「御機嫌よう、小春さん。」

毎朝、毎朝、学校に登校する度交わされる挨拶。

「御機嫌よう、皆さん。」

私は極力笑顔で返すように努める。なんせ、朝は苦手なのでどうしても気分が沈む。でも、わざと知らない振りして、あの子は私に向かって笑いかけるの。



「‥ここにいたんだ。」

ガチャン、と錆びたドアの閉まる音と聞き慣れた声が後ろから感じた。

「…何しにきたの。」

気怠そうに柵へ体を預け、雲一つない空を見上げながら返す。

「優等生がサボりとは良いご身分だね。」

半笑いしながら皮肉を言い放つ彼女、棗はスカートのポケットへ手を伸ばし煙草を取り出しながら隣へやってきた。

「人のこと言えるかしら。」

煙草を一本取り出した手を掴み、それを奪い自分の口元へ運んだ。運んだあと、棗のポケットを指差して上目遣いで火をねだる。
小春はいつもそうだ。周りの人間には当たり障りのない態度で接しているが、自分の前だとなぜか、挑発と誘惑が入り交じっているような気がしてならない。それがたまらなく、棗の中で抑えていたものが溢れ出そうになる。「ねぇ、火は?」

そう言われて気付いたときには、二人の距離が縮まっていて、小春が物欲しげに棗を見やる。棗は悶々とした気持ちでライターを取り出し手慣れた手つきで火をつけた。

「ありがとう。」

小春は持っていた煙草を口元に運び、先端部分を火につけた。他の在校生から見たらいつもの優等生な小春からは想像もつかない場面に出会している。自分にしか見せつけないことに、少なからず優位な気持ちがあった。だが、それ以前にどんな動作ですら人を魅了するなにかが小春にはあった。きちんと煙草に火がつき、ライターから離れ小春は何回か吸っていたが、ずっとしかめっ面を浮かべていた。
その顔を見て棗は思うところがあり、小春に問いかけようとした。が、その前に確信的な一言を呟いた。


「‥想像通り煙草って不味いわね。」

「やっぱりか」


いままで一度も小春が煙草を吸うところを見たことがなかったので、案の定、棗は的中した。

「初めてなら無理しないで。」

棗は小春から煙草を取り上げようとしたが、小春はそれを嫌がった。

「棗もね、私と同じ思いをすればいいと思うの。」口元から離れた煙草は手元へと持っていき、空いている手が棗の腰を引っ張った。小春の唇からは今までしたことのない、煙草の香りでいっぱいだった。


苦い口付け

「‥今度はキャンディでも舐めてあげるわ。」

「棗にそれが出来て?」


END

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