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「くせえ。」


俺の言葉に、道を歩く人間が少し離れた。恐らく俺がキレる、というのを感じたのだろう。その動きすらもうぜえと思う。そしてそれに感付く俺もうぜえし、さらにその空気に気付く奴等もうぜえ。うぜえうぜえうぜえ…!
あいつの臭いがするのだ。俺は暴力が嫌いで、極力それを奮いたくないのに奴は俺にそれをさせる。不愉快な理屈を捏ね回し、結局は自分の都合のいいように解釈しては他人を追い詰めていく。あーくそ、考えるだけで腹が立ってきた。
せめて池袋に来なければ見逃してやろうというのに、最近やたらめったら奴の臭いがするのだ。許せる訳がない。だが、そこに行っても既にいないのが余計に俺を苛つかせる。


「(今日は、近えな。)」


煙を吐いて、煙草を携帯灰皿で捻り潰す。今日こそ殴る。いや殺そう。絶対ぇ殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す…!!
そしてそこに丁度良く、奴の、この時期には見るだけで暑苦しく、不快な臭いを発する黒いコートが視界に入った。


「…池袋には二度と来るなって、言ったよなぁ…?
いぃーざぁーやぁぁあああっ!!!!!」


俺は傍に設置されているコンビニのゴミ箱を掴み投げた。残念なことに、最近のは合成樹脂だから大した怪我を与えられないのだが、まぁいい。多少はスカッとするだろ。奴の動きを止めたところでしこたま殴ろう。さらっと殴ろう。目指せ千発。


「…うん、埃は見えない。大丈夫。」


俺の視線の先、俺の投げたゴミ箱の到着地点で女が、そのコートを紙袋へとしまった。



♂♀




俺は、現在、非常に憤っている。どちらかと言えば、イライラしている、という表現の方が近いかもしれないが、どっちでもいい。し、どうでもいい。要は腸が煮え繰り返りそうだと言うことだ。
シズちゃんの奴と同じ部屋で、同じ空気を吸うというのにも堪え難い不快さを感じるが、それじゃない。恐らく、そんなのは奴自身も感じているだろう。


「とりあえずさ、この子が臨也の服を持ってたことと、静雄から酔眼朦朧だったこの子から臨也のにおいがするって聞いて君を呼んでみたんだけど、やっぱり二人は顔を合わせるべきではなかったと僕は思うんだ。」

「同感だね。そもそも俺が来ることを知ってて、なあんでシズちゃんは帰らないかなあ。」


暗に帰れと伝えたつもりなのだが、奴は俺を睨み付け、拳を握り締めるだけで、それまでだった。新羅がまぁまぁと俺を宥める。それ以上の挑発を俺は止めた。
別に、ここは新羅の家だ。どんなに散らかろうが壊れようが関係ないのだが、隣の、セルティの部屋に綏ちゃんがいる。そう新羅から聞いた。理由は大体想像がつく。経緯は本人達しかわからないが、結果だけを言ってしまうなら、奴が彼女に怪我を負わせた。だ。


「謝りたいだけだ。手前じゃねえ、勿論あの子にだよ。許してはくれないだろうけど、それじゃ俺の気分が悪ぃ。」

「はは、おもしろいなー、人間染みちゃってさあ。それって結局、シズちゃんのエゴだろ?化物は化物らしく周りに気を遣わないでいてよ。ねえ?」


自分の出来る範囲で、限り無く嫌味ったらしい笑顔を向けて首を傾げる。奴が歯軋りするのがわかった。新羅が、臨也、と制止をかけてくるが関係ない。
やっぱりこいつは彼女とこそ会わせるべきじゃない。会わせたくない。会わせたくなかったのに傷まで負わせちゃって…怒りが募らない訳ないじゃないか。


「…許すよ。」

「あ゙?何が言いてえのかはっきりしやがれ。」

「あの子が、シズちゃんをって決まってるだろ?俺は勿論許さないわけだけれど、あの子はさ、俺じゃないから…。信じられない?でもあの子、信じられないくらい、心、広いんだよ。
ぶっちゃけた話、俺はあの子が何を考えているかがわからない。他人はそれとなく感じるものがあるんだけど、彼女はわからないんだよね。でも、怪我くらいで誰かを恨んだりはしないことはわかってるし、知ってるつもり。

