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「奢ってもらってすみません…。」


「奢ったって言ったって高が百円じゃない。奢ったうちに入らないよ。」

「高が百円、されど百円、です。」

「いいじゃん俺持ちで。気にしないでって、こっちが誘ったんだから。
…持とうか?」

「いえ、一つですし…奈倉さんコーヒー持ってるじゃないですか。両手塞いじゃったら危ないですよ。」


そもそも奢ってもらってそれ以上に借りは作れません。お気持ちだけ頂きますね。
そう言った直後、階段を踏み外しそうになる綏ちゃんの背中を後ろから軽く支える。へえ?と笑えば、すいません…。と顔を赤くした。

昼間だからか店内は人でそこそこ賑わっていて、運良く開いていた席に向かい合って座り込む。
あの化物は昨日三食全てマックだったから今日は来ないだろうと思うのだが、奴は中々に侮れないから外から見えないところを選んだ。
そう言えばあいつも目の前の彼女と同じバニラシェイクが好きなんだったと思い出すと、一気に不愉快な気分に襲われる。あー、もう、シズちゃん早く死なないかなあ。
それが顔に出ていたのか綏ちゃんが不安そうに俺を見ていた。


「大丈夫、ですか…?」

「ああ、ちょっと嫌な事を思い出してね。いいよ、予習やって。やりながら聞いてくれればいいし。」

「すいません…。」


リュックの中を漁って、筆箱と教材、下敷きを出していく彼女に、いいよ、俺が綏ちゃんを誘ったんだからさ。とコーヒーを口に少し流す。まっず…何これ。


「…どこまで知ってるんですか?」


不意に綏ちゃんが眉を寄せて口を開く。何の話かは主語がなくてもわかった。それに対して、さあ?と少し肩をすくめる。


「どこまでが全部かわからないからねえ。気に障った?」

「いえ、特に…。あ、でもネットに流したりとか売ったりとか、悪用しないでくれると嬉しい、です。家族が迷惑しますし…。」

「そこら辺は心配しなくていいよ。」


そんな無駄な事、下手な理由でもなきゃやる気にもならない。その旨を口にすれば、じゃあ、私からの話は…いいです。と下を向いた。そこのhave、使役だよ。と指摘したら、あっ!とまた顔に血液を集中させた。あはは、可愛いなあ。


「で、本題なんだけど、」

「…職場体験の話ですか?」

「いや、それもあるけどまずは志願理由かな。」

「…、」


考えるのも苦なのだろうか、上がった体温は一気に冷め、眉間に皺がよっているし、気まずそうに目が泳ぐ。わかりやすいなあ。


「話すの嫌?だったらいつかで構わないよ。」


辛くなったらまた捌け口にしてくれる程度でいい。と笑い掛けると弾かれたように顔を上げて、眉は寄せられたままに目を丸くした。驚きと困惑と悲しいのと、全部が混ざったような顔。


「そんな、」


有り得ない、とでも言ってるかの様に見える。それからまた顔を伏せ、英文に指を這わせながら絞りだしすように口を開いた。


「…あの、そういうわけでなくて…その、わからないんです。何で辛いのとか、全然…、全部、わからないから…表現したかったとしても、言葉が見つからない。」

「そう。」

「はい…。すいません、ご心配おかけして…。
私、もう、いいんです。本当。」


遠回しに拒絶されたようなものだ。俺の周りの相談してくる子は皆、話したがりだから、これが普通なんだろうと思う。彼女は、話したかったとしても、と言った。つまりそれは少なくとも今は話したくないと言うことだ。
一人で悩んで、悩んで、悩む。悩んでいる事を聞かせたくないだなんて、そんな人間も少なからずいるのだ。


「私と同じような状況の人なんてごまんといるし、それより劣悪な人なんてもっと多いじゃないですか。私、恵まれてると思ってます。奈倉さんが思ってる程、気にしてませんから。大丈夫ですよ。ありがとうございます。」


だけど、綏ちゃんの場合は悩みを言いたくないと言うか、むしろ、そもそも自分の中に入ってくるなというような………いや、自分を見るなと言うような雰囲気を薄らと感じる。
根本的には違うのだが、所謂見えない壁というやつに空気が似ている。恐らくパーソナルスペースも広いのだろう。


「あの、奈倉さん、そう言えば、話、あったんですよね…?私ばっかり話してますから、どうぞ。
本当に私でよければ、ですけど、聞きますよ。」


普通に笑っている様にしか見えない。その様子に俺は、何だかパソコンがシャットダウンするようにに、或いは、気道がゆっくりと絞られ、その生涯を終わらせられようとするような感覚を覚える。


「(何だ、これ。)」


その存在を確認するとすぐ、止まったように感じた左胸の臓器が動き始めた。再起動。水中に投げ出された身体が浮上していく、みたいな。そんな感じ。


「奈倉…さん?本当、大丈夫ですか…?」

「ん、あ…あぁ、ちょっと考える事があってさ。」


本当は何も考えていなかっただけだけども。
そんな俺を怪訝そうな顔で見、そうですか…、なら、よかったです…。考え事のお邪魔して、すいません。と謝って、ストローに口を付けた。ゆっくりと嚥下されていく動きが何となく艶っぽいと言うか何というか。
そこまで考えていたところで、あぁ、そうだという風に先程口にしようとしていた言葉を思い出す。

