本文もだいぶ白黒になったものだ。仕事相手だとかマネージャーさんとかには教養があると評判がいいし、見た目によらず硬派っぽいと案外女の子のウケも悪くなく、彼女の言うことは結構理にかなってるなと人を下に見ながら生きてきたオレにしては柄にもなく微妙なところで尊敬したのが懐かしい。

 オレも彼女も種類は違えど推薦組だから、割と暇な方らしく、すぐに既読がついた。横浜のマジバいる。駅一個前になったら教えて、中央南改札側の柱で待っとく。だって。スポーツ推薦のオレと違って、ギリギリ評点をクリアして指定校を勝ち取ったの彼女は次のテストで成績が落ちるとマズいらしく、勉強中とのこと。寒いしマジバで待ってていいよ。と言えば、明日も朝練行くんでしょ。立ち話ですむから平気。と返ってきた。この心配してないようなフリして気にかけてくれる感じが結構すきで、Thank you!と書かれた紙を持つウサギのスタンプと到着予定時刻を送る。おけ、とだけ返ってきたら終了の合図だ。彼女はメールやラインのやり取りを相手で終わらせたくないタイプなのだ。電話だって自分から切るのは苦手らしい。自分本位に生きようとしてるくせに、コミュニケーションに関してはどうも受け身のように感じる。普段は気まぐれなくせに、オレを言葉一つで振り回すくせに、オレが不機嫌になれば途端におどおどして顔色を窺う弱気なとこも割とすき。プツリとスマホの画面を消してポケットにしまうと、何ニヤニヤしてんだよ。と笠松センパイに怪訝そうな目で見られた。いや、なまえから久々に連絡取ってくれたんで。話あるって会いたいらしいんスよ。まあ、たぶん怒られると思うんですけど。とヘラヘラ笑うと、お前Mだったのか。と引かれた。やめてください。

 兎にも角にも、テスト勉強で待ち時間を潰せるとは言え、あんまり遅くまで彼女を待たせるのは気が引けたので、すんません!お先失礼します、お疲れっした!と挨拶をかけてから部室を離れる。扉が閉まる直前、森山センパイのケラケラ笑う声とともに、案外別れ話だったら笑えるな!ネットじゃよくある話だけど。というセリフが聞こえた。笑えねえ。その理由を端的に言えば、思い当たる節がいくつかあるからだ。というかありすぎて逆にわかんね。彼女は少し他の人より心が広いから(もしくは少し鈍感なのかもしれないが)、オレの周りに集まるようなキャピキャピした、所謂青春を少しばかりずれたところで謳歌してる子よりは沸点が高い。だから、オレもやりすぎることもあるんだけど、そういうときはちゃんと言葉にしてくれる。すげえ拙いけど。でも、ちゃんとこっちが納得して、わかったって言って、繰り返さなきゃ大丈夫。だから、まあ、今回もその程度だと思っていたわけで。


「別れよう。」


 あ、涼太くん。ごめん、待たせた。ああ、大丈夫。暗記は場所選ばないし。と勉強するときだけかける眼鏡を外す彼女と軽く言葉を交わす。思いの外通常運行だった彼女に、じゃ、いきなり本題はいるんだけど、と前置きされてから放たれた言葉はガツンときた。森山先輩の崇拝するグーグル先生もなかなか馬鹿にできない。しかもいきなり本題どころか結論ときたものだ。別れたいんだけど、ならまだ説得の余地があるけれど、別れようって既に悩んだ上での独断かよ。


「え、えー…いや、えっと、なんでまたそんな結論に至ったわけ?」

「一概には言えない。けど、たぶん、わたしの性格的な問題が大きい。」

「別に、オレ、なまえの性格に問題があるとは思わない。そりゃ、確かになまえの気分で予定が狂ったときはイラッとするけど、」

「だってわたし、外すきじゃないもん。わたし、いやなことはされたくないから、涼太くんが本気でいやなことはしてないでしょ?」


 そのことに関して、少し、あ、そう言えばそうだ。と思ってしまったが、ちょっとは問題視しろよとも思う。結構傷つくんだぞ。
 なんにしろ、どうやら問題は彼女の気分屋な性格ではないらしく、ていうか、そういうとこが問題というわけじゃない。とこめかみに手を当てた。じゃあ一体お前の何が問題なわけ?と少し不機嫌そうな声でちょっと圧力をかけてみたが、今はそんな些細なことを歯牙にもかけない程機嫌を損ねているようだった。いきなりなまえがスマホを取り出して弄る。程なくしてオレのスマホに通知が入った。


