「あっ、そうそう。昨日ダラーズの集会があったんだってよ!」 「うん、それよりも階段は前を向いて歩こうよ正臣。」 昨晩、私が塾を終え帰り道を歩いていた頃、ダラーズ、というよくわからないチームの集まりがあったらしい。カラーギャングと聞くけれど、どうも私はアメリカの方のものしか頭に浮かばず、日本にもいるんだあ。程度の認識しかそこにない。 来良学園ではもう既にその話で持ちきりだ。私の後ろを、恐らく後輩であろう茶髪と牛乳を飲みながら歩く黒髪の男子生徒も話していた。 「五月蝿いぞ帝人。お前なんか五月の蝿なんだからな!そんなちっせー心しか持たない男はアレだ!全世界の女性という女性を俺に取られ、醜く顔を歪める羽目になる!」 「うわーすごい。」 「(…すごい棒読みだ。)」 「勿論杏里も例外ではない。」 「ぶっ!!」 その時、茶髪の方は既に予想していたのだろう。背中で風が私の髪を揺らすのに気が付くのだが、背後で何が起こったかなど、私が気に掛けるはずがない。 「へ…っ!?」 次の瞬間、私は、手にした住所変更の届を心配しなければならなくなった。 ♂♀ 「鍵あげたんだから勝手にはい…って、 ………どういうこと?」 「学校で…、以下略です。」 「おい。」 インターホンを押すと、間もなくしてドアが開いた。勿論、開けたのは折原さんなのだけれども、私を見た瞬間苦虫を噛んだような顔をする。そしていつもの顔に戻った。 まぁ、私だって体育着を来た女がドア開けたらいた、みたいな状況になったら戸惑うと思う。こんなあからさまに嫌な顔はしないけれど。 自分の置かれた状況を改めて知らされたような気がして、顔が熱くなる。早急に家に帰りたい。あぁぁぁあでも電車恥ずかしかったよぅうう…!!くそ、なんであの子、ハーフパンツなんだ。ジャージならまだしも、こんなん履いてたから電車で目立ったんだ。テレポートできたらいいのにできたらいいのにできたらいいのに。 いつも通り奥に通され、ソファに座って一息つきつつ言い訳をさせてもらう。 「お、お昼休みに住所の紙を教員室に届けようとしたら高一生が噴いた牛乳の餌食に…。 ……見ないでください私だってすきで体育着じゃないんで、ひゃ…っ!」 突然首筋に折原さんの顔が近づいて、思わず身を退いた。ら、動かないで。と怒られた。 整形もしていないのにこの顔は整い過ぎてて、本当、心臓に悪い。すんすんと耳の近くで音がするのも、私の心臓が爆発しそうになる一因であると思う。 「…くさい。」 「え、あ…まだ、臭いしますかね…?保健室でシャワー借りたんですけど…。」 「牛乳じゃなくて、これ。」 体育着を摘まれて、男臭い。と顔を顰めて一言。私にわからなかったのに、なんで男の人の折原さんがわかるんだろうか。嗅覚は女の人の方がすぐれてるってよく聞くんだけどな…。ていうか、私、男臭い、なんて…ショックだ。 不機嫌そうなので怒られないかと目が泳いだ。 「自分のは?」 「…さ、最近暑くなってきたから、毎回洗濯してて、今日はなくて…そしたらその子の友達らしき男の子が貸してくれたんです。」 「その子、茶髪でしょ。」 「あ…はい、貸してくれた方は。」 「ふぅーん。」 返ってきた言葉はそれだけである。怒られる、気がする。雰囲気がピリピリするのだ。少し小さくなって目を逸らした。 「脱いで。」 「………はい?」 「脱げ。」 「え、えぇ?脱げ、って、これを、ですか…?」 「それの他に何があると思う?」 にこりと首を傾げながら私に微笑み掛ける。背筋が凍る。別に脱ぐのが嫌だからではなく、いや、嫌だけど、身体が強張ったのは脱げという言葉のせいでない。 「(やっぱりなんか、怒ってる…?)」 何か怒らせるような事をしただろうか?ぐるぐるぐる。頭の中の引き出しを必死に探し回す。 やっぱり思いあたらな……いや、ある。