「折原臨也。」

「…え?…あ、あ…っと……………呪文、ですか?」

「呪文って言われたのは初めてだなあ。」

「す、すいません…。」


バニラシェイクで冷やされた顔がまた紅潮した。一体この短時間で何回赤くなるんだろうと思ったけれど、最初の方を覚えていないから止めた。
シャーペン貸して。と綏ちゃんに半ば強引に借りて、教材の余白に書き込む。


「折原臨也、俺の名前。」

「字、綺麗ですね…。羨ましいなあ。」

「…名前にコメントないんだ。これでイザヤって読むなんて、むしろこっちの方が偽名みたい、とか。」

「あった方が、いい…ですか?」

「いや、素直に驚いただけだよ。」


正直、あの手の台詞は飽きる程聞いた。
うんざり、という風に肩をすくめると、旧約聖書を思い出します。と綏ちゃん。漫画で読んだのだそうだが、それにしたって同世代と比べたら博識な方だ。


「でも、どうして名前を…?」

「だってほら、俺が君を知っているのに、君が俺を知らないんじゃフェアじゃないじゃない。」

「別に競いあってないから気にしてないですよ。」


多分、きっと、いや十中八九、俺のことを気に掛けてそう言ったのだろう。それに対して、気にしてよ。と少し顔を近付けると、はあ…じゃあ、はい…。とまたしても赤く染まった困惑の表情を俯かせた。


「納得いかない?」

「…正直…、はい…です。ごめんなさい。言い方があまりよくないんですけど、無断で個人情報を調べる人が公平不公平を気にするとは考えづらいので。」

「うん、だろうね。うーん、簡潔に理由を述べるとしたらそうだな…
……愛してるからだよ。」


にこりと笑うと惚けた彼女の顔がぶわっと更に赤くなる。あ、う、いや…あの、と余計に俯いた。


「やめてください、そういうの…。」

「どうして?」

「あの、だって、からかってるようにしか聞こえないです…。愛してるとか愛してないとか、もう、疲れたんですよ。面倒なんです、考えたくありません。どうでもいい。…でも、」


どうでもいいはずなのに、嫌われるのは嫌で、考えちゃうからそれとなく気が付くんです。と自嘲する。あぁ、そうか。と思った。一つの仮説に理由の肉付けをしていくと驚く程に彼女の言動が繋がった。

一方、彼女は温くなったシェイクを含んで、まるで巨大な錠剤を飲み込むかのように喉を鳴らす。


「目が、ガラス玉みたいですよ。」

「………どういう意味か、全然わからないんだけど。」

「えぇっと、つまり、その、一人の人間をずっと見ていたいんじゃなくて、すべての人を映したいんじゃないかって、そういうこと、です…。」

「…ああ。」


体を小さくしてこちらを見る目に見透かされた気分になる。別に、本当にそんな目をしているわけでもないのに、むしろ、彼女自身でさえも自分の感覚に疑いを持っているような表情なのだ。


「そうさ、俺は人間が好きだよ。愛してすらいる。
だからこそ、人間の方も俺を愛するべきじゃないかな?」

「………。」


ね?と目を細めると綏ちゃんは酷く困った顔をして、何度か口を開いては閉じる。それから、壁にかかっている時計を見て、


「あっ!あと十分で始まる!
す、すいませんなくっ…折原さん!私行きますね!奢ってくださってありがとうございましたいつかまたお会いしたらお礼します!」

「は?あ、あぁ、そう。ごめんね、引き止めちゃったりして。」


いえ!全然!とさっきまで大人しそうだった彼女の雰囲気ががらりと変わる。なんだ、これ。二重人格…ではなさそうだけど…。
俺が戸惑っているうちにさっさと荷物を纏め、リュックに手を通して、では!と階段に向かっていった。


「あ、そうでした。」

「?」

「あの、全人類を愛したいのなら、キリスト教はどうでしょう?博愛主義、素敵です…!」


まるで、今までの自分をなかったことにしようとしているみたいだ。


まるで、激しく嫌悪している自身を隠したがっているみたいだ。





(すかすかの、かすかすの、ぼろぼろ。)





本当は分けたくなかったです。タイトルと関連させたかったなあ。
途中でわけわかんなくなって途中で覚醒してまたわけわかんなくなりました。
特に途中の折原くんの異常とか、何か来たかったんだろう。とりあえずなんかあったんだろう的な。みなさまの読解力で頑張ってください。

うちにある漫画の旧約聖書にはイザヤ書の存在すらかかれてなかったです。おもしろいので新約聖書とともに読んでみてください。

今更ですが、自分が嫌いで、でも結局自分の身が一番可愛くて、それを自覚してるから余計に自分を好きになれない女の子と、愛だのなんだの言いながら、みんなに省られてぼっちになってる折原くんのお話。
そんなスタンスで行きたいと思っております。
かなり至らない部分もありますが、よろしくお願いします。



20110512
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