『わたしと涼太くんの貞操観念の差。』


 まさに、は?っていう。だってオレは彼女にやらしい気持ちは抱いても手を出したことは一度もない。中学生レベルまでの下ネタとフェティッシュを匂わせるの言葉は言えちゃうくせに、生々しい下世話な話はとんと苦手なのだ。今だって、ヤったのかよ!?誰と!と問い詰めればオレのスマホがピコンと鳴って彼女の言葉を表示した。


『違う。
周りを考えろ。』


 じゃあ何だと言うんだ。そう口を開こうとしたとき、じゃあ、あんまり嘘吐かれたくないし、先言わせてもらうね。と再び嫌な予感しかしない前置きを口にした。


「先月十四日、今月二日、十日、あと一昨日だけど、女の子とそういうホテルから出てきたって話を耳にした。」

「…。」

「涼太くんはモデルだし、まあちょっと検索かけたろと思ってやったら画像検索引っかかってた。女の子本人のブログにそれっぽいけど、におわせない感じで書かれてた。
わたし、最初に言った。わたしがされたくないこと、したくない。傷つけられたくない。浮気はいや。文化だって、男はそういうものだっていう人もいるけど、そういう人がいい女っていうのかもしれないけど、わたしはいやってはじめにいった。かんがえて、かんがえてかんがえて、それで未来は涼太くんに任せられないと思った。わたしを代替品みたいに扱う人はいや。気持ちとか抜きにして、合理的にも考えた。これから涼太くんがたくさんのひとをすきになるとして、そのなかにわたしをまだいさせてくれるとして、モデルの収入とわたしのなれるような職種の年収を考えて、安心できる家庭は無理かなって思った。わたし、我慢はできるけど、ずっとは無理。顔が割れてるのに普通恥ずかしがるようなことを平気でひけらかすような馬鹿女も自分の立場を理解しないで浮気するIQ低い馬鹿な男もすきじゃない。すぐバレるってなんでわからないのかわたしには理解できない。エロ動画見たって、画像見たって、エロ本見たって別にいいけど、涼太くんの場合、そういうひとにすぐあえちゃう環境だからほんとはいやだけど、別にいい。仕方ないと思ってる。わたしは、まだ、はやいとおもうから、むりっていったし、代わりが必要なのは知ってるし。だけど、浮気だけはされたくなかった。」


 先月から知ってたけど、自分から言ってくれればまだ再考の余地はあった。けど、自分でやましいってわかったうえで、ずっと言わなかったから、信頼できなくなった。
そこまで言って、だから別れよう。となまえは淡々と告げる。彼女のその言葉遣いが、こんなにも冷たいと思ったのは初めてで、眼は、もうあんたなんかいらないと言われているような気がした。本当は別れるって言われた瞬間、少しだけ過去の女達を思い出して、浮気がどうのと言われても、なんか問題ある?オレ、そういう束縛する女無理なんスわ。と開き直れば、こちらが謝るどころか彼女に謝らせられるのではないかと考えた。だけども、それは彼女がオレに少しでも依存していないと実行できないわけで、彼女はオレが思っていたよりもずっと賢くて潔かった。なまえがオレを頼ってくれるもんだから、すっかりそうなんだと思っていたのだが、依存していたのは少なからずオレの方で、完全なる自意識過剰である。


「待って、考え直して!もうしないから!」

「だめ。はじめにいったもん。浮気したら一発で別れるって。浮気って一生治らないらしいし、浮気に一生は費やしてらんない。本当ならわたしの三年間は今馬鹿にされるためにあったのか、問い詰めたいところだけど、虚しいからしない。言い訳してもいいよ。わたしの目を見て言えるなら。」


 言葉に詰まって当然目なんか見れなかった。彼女は本当に心が広かったから、仕方ないなあ。次はないからね。といつものように返してほしかった。けど、まあそうだよねえ。といつものような口調で俯くオレの顔を覗く。モデルなんだし、問題出て干されてからじゃ遅いんだよ。まあ、もうフリーだから関係ないかあ。じゃあね、元気でね。わたし帰る。
 あっ、と声をあげたときにはもう遅くて、オレの腕の長さをよくわかってらっしゃる彼女にはギリギリで届かなかった。