だからさ、帰ってよ。シズちゃんは綏ちゃんの中で最低なまま、人生の間で短い期間、多少生活を不便にさせた怪我を与えただけのちっぽけな存在のままでいてくれないかな。」


勿論頭の堅い奴の答えは、嫌だね。の一言だった。が、俺の話をこんなにも長く黙って聞いていられたというのには少し驚いた。それだけ綏ちゃんへの罪悪感があったのか知らないけど、罪悪感って言葉も理性的って言葉も、全く似合ってない。ハッと鼻で笑えば奴は何でもないような顔をし、代わりに新羅が、珍しい生物を見るような目で俺を見た。


「あの子の名前、綏ちゃんって言うんだねえ。臨也、君、今までひた隠しするみたいに代名詞で言ってたけど、どうしたんだい?口なんか滑らすなんて珍しい。まぁそんなことは私には関係ないからいいけどさ、一応、静雄がやむを得ず連れてきたとは言え、俺の患者だし名前知っておきたかったんだよね。彼女って臨也の信者?」

「……。」


輝かんばかりの笑顔の新羅に、首を傾げるシズちゃん。物凄く居心地が悪く、煩い。と一言返そうとした時、家の奥の方で悲鳴が聞こえた。ガン、ゴン、と壁に何かがぶつかる音も聞こえた。ばたんと家の奥の方に続くドアが勢いよく開いた。


「っ、お、おりはらさ…っ!!」


ドアを開けた本人はパジャマで現れた。瞬時に俺を見つけ、覚束ない足取りで、時折壁に肩をぶつけながら駆ける。アスファルトで擦ったらしい左腕は包帯で巻かれていて、見るからに痛々しいのだが、それにも構わず飛び付いてきたので受け止めた。


「くっ、首が!ヘルメット…っ、落ち…!わた、わたしなにもできなくて…っ、なにもしてないんです…!!」

「ああ、うん、大体わかったから、落ち着いて。大丈夫だから、ね、ほら、深呼吸しな。」


リズムを作るように背中を軽く叩くと、段々上がっていた息はいつもの通りになるのだが、顔から焦りが消えていない。こんなに焦った顔は初めて見た。
綏ちゃんの現れたドアの奥から、ヘルメットを付けたセルティが申し訳なさそうにPDAを突き出す。


『ごめん、この子が起きて立ち上がろうとしてたから手を貸したんだけど、その時にヘルメットが落ちゃって…。』

「ははは、やっぱり普通の子にはセルティの美しさは刺激的過ぎるみたいだね。」

「別にどっちが悪いとかじゃねえけどよ、普通なら泣いてんぞ、テンパるぐれー許してやれよ。」

『いや、私は別に怒ってないし、いいんだ!そもそも完全に私が悪いんだし寝起きに頭が落ちる女なんて私だったら泣くと思うから!』

「俺は怖くて泣くセルティも可愛いと思うよ。」

『うるさいぞ新羅!』


そんな会話を余所に、恐る恐る、大体わかったからって、どういうことですか…?と綏ちゃんが尋ねる。まあ、確かに寝起きは夢と現実の区別が曖昧な気分になるからなあ。と思いながら頭を撫でた。


「首無ライダーって知ってる?」

「…えと、都市伝説の?」

「そう。セルティ…セルティ・ストゥルルソンは首無ライダー。この間テレビでやってたでしょ?確かにセルティに首はないよ。」

「じゃあ、」

「うん、綏ちゃんのせいでも何でもないから安心していいよ。」

「…よかった。私、夢で、丁度、誰かの首が落ちちゃうのを見て、だからわけがわからなくなっちゃって…。」


はあ、よかった。ともう一度呟いて、息を吐き出す。そこにセルティがやってきて、文字を見せる。


「…もう、大丈夫ですよ。あの、すみません、私、ちょっと血とか苦手で、でも想像力豊かみたいで、だからセルティさんを見たとき、そういうんじゃないかって、ごめんなさい…。
あ、セルティさんが悪いわけではないので謝罪はもちろんいりませんから。むしろ感謝でいっぱいです。
これ、パジャマ、セルティさんのですよね…?ありがとうございます。
怪我ですか?じんじんしますけど、大丈夫です。」


