英語圏だけれど日本語で会話する。うちでは忘れてしまわないための常識だ。 3年前、不安ながらも妙ちゃん情報の富裕層地帯に期待して来たらもう私が風景にそぐわなすぎた。完全に浮いている状態。 うわー豪邸ばっか…。などと呆気にとられながらも人に聞いたところ有名らしいそこに2時間弱かけてついた。 なんというか私以上に浮いていた。 確かに大きい、すごい豪邸だ。門も塀も高くて大きい。私の身長では中が見えない。それくらいすごい、でも浮いていた。 だって純和風!日本にいたって見たことないのに何故! ちなみに外観は日本に存在していても東京なら浮く純和のくせに中は西洋。 なんだかよくわからない屏風はあっても敷き布団なんて存在しないし、襖はたいてい部屋の仕切りのためだけで収納場所はクローゼット。床はフローリングで床暖だ。 強いて言えば応接間だけは熱燗を作るための囲炉裏がついている畳部屋だと言うことくらい。 見た目は趣のある家だけれど、エアコンもあればテレビもあるしIHのコンロはもちろんゲームに至っては掃いて捨てるほどある(ちなみに大概蘇り組を撃ち殺す系)(パパはリビングデッドがお好きだそうです) 近所さんで有名だったのも、アジア系の多めなカリフォルニアではなつかしい外観だとかそこらへんじゃないかと私は見ています。きっとそうに違いない。 「今日は縁側で課題をやっていきましょうかね。」 たぶん取引先のウケを狙って作ったであろう枯山水を見ながら伸びをし、日のよく当たる暖かい縁側を歩いて右の突き当たりの障子を開ければ私の部屋だ。 紅葉や椿、枝垂桜が見えて風情はいいけれど、春に毛虫が出る度泣きたくなる(アメリカにもいるんですね、毛虫)(初めて見たときそう思った) 「やぁ睡!ねぇ睡!」 「パパ、どうしたの?」 ダダダッと縁側を走る音がして勢い良く障子が開いた。うちにプライバシーはない。最近はそれが悩み。 「今、庭でガーデニングしてるんだけどさ、ボンサイって花はいつ咲くんだい!?」 「えと…すごく言いづらいんだけどね、盆栽はいくら期待しても咲かないものは咲かないよ。だから花をつけるのにすれば?って言ったのに。」 留学していたんだから好きならもっと調べとけばよかったじゃないですか。とは言わない。 パパは基本的に話を聞かないから、そんなことを言ったところで、HAHAHA!その時は興味なかったのさ!と返されるのがオチだ。 「そう…じゃあ俺、アイツを引き続き愛でる…。新しいのも買う。」 「じゃあ今度は何にします?梅?」 「後々考えることにするよ。」 悪かったね。と部屋を出ていくパパに手を振る。ぐたっとベッドに倒れこんだ。 「あ、余談だけどさー。」 「ひっ!!」 不意討ちで再び障子が開いて心臓が縮まった。 「明日大学休めるかい?オミアイがあるんだ!」 またか。とパパに向けていた顔をベッドに埋める。お見合いと言ったって政略結婚の多少選択が広まっただけのものだ。 パパは優しいから私が選択できるようにしてくれた。日本文化ですよ。と囁けば、たいていの堅物もノリノリになるらしい。 「一応聞きますけど…誰の?」 「誰のって嫌だなぁ…睡の。」 「丁重にお断りしてください。」 嫌ですよあんな高そうなドレス着て緊張で味もわからないのに三大珍味を前菜で!みたいなノリ!と言えば、至って普通に屁理屈が返ってきた。 「大丈夫だよー、今回は次期社長予定の日系人?あれ生粋の日本人?アジア系はよくわかんないんだよなぁ。 とにかく名前は日本風だし同じ故郷ってことで懐かしんでもらうためにうちに呼んだんだ! 服もキモノにするし料理にキャビアは出てもフォアグラは出ないさ!」 「そんな、俺やったぜ!みたいな顔しないでよぅ。」 お金持ちはいい、確かに。借金取りの不安はないし、食材がよくなるから当然1人で暮らしてた頃より断然美味しい。手だって荒れない。 3Zのみんなが卒業するときに会いに行けたのもお金があったおかげだ。 大学も直前に叩き込まれたのもあるけれど、頭のいい、名のある大学だからきっとコネがないわけがないだろう。 大学に関して言えば、親に敷かれたレールを歩く人生がコレなら別に文句は出ない。あるとすればそれは自分の力のなさが原因だし、それを口に出したところで残るのは羞恥と後悔だけだ。 「知らない人間が嫌なんだろ?それは俺もわかってるって、会社付き合いもあるし媚売ってるみたいに感じるさ。でも睡、一度パーティに行ったことあったよね?あれでどうも人気が上がったみたいなんだ。」 「パパが行けって言うから行ったのに…!!」 「うんごめんごめん、その件は反省してなくもないかもしれない感じかな。