寒い冬の夕方だった。多分二月だったと思う。
九瑠璃と舞流を幼稚園から一緒に帰路についていた小学生の俺は丁度その日は鍵を家に忘れた。家に帰るまで気付かなくて、でも今更大して仲良くもない学友の家に行く気にもなれないし、両親は二人とも働いている。だから帰るまでこのままでいるしかなくて、三人で玄関先で丸まって座って親の帰りを待った。
目の前を同い年が、少し年下の女の子と男の子が手をつないで通り過ぎる。
目は黒で髪は色素が薄めなのか焦げ茶。肌はばかみたいに白くて鼻の頭と頬が赤くなってるのがよくわかった。二人とも輪郭以外はそっくりで、身長も同じくらい。でもちょっとだけ男の方が小さいかなあ。あと、ちょっと手をひっぱられてる感じ。多分、二卵性双生児の姉弟って処だ。上の方がしっかりしてそうな横顔で下はめんどくさいって表情を描いたみたいな顔をしてる。双子って結構いるもんだなと思った。


「(あ、)」

「……。」

「(目、合った…。)」


意外にも、しっかりしてそうな彼女の横顔は、前から見ると明らかにぼーっと抜けた顔だった。死んだ魚みたいな、見てるんだけど何も見てない目。俺は顔を顰める。そしたら彼女は立ち止まった。弟は怪訝そうな顔をしてから、至って普通に手を離して先を歩きだす。声もかけないで置いていくって、かわってるなあ。

彼女はそのまま、ゆっくりと合わない焦点を家全体に、家から地面、地面から階段、そのあと俺達に合わせた。妹達はまだ気付いてないみたいで、口に手をあてて暖めている。
彼女は、何かを考えてるみたいに俺を見て首を傾げた。そして、睨む。俺より少し下、魂が抜けたみたいな目が嘘だと思うくらいに眉間に皺を寄せてそこを睨まれて目が丸くなった。こんな人もいるんだと感心したのだけど、次の瞬間にはまたあの死んだ魚になった。
去り際に彼女は溜息を吐いて俯き、肩を落として帰っていった。なんだか無性に馬鹿にされた気分だ。へんなやつだと思った。近くの人間にあんなに何を考えてるかわからない奴なんて見たことない。
あの雰囲気だと友達はいなそうだな。と好きなように想像を膨らませる。俺は人を見ているのが好きだ。人が何を考えて、その行為に至るのかを考えるのが好きだ。学校の教室にいれば必ずクラスメイトの人間関係を頭の中で推量していく。わかっていくのが楽しいし面白い。わからないことがあった方が楽しい。
まあ、二度と会う事はないだろう人間のことを考えてもあまり意味はないのだけど。

そうしてるうちに日が沈んでいく。ああ、寒い。十分も経っていないはずなのに、どんどん冷え込んでいくから両隣の二人が暖を取るようにして俺に密着して来た。
親が見えるのを待ちながら門の先を見据える。するとぱたぱたと子供が走ってるみたいな足音と、ガタガタと固いものと固いものがぶつかり合う音が近付いてきた。そして、門に影。


「………。」

「(あの子だ、)」


なんで戻ってきたんだろう。彼女の顔は困ったように引っ込んで、すぐに身体ごと出てきた。俺達の前まで走ってきて、止まる。さすがに九瑠璃と舞流もその存在に気付いたようで顔を上げて、同じように同じタイミングで首を傾げた。


「いざにいのおともだち?」

「だれ?」

「おなじくみ?」

「おなまえは?」


矢継ぎ早に彼女を見たまま俺に質問を投げ掛ける。しらない子だよ。と俺は返して、どこの子?とその子に質問した。


「あそこ、一番上。」


俺は名前を聞いたつもりだったのだけど、彼女はちょっと先にある高層マンションを指差してから座った。ためらいなく地べたに座るもんだから、何をするかと思いきやランドセルをおろして教科書を外に出し、何やら水筒と箱を取り出した。