一度画面を見ただけだ。たまに俺は彼女に全てを見透かされたような気分になるのだが、セルティも、今、そう思っているかもしれない。隣で新羅の馬鹿が悔しがっていた。シズちゃんの方は至って普通に目を丸くしている。


「そうだ、あの、もう、たぶん、大丈夫ですから、いつもと同じようにしてください。」


そう言って、今度は自分からヘルメットを落とす。にこりと笑って、お化粧って肌に悪いんですよ。と一言。


『?』

「あっ、え、あ…自分らしさが大切ってことです。…すいません。」

『そうだったのか!いや、ていうか謝らなくていいから!俯かなくていいから!』


どうやらこちらの方は問題ないらしい。仕事の時も思っていたのだが、この子は物凄く順応性が早い。今じゃファイルを渡せば、何も指示がなくても全てを片付けられる程だ。


『で、本題は私の首がないことじゃなくてだな。』


一度PDAを下ろしてシズちゃんを手で拱く。シズちゃんは、表情を硬くして新羅から離れた。替わりに俺が新羅に小声で呼び掛ける。


「痛み止め、くれない?」

「いいけど、君、怪我してたっけ?」

「いや、綏ちゃん。あの子、教養がしっかりしてるから挨拶する時は立ち上がるんだけどさ、座ったままだし…、ていうか気付いてるんだろ?顔、青いのくらい。」

「いやあ、君が彼女をどう思ってるのかなあと気になって。」

「セルティに言ってあげようか?」

「それは困るな。」


はいこれ、初めから痛み止め要求すると思ってたよ。と手渡される。それだけだと胃が荒れて、そのうちお腹が痛いと言い出すだろうからと別のも渡される。
隣では未だに口籠もって床に座っているシズちゃんを綏ちゃんが気長にも待っていた。目は、羨望の眼差し。もしかしたら彼女は、まだ殺されるのを待っているのかもしれない。


「…悪かったな、それ。あん時あんた、ノミ蟲のコート広げてたろ?」

「あぁ、そう言えば…そうかもしれません。」

「…言い訳するんじゃねえんだけど、あれで見えてなくて、そうでなくても俺、キレると周り見えなくてよ。本当、悪い。」

「私がよくなかった部分もあるので、別に怒ってない、ですよ。こちらこそすみません。」


話を聞いているだけではらはらする。普通の会話をしていることはわかっているのだが、いつ怒らせるのか、とか、何で怒りだすのか、とか、周りは俺達の殺し合いをこんな風に見ていたのかもしれないと思うくらいに、だ。
綏ちゃんが手を伸ばす。


「ありがとうございます。静雄さんがここまで運んでくれたんですよね?おかげで手際のいい治療を受けることが出来ました。」


彼女の手は、シズちゃんの右手を掴み、左手を添えて包み込む。勿論シズちゃんのはでかいし、逆に綏ちゃんの手は小さいから表現としては包み切れていないのだが、そんな風に見えた。


「お、おい、やめろ、握り潰すかもしれねえんだから。」

「そんなことないですよ。力強い人はその分力加減もうまいんです。ちっちゃい子は豆腐をお箸で取れないでしょ?大人はできます。静雄さんは豆腐を取れますか?」

「できる、けど…。」

「なら安心ですね。」

「……。」

「…おっきいなあ。温かい。私とは真逆です。…うらやましいなあ。」


呆然とするシズちゃんに、手をぴとりと頬に付けて目を瞑る綏ちゃん。俺からすると激しく不愉快だ。…だから、会わせたくなかったんだ。新羅に、顔に出てる。と指摘された。構うものか。
そんな中、セルティが動く。PDAには、包帯替えるぞ。の一言。綏ちゃんの包帯に血が滲んでいたのだ。恐らくこの部屋に来るときに壁にぶつかっていたから、その時だろう。新羅も共に立つ。包帯を替えるのと一緒に、診断まで済ませてしまおうと思ったらしい。
シズちゃんがほっとしたようにため息を吐いてベランダに出た。煙草でも吸うのだろう。さっさと病に侵されてしまえ。
俺達二人を残しておくのは危険だと思ったのか、セルティがソファに座った。