おかげで睡を第6夫人として娶りたいらしい石油王(52)が油田分けてくれたし石油業にも着手できそうだ!」 絶対反省してない。むしろ反省の色が見えたら奇跡だ。というか52歳と結婚しろと。6番目の女として生きろと。 「絶対嫌だ!!」 「俺も俺より年上に、ダディ、って呼ばれたらゲロ吐きそう。無理。」 そういうと、おえ…っ、と吐く真似をする。一瞬ホントに気持ち悪くなったのかとゴミ箱を用意したのは内緒だ。パパはくだらない事の真似が上手い。 「ほら、でも今日来てくれる彼は睡と同い年で凄いクールだよ、写真見る?」 「いいですよ別に。どうせ、ちょろっと話して、やんわりとお返しするだけなんだから。」 「えー見ればいいのに。あ、ちなみにアイビー・リーガーって話。 しかも大学は編入して飛び級して二年くらいで単位習得だって。ケンドーとカラテ、アイキドウとかすんごいんだって。すんごい! こんなん今時のヒーローだってあんまり見かけないよ!」 「…人間?」 「あったりまえじゃないか!クールって言ったよ俺!」 そんな人と話が合うのかどうかさえ不明だ。日本のブンブビョウドウってまさにこれじゃないかな!?と1人でテンションを上げるパパに、文武両道だよ。と指摘する元気も萎えた。断るのもそれはそれで凄いプレッシャー掛かりますし、期待をさせたままでいないと提携も難しくなってしまう。 ていうか3年でここまで妙ちゃんの言うような魔性の女みたいなのになれたのはすごいと思う。嬉しくないけれど。うー…お腹、痛い。 「私、待ってる人がいるって言ったじゃないですか…。」 「シンスケクンかい?睡の言う通りそんな地頭いいっぽいクールガイならこっちに呼んで実力付けてもらえばいいじゃないか。俺は歓迎するよ?見知らぬ爺よりクールでスマートな幼馴染みの方が気楽だ。」 「きっと彼も彼でいい策があったんじゃないですかー?」 「うんかもね、知らないけど!まぁそんなこと言ったってオミアイは目前なんだから着替えてくれたまえ!じゃ!」 「………。」 重要だからもう一度言おうかと思います。 パパは基本的に話を聞かない。 「Excuse me.」 襖の前で正座をして、失礼します。と一言伝える。パパの、入ってきなさい。と言う言葉が聞こえたら、開けてお茶を出す。 あれは何というのかね?日本で見たことあるかい?ええ、日本の仏を奉る神棚ですよ。などと言う会話が聞こえた。 多分答えた方が次期うんたらだろう。凄く物腰柔らかだ。 「Enter Sui.」 入りたくないのだけど襖に手を掛ける。畳に手をついて深くお辞儀をした。中に入って再び正座し閉める。 お盆を持って緑茶を音を立てないように置いた。ダメだ、何回やってもお見合いには慣れない。緊張でどうにかなりそうだ。 パパに、帰りたい帰りたい帰りたい…!!と耳打ちすると、何言ってるんだい?と首を傾げられた。 「ここ、うちん家じゃないか。」 それ毎回言ってるよー。とケラケラ笑う。緊張とショックでうなだれたまま、相手の顔も見ずにみんなの話を聞くことに徹した。相変わらず料理の味は不明。 話したことと言えば、日本人のイジラシイって君みたいな感じかな?と聞かれて、どうなんでしょうか…?と答えたぐらい。とりあえずパパがいればここは黙りで通る。 「Then let's entrust young two people afterward! (では後は若い二人に任せましょう!)」 どうする私! パパパパパパパパ!!と小声で助けを請いても、キミなら出来る!と言われた。噛み合っていない。 「………。」 「なぁ、」 「は、ふぁい!!!」 いきなり声を掛けられて緊張していた私は気が動転して俯いていた顔をと一緒に手まで挙げた。途中、机に当たって相当痛かった。 「って、え…?日本…語…?」 赤くなった手の甲を擦るのをやめて次期うんたらさんを見る。自分の家にいるように机に頬杖。 「あ、あれ?生霊…?」 「殴んぞ。」 怒りで少し引きつらせた笑いを浮かべる彼にのそのそと寄る。ペタペタと彼の顔を触って呟くように何度も名前を呼んだ。 なんだよ。と言う彼の声。じわりと目の前がぼやける。 「迎えにきた。」 その腕に包まれると晋助くんの匂いがした。 44枚目のそれは (予定より一年早くないですか…?) (よくよく考えたらこっちでさっさと単位取った方が早ェって、大学入った後に気付いた。) (で、アイビー・リーグ…。1年で社長候補。なんでまたそんな…) (別に。一番確実な方法考えて実行しただけだろ。) しれっと言う彼は、いつだって約束を守るんです。 |