そうだった体育着の件に怒ってるんじゃないか。こんな格好した奴が玄関の前に立ってちゃ変態だなんだと噂を立てられそうだ。うん、それだ。あと、くさい、らしいし。それは私のせいではないけれど。 ぐらりと身体が傾いた。シーリングファンがぐるぐるぐる。折原さんがわからない。私の頭もぐるぐるぐる。とりあえず、ソファに座っていてよかった。 …いや、よくない。痛い痛くないで言えば痛くなくて、それはいいことだけど、そもそもこんな状況になることがおかしいのだ。 「(そうだ、よく考えたらこれ…!)」 そこまでに考えが到達した途端、再び顔が熱が集まる。いやいやいや、そんなばかな。や、でも欲求不満というやつかもしれない。…この顔で?それこそそんなばかな! 「あ、え…あ、なに、してるんですか…?」 「驚くかなあと思って。」 「いやいやいや、お、折原さん、ストップです。まってください。状況がわかりません。」 驚くかなあと思って。って…いや、うん、会ってまだ間もないけど、まぁ、そういう人だって言うことはわかった。はずだ。 第一印象はthe 大人だったけれど、結構、というかかなり悪戯がすきらしい。…私、恥ずかしい奴だなあ。消えてなくなりたい…。 「残念そうな顔しないでよ。期待した?」 自分自身に愕然として、放心していると体育着がつまみ上げられた。この新たな展開に脳内がオーバーヒートを起こしてしまいそうだ。ついていけない。 「だったら続きしてあげてもいいけ、どっ!?」 「わ…っ!?」 折原さんが死んだ。いや、私に倒れこんだ。何が起きたのかは全く理解できない。ただわかるのは、力の抜けた人間は重いって聞くけれど、想像以上だってことくらいだ。身体全体がソファに沈む。 重いし、さっきのことがあったので、本当は折原さんをソファから落として離れたいのだけど、痛いよなあと思うとそれが出来ない。 「あなたも、人に気持ち悪いだなんて言えないんじゃない?」 「(うわあ…きれいだ、誰だろ。彼女かな。)」 ソファの背もたれの向こうに女の人がいた。長くて黒い髪に切れ長の目。脚は見えないけれど異様にスタイルがいい。主に胸だけれども。 手に、硬そうな青くて分厚いファイルを手にしているから、彼女が殴ったらしい。恐らく、全身全霊で。容赦無く。じゃなかったら折原さんが気絶するとは思えない。…気絶してるんだろうか。 「………。」 「(息は、してるけど、なにこれ恥ずかしい。ていうか死ぬほどぶわあああってする…!)」 息が耳にあたってる。むしろもう口があたってる。くすぐったいとかもうそういうのじゃなくて、なんか、ぞくぞくする。なぜか背中が。これは悪寒なのかな、だとしたらなんの悪寒なのかなあ…!! 折原さんを落とすのはよくないけど、せめて私だけ逃げようと必死で肩を押す。重い。動かない。つらい。諦めた。 それにしても、この人達は一体どういう関係なのだろうか。年近そうだし二人とも顔整っててお似合いだ。でも、もし、恋人とかだったら、もっと怒りそうだしなあ、私を。仮にもこんな体勢だし。 「(私のせいじゃないから怒られたくないけ、) ひゃあっ!!」 温かくて濡れた何かが私の耳に当たった。くすくすと笑い声が聞こえる。私の頭上にあった女の人の顔が消えて何かが迫ってきた。逆光で見えない。 「悪戯にしては悪趣味だわ。」 「いたっ!」 折原さんが落ちた。ヒールで蹴られたためであるので、恐らくかなりのダメージを食らっていると思う。 パンツ見えますよ。だなんてこの空気で言えることの出来ない私は、とりあえず、上半身を持ち上げた。自分で見ても白くて、かなり肉付きのいい太股が目に入る。例の女の人はといえば、スラッと無駄な肉のない長い脚。羨ましい。 …じゃない!折原さんは大丈夫だろうか。結構落ちた音が痛そうだった。床を見ると彼は後頭部を擦って身体を起こしている。 