『臨也は人を噛んだりしないよな?』

「は?犬じゃないだからするわけないじゃん。」

『そうだな…うん、ならいいんだ。じゃあ綏ちゃんのご家族の電話番号教えてもらえないか?』

「…悪いけど、情報は取引でしか教えないし、どうせ無駄になるさ。あの子、今日から俺のとこに住むんだよ。」

『そうなのか!?どうして?』


俺に見せてから、ぴくりと肩を動かして手元に戻す。カチカチカチと打ち直しているみたいだ。


『いや、理由は聞かないことにしておくよ。でも、それならよかった。話が早い。』

「どういうこと?」

『…犬猫レベルの話なんだけど、環境が変わったり不満だとか緊張、不安…とにかくストレスが溜まるとそういう事をしてしまうって雑誌で読んだことがあるんだ。別の原因も色々あるんだけど、ストレスが原因の場合は自分の噛みやすいところを噛んでしまうらしい。人間にもそういうことをする人が少なからずいるって新羅に聞いてさ。』

「それで、何?」


綏ちゃんとそれが、何か関係があるの?と俺は聞く。何となく、話の繋がりでこの先何が、どんな意味合いを持つ言葉が画面に映し出されるのかわかった。わかっているのだが、俺は知らないふりをしている。


『あの子、痣だらけだぞ。』


一気に肺が張り詰めて、重くなった。
痣、というのがなんとも彼女らしかった。きっと、自分を嫌いでも傷付けたい訳ではないのだ。胸のうちの中の、何かを綺麗にするために、誰かを傷付けたい訳でもない。別に死にたいわけでもない。むしろ形を留めたいだけだ。
だから、痛くない程度に何かを吐き出して、吐き出し続けた結果、それは跡となり、疵となる。


『新羅に頼まれて私が綏ちゃんの着替えをした時に見たんだ。別に隠してるわけでもなくて、あるのが普通、みたいな、そんな感じだったよ。』


綏ちゃんは気付いちゃいないだろう。もしかしたら気付いていてもなお、吐き出す行為の代替がなかったのかもしれない。


『だからって勝手に人のことを言ってしまうのは気が引けたけど、でも、どうしてって考えたら…いや、違うな。考える前にお前に事実を言った方が最善だと思ったんだ。』


確かにあの子は俺と初めて逢った夜、死んじゃいそうだと言った。

見たらこっちが居たたまれなくなるよ。とセルティが深く溜息を吐く。ように見えた。俺は新羅みたいに首無をずっと見ているような趣味はないし、綏ちゃんのように感性が豊かなでもないからわからない。そう見えただけ。


「最善、ねえ…。」

『何だその含んだ言い方は。』

「いやあ、別に。」


へら、と笑って立ち上がる。シズちゃんがベランダから戻ってくるのが見えた。一体この数分で何本吸ってんだか。
勝手に奥まで歩いて、声のする部屋へ向かっていく。何故だか気持ちだけが逸って、焦って、足が速くなった。思い切りドアを開ければ新羅が呑気にも、せっかちだなあ。何て言ってくる。それを無視して綏ちゃんを後ろから抱き締めてやった。


「…へっ?あ、ぅ…お、おりはら、さん…?」

「帰ろう。」


その言葉に彼女が首を横に振るはずもなく。そこまでは良かったのだが、綏ちゃんが足を挫いていたという事を聞いたシズちゃんが送ってくと買って出てきやがって、非常に、不本意ながらも、彼女をおぶったシズちゃんと歩く事になったのである。



埋めて

(俺までくるしいんだ。)





よくわかんなくなった部分と俺ファインプレーのごった煮。
気味の悪い話だと思うけれど、腕の噛み癖はたまに私に発生するやつ。痣にはなんないけども。
犬とかストレスでなるよねwなノリで調べたら心当たりありすぎて悩んだ。おかげさまでそこら辺の心境は私はわかります(おまえがわかっても意味ない)



20110530
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