 どうしてもだめだったんだよ。すきだから触りたいのに、すきだから触れない。オレだって我慢したんだ、ほんとうに。なまえが結婚したら、じゃないと不安でしょ?なんていうもんだから、オレとなまえの未来が約束されたみたいでうれしくて、馬鹿みたいにうれしかったから、我慢したんだ。でも、まあ、結局、別の女が自分の好きな子よりもかわいくみえて、なんにも考えられなくなったら意味ないんだよなあ。そう考えていたら、喉に塊を感じた。うわ、泣きそう。

 未練がましくチラリとなまえの方に目をやるといつもと変わらない彼女の背中が丁度改札をくぐっていた。オレばっかりがすきなだけだったんじゃん。と俯いて悪態を少しだけ吐かせてもらったとき、ドサッとすこし重量感のある音が小さく響く。俺の隣を横切ろうとした男子中学生の集団が小声で、パンツパンツと仲間内に知らせていた。転んでいたのは紛う事なきなまえで、無様にもテストのプリントや教科書を床に広げて横にリボンをあしらったベージュをさらけ出している。見るも無惨なその姿に可哀想だなとか誰か助けてやれよとは思ったものの、ざまあみろ。と逆恨みよろしく心の中で嘲ってやった。でも、そんな気持ちは一瞬だけで、虚しさが広がる。
 やめた。帰ろ。と、オレも彼女の事故現場を見て見ぬフリをする人間達に混ざって改札をくぐった。なまえは漸く体を起こして、プリントをかき集め始める。オレの足はいつの間にか止まっていて、惨めな惨めななまえのその姿から目を離せないでいた。だって、全然平気そうだった。別れるのが当たり前でしょって顔してたのに、彼女が目をこすってうずくまったのだ。馬鹿なオレはどうしてもそれが我慢できなくて、思わず駆け出す。当たり前だ。だってオレが傷つけたんだから、平気な顔したまんま傷ついてる。


「…っ、わ、」

「やっぱ、言い訳する。」


 急に抱きしめたら、彼女は小さな悲鳴をあげた。オレが思っていたよりも顔はぐしゃぐしゃだったらしく、ブレザーを着ているのに彼女の涙がすぐにシャツまで染みてきた。


「ごめん、ごめんね。本当にすきなんだよ、オレ。触れるのもためらうくらい。汚したくなるくらい。でも、そうしたら、なまえ、絶対オレのこと嫌いになるから、できなかった。でもどうにもできなくて、だから、あの子、ちょっとだけ似てたから、髪が焦げ茶で、長くて、前髪少しだけ流してて、だから、クラッとしたんだ。違うってわかってるのに。だから、あの、」


 そこまで言って新しく言葉を紡ごうとしたとき、思い切り突き飛ばされた。不意打ちすぎて、というかなんとか彼女をつなぎ止めようと必死すぎて体がうまく反応しなくて尻餅をつく。即座に、こんなんでしりもちつくなよ、ばかあっ。と意味の分からない罵声を浴びせられた。わたしのほうがずっといたかったんだからあ。と泣きながら怒る姿と、しゃくりながら絞り出すような声に圧倒されて、余計なしゃべれなくなる。


「それで、あの、オレのこと、許さなくてもいいから、泣かないで。」

「誰のせいだよばかたれえええ、」


 そうですそうでした仰るとおりです。たどたどしく、ごめんね、帰ったらオレのこと殴っていいからと抱きしめなおして背中をなでれば、あんたなんか、あんたなんかと何かオレを貶める言葉を探している。


「っ、く、あんたなんか、クリスマスプレゼント探すの手伝ってもらったって言ったって、許しちゃうんだからあ…っ。」


 実際そう言ったら本気で別れるでしょ。って言ったら、当たり前だくたばれ!と割と本気で殴られた。


「それでも、うそでもオレを卑下する言葉を使えないなまえがすきだよ。」

「どの口が言ってんだよばかあ。」

「ほんとにごめん。」


 黄瀬、ヤフーニュースに載ってたんだけど、お前昨日なまえちゃんと駅で泣きながら喧嘩したのか?などと森山先輩にすがすがしい顔で質疑応答にあったのは翌日のことである。ネット社会マジ怖え。



誰これって感じ。こういうヒロイン好き。
title by HENCE
20140122
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