「お蝶〜!お願いだからバレー部の助っ人に来てよ!」
「ごめん、バスケ部の助っ人頼まれてるから無理だわ。」
「またバスケ部?たまにはテニス部にも顔出してよお蝶。」
「そうそう。あんたのファンいっぱいいるんだから!」
クラス替えで私が胡蝶に声をかけたあの日から一週間が経った。そして少しずつ仲良くなって気がついたことがある。一つ目は、あだ名が「お蝶」だといこと。私はアニメというものを観ないのでわからないけれど、アニメの誰かのことと胡蝶をもじって言っているらしい。
二つ目は、運動神経が抜群でどの部活にも助っ人を頼まれている。本人は部活に所属していない。その理由は「だって色んな部活ができるじゃん」‥とのことらしい。そのおかげで余計に頼まれごとが多いと呟いていた。そういえば、アニメの誰かも運動神経が抜群らしく、それもあって「お蝶」というあだ名が定着になってしまったと教えてもらった。
三つ目は、意外と勉強をやらないということ。確かに、勉強というものはほとんどの人がやりたがらないものだ。けど胡蝶の場合は授業中も教科書を持ってこなかったり、持ってきてもひらかなかったりしているので、先生からよく注意されている。‥せめて勉強している振りでもすれば、注意されずにすむのに。
四つ目は、ものすごくしゃべる。先生とでも、友達とでも、先輩でも、後輩でも。胡蝶がしゃべらずとも、誰かが胡蝶にむけて話しかける。朝の挨拶から、すれ違いざま、胡蝶をからかったうためだったり、相談ごと、頼まれごとや、いま話題のこと…様々である。きっと、胡蝶は慕われていて、話しかける人々は胡蝶のことが好きなんだと思う。
最後に、五つ目。
五つ目は……
「あっ、つばきひめー!」
彼女が私の方を見ると片手をあげ、ここにいるから早くおいでと言わんばかりに凝視する。
胡蝶の友達たちも、私の次にどのように行動するのかをじっと見ているようだ。
昔から、私に対しての周りの視線が苦手だった。恐怖すら感じていた。なぜなら、日常やこういった場面に「部外者は近寄らないで」「部外者は早く去って」と無言の圧力をかけているように見えるからだ。
でも、彼女は違う。
「ちょっと席外すね。」
「椿姫いじめんなよー!怪力女子!」
「うっさい!」
私の方に駆け寄る胡蝶をからかう友達はまた次の話題へと移ったのか、こっちの方を見なくなり、他の人たちと談笑した。
「おはよう椿姫!」
私の目の前に来た彼女は眩しいくらいの笑顔で挨拶をする。
「胡蝶‥友達と話している最中だったのによかったの?」
挨拶を返すよりも、脳内で考えていたことが口に出てしまった。
「私が椿姫と話したかったからいいの。」
普通に捉えたら嬉しい言葉なのだが、生まれてこの方、「理由」もなく人に声をかけられるのは家族以外、存在しなかった。嬉しい‥と例えるよりも、不思議な気持ちでいっぱいだった。言葉一つでこんなに胸の中心がじんわりと暖かくなることが、とても心地がいい。
「私…あんまりみんなに良く思われてないから話しかけられないし、胡蝶に言われると変な感じだわ。」
胡蝶の周りにいる人たちの気持ちがよくわかる。私はあまりしゃべらないほうだけど、胡蝶といると、心の中で留めていたものが自然とでてくる。
「‥椿姫、あんたねぇ…‥」
胡蝶はおでこを掻きながら溜め息混じりにそう言った。
わたし、なにか変なこと言ったかしら?
少し間が空いた後、胡蝶の両手が力強くバシッと音を立て、私の肩を掴んだ。
「椿姫、あんたわかってないわ!」
いきなり大きい声を出したので、少し驚き身体が後ろに後ずさりそうになったが、胡蝶がさらに接近し、それすら出来ないようにしっかりと固定されてしまった。
「私が教えてあげる。」
そう言いながら強く、鋭い眼差しで見つめられてしまい、わたしは…
「‥お、…お願い します‥。」
途切れ途切れで返事をするしかできなかった。
「お蝶…姫に近づきすぎじゃない?」
「えーっ!あれヤバいって、チューしそう!」
「まじ!?お蝶と椿姫キスすんの?」
「ヤバッ!大胆すぎ!姫のファンクラブの人たちキレそうじゃね?」
「でも、面白いね。」
「ヤっちゃえ、ヤっちゃえ!」
周りがその異様な雰囲気と二人の密接した距離感をいち早く感じ取り、それをはやし立てた。
胡蝶と椿は羞恥心を感じながら教室を離れるのであった。
END