「いたたた…いきなりやってくれるねえ、波江さん。」 「あら、ごめんなさい。不愉快なものは視界に入れたくない主義なの。」 冷たい、というか冷めた目をした女性が大して悪びれもなく謝る。そして、変態。と、嫌がってる女子高生にいい年した上司が体育着着させて襲い掛かってる、なんて、吐き気がするじゃない。と罵った。…それは否めないので黙っておく。体育着が私のせいと言うことも面倒なので黙っておこう。 あぁ、でも、そうだよなあ、そう考えると私はこれから上司になる人に襲われたのか。酷い話だなあ。いや悪戯だけど、うぅん…ちょっと、怖いっていうか、ビビった…。 「ありがとう、ございます…。」 「そう。」 一瞥し、彼女は私から折原さんに目を向ける。私も折原さんを見る。どちら様なんですかと聞きたいのだ。 「波江さん、この子は綏ちゃん。相談に乗ってあげてる子達と違って、列記とした居候さんだよ。まだ違うけど。仕事も雑務程度なら手伝うから仲良くしてあげて。」 「あなたの雑用だなんて可哀想に。」 「やだなあ、僕があまりに仕事を押し付けるみたいじゃないか。」 「生憎だけど、昨日だけで大体理解したつもりよ。」 昨日、どれだけ仕事させられたんだろう。あの言い方だと昨日が初日と思われるけど、初日で遣り切れるなんてすごいなあ。 「綏ちゃん、こちらは矢霧波江さん。あの、矢霧誠二くんのお姉さんだよ。」 「あぁ、誠二くんの…、ぅわっ!」 いきなり波江さんに肩を掴まれ睨まれる。なんでこんな風になったんだ、と波江さんの顔を見上げた。怒っている、のだと思う。明らかに、嫉妬、と言うのが虹彩の奥で燃えている。 折原さんといい、波江さんといい、私はもしかしたら怒らせるのが上手いのかもしれない。全然嬉しくないけれど。 「あなた、誠二の、何?」 「ほ、保健委員で長をやらせていただいてます。委員会、同じなんです。」 「それで?」 「あの、誠二くんとはそれだけです。」 「…ならいいの。悪かったわね、跡付いたかもしれないわ。」 ちら、と体育着を捲ると、しっかり手形が付いていた。おかげさまでブラの紐まで食い込んじゃって、痛い。 耳元で折原さんが、彼女、弟への歪んだ恋心持っちゃってるから。と教えてくれた。通りで。納得。近親相姦は直系と第四親等までおすすめしないって、学校の先生が言ってたけどなあ。まぁ、言わなくてもわかってるか。 折原さんの言葉が聞こえたらしい波江さんはギロリとこちらを睨むのだが、折原さんには効果がないようだ。怖い怖い。だなんて、言ってはいるけれど。 「それよりあなた、この子をこのまま仕事させる気?」 「まさか。でも、さっき、着替えてって意味で、脱げって言ったんだけど、拒否されちゃったしなあ…。」 「いや、だって、あれは……だって、私、服、持ってないですし…本当にそのままの意味かと…。」 俺としてはこのままでも一向に構わないけど…どうしてもって言うなら、俺ので良ければ貸してあげる。と笑い掛けられ、勘違いしていたという羞恥と相まってか赤くなる。 助けを請おうと波江さんを見ると、既にキッチンでコーヒーを入れたのか、席に着いて自分の仕事を始めていた。 「貸して、ください…。」 今日の折原さんは、なんだか意地悪だ。なんて思いながら、俯いて呟けば、声が小さくなっていったのが自分でもわかった。 「…折原さんくさいです。」 「くさいだなんて、酷いなあ。」 「さっきのおかえし、です。」 ぶかぶかな折原さんの服に着替えた私を見て、満足そうに笑う折原さんに、波江さんは今度こそ本気で、気持ちが悪いわ。と浴びせかけるのだが、またしても折原さんに効果はなかった。 少しずつ (てを、のばしてしまえばとどきそうでこわい。) においにまで嫉妬する折原さんがおいしいだけの話。 次の話のためだけに書いたと言っても過言ではない。 20110529 |