「えと、手。ひざも。あ、出して。女の子じゃなくて、男の子のほう。」

「え?」

「けが気になった。どろどろ。きたなかったから、うんじゃったら痛いよ。」


ぱちんと蓋の止め具を外してオキシドールとガーゼにテープ、鋏を取り出す。
隣から九瑠璃と舞流が俺の手を取って覗き込んだ。


『うわあ…。』

「ほんとだ、いたそう。」

「どうしていざにい、言わなかったの?」

「いいだろ別に。」

「だから手、つながなかったんだ…。」

「てあてしてもらいなよ。」

「うるさいぞおまえら。だいたい自分でそんなのできるんだからよけいなお世話。」


あ…、と言ってしまってから顔が硬直した。もう少し当たり障りのない言い方をすればよかった。そう思って視線を前に持っていくと目の前の彼女は手袋を外して俺に傷だらけ絆創膏だらけの手を伸ばしていた。


「うんじゃうと、いたいいたい。ハショーフーになっちゃうかも。」

「破傷風って大げさな…。えっと…じゃあ、よろしく。」


どうやら引く気はないらしかったので言葉に甘える事にすると彼女は頷く。そっと俺の手を包んだ絆創膏だらけの手は雪見大福みたいに白くて冷たくて、だから血管が青く浮いて見えて、柔らかかった。


「……。」

「いた!」

「あ、(いつもとおんなじ感じでやっちゃった。)
…ごめん、なさい。」


突然怪我の上から水筒の中に入っていたらしいぬるいお茶がかけられて、小さく悲鳴を上げる。どろ、流さなきゃいけなかったから…ごめんね。と患部のゴミをお茶で流したあとガーゼで拭き取った。手慣れた手つきでオキシドールをかけられる。


「…っ、」

「あわあわー。」

「いざにい、いたくない?」

「別に、ちょっとしみるけどそういうものだし。」

「…ほんとうは、しんら連れてきたかったんだけど、しんら、せっとんにムチューで暇ないって。ごめん、ね。」

「…しんら?せっとん?」


俺が、友達?と聞くと、しばらく…というか一分近く目があの目になって首を傾けたまま、固まる。普通に戻ったと思ったら、…しんらは、しんせき。けど、せっとん、は……ともだち?と返事が返ってきた。怪我した時はよくお世話になっているのだそうだ。


「じゃあきみは、よく怪我してるの?一人でつけるには多くない?」


いじめられてたりとか?と聞けば、目はきょとんとしていて手当をする手が止まっていたから少し驚いているらしかったけど、直後、ゆっくり首を横にふった。


「…けがは、してる。けど、いじめじゃないよ。手のは今日、人とぶつかって、階段から落ちちゃったの。うでもそれのせい。」

「ひざは?」

「体育でぶつかった。わたし、ぼーっとしてるから。」

「(まぁ、その気はあるけど…いじめられてるって気付いてないのか。)」

「きみは…、いじめではないの?」

「きみとおんなじ感じだよ。体育で転んだんだ。」

「サッカー?」

「そう。」


へえ、と彼女がガーゼで膝を覆いながら呟いた。
そう、彼女とおんなじ感じ。俺はちゃんと人当たりよく大人しく、文句の言われないよう成績良好で通って人間観察をしていただけだ。けれど、勉強も運動も図画工作や音楽までできてしまう人間というのはどうもやっかまれやすいらしい。それに俺の顔は人に好かれるみたいで、よく思わない奴は結構いたのだ。
転ぼうが蹴られようがサッカーはサッカーだから嘘はついちゃいない。ふぅん。と彼女がテープを貼る。腑に落ちないようにも、興味が無いようにも聞こえた。






こんな連載やりたいの子×折原くんの話。スピンオフ的ななにか。途中。新羅が親戚で静雄と小学校から幼馴染みで臨也か静雄が相手の話。
書く時間無くて強制終了。書くなら過去書いて原作沿いだけど原作沿いつらいから書きたいと思うだけな気がする。

備考
高機能自閉症とアスペルガーで森厳おじさんとおしゃべりの練習とかコミュニケーションの練習とかしてる。
家族構成は父、母、長女の珀(すい、ヒロイン)、長男の命(みこと、−三歳)、次男か次女の聖(ひじり、−八歳、いないかもしれない。この話ではいない設定でやってる)、次男か三男の宝(たから、−十六〜十八歳)
名前の由来あるけど、もしも話をやるときのために言わないどく。
ヒロインは三、四人姉弟の長子。下の子達を守らなきゃって意識はちゃんとあるけど、注意散漫。頭の中で色々考えてるから、よく目が死んでる。
仮設をたてましょう。と青い夜とリアタイの鮫の頭の138円とガンツのパロと同じ子。大人になるとああなる。
20111221(書いてたのは4月)
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