「そーいやさ、侑士のやつ、全然部活来ねえよな」
部活が終わり着替えているとき岳人が言った。
「……岳人」
「あっ」
宍戸が岳人に耳打ちすると岳人は慌てて口を押さえた。
忍足は夏の大会を最後に連絡無しで一切部活に出ていない。親に連絡できればいいものの、奴は都内のマンションで一人暮らし。携帯に連絡を入れても無視、家に行っても留守、教室に行ってもいない。だがクラスメイトに聞けば授業は受けているらしい。
「……もしかして、捨てられた、とか?」
「あぁ!?」
岳人の声に過剰に反応する。
確かにかれこれ一カ月以上まともに顔を合わせていない。カレンダーを見れば既に10月になっていた。
(だからって落ち着け……俺らしくない、この俺様がたかだか一カ月位会っていないだけでこんなに乱れてどうする……)
そんな時だった。
ブブブッと置いていた携帯電話のバイブが鳴る。
メールの相手は現在話題の中心である忍足
『誕生日前日の放課後開けといて。教室まで迎えに行くから』
思わず携帯を投げてしまいそうになる。その苛立ちを抑えて日付を見ると10/2と表示されていた。
「明日じゃねぇーか!!」



「跡部のやつ、荒れてんな……」
「多分忍足からだろ……激ダサだぜ」







その後も探してみたものの結局忍足は姿を現さなかった。
(何なんだよ、忍足のやつ……)
そう言っている間に時間は経ち、気付けば10月2日の放課後になった。SHRが終わり教室を出るとそこには忍足がいた。
「迎えに行くって言うたのに、うちの姫さんは……ほな行こか」
そう言うと忍足は俺の手を引く。
「てめ、校内だぞ」
忍足の腕を振り払う。
「それよりテメー今まで何処にいたんだよ。なんで部活休んでるんだよ」
忍足を睨みつけながら低い声で言う。
「…話せば長なるし、とりあえず、な」
感情の見えない微笑みと共に忍足は俺の腕を引く。
「で、何処に行くんだよ」
「それは出てからのお楽しみ」
引く手を振り払えずそのまま忍足に付いて行く。周りの生徒がざわざわしているのを忍足は胡散臭い笑みで見ていた。迎えの車が止まっている校門へ続く長い道を歩く。いつもならこんな所歩いたりしない。
「跡部さ、スタバとか行った事あらへんやろ」
「は?」
呆れて気の抜けた声が出る。
「何で俺様がそんな庶民向けの所行かなきゃなんねーんだよ」
「やろうと思った」
そう言うと忍足は笑った。
相変わらずの胡散臭い関西弁に意味の分からない理由でかけている伊達眼鏡。
(あっ)
今更だが長かった髪が少し切られていることに気付く。
「忍足、髪切っただろ?」
そう言うと忍足は驚いた顔をして空いている右手で髪を触った。
「あー……ちょっとうっとおしかったからな。でも前髪は切らんかってん」
「ふぅーん……」
知らない間に忍足が変わっていて自分の知らない奴が目の前にいるみたいで少し居心地が悪くなった。
「まぁとりあえず行こうや。時間も近付いてきたし」
長い道のりを経て校門を出る。行き先も分からないまま忍足の手の引く方へと足を進める。
(忍足のやつ、何考えてんだよ)



「しんじらんねー」
駅前に来るまでに徒歩とバスでここまで来た。一般市民には当たり前の事だろうが、
「まぁ跡部が公共のモン乗るのとか考えられへんもんな」
笑いをこらえながら忍足が言う。
着いた先は駅前にある小さな映画館だった。映画館に入るなり忍足は映画のチケットを渡してきた。
「何だよ」
「何って今から映画。開演二分前やからはよ行くで」
忍足に手を引かれるまま劇場に入った。
劇場内は平日の夕方だからか俺と忍足以外いなかった。
「こんなもんかよ」
「そりゃめっちゃええ席取れるはずや」
「ここやで」と声をかけられ指示された席に座る。ここまで来たら席とか関係ない気がするが。
内容は忍足が好きなラブロマンスよりはライトな恋愛もの。
入院先で再会した高校の後輩の女子を好きになるが、実は彼女には記憶障害があって過去の事を一切覚えていないらしい。それでも二人は共に進む。と言った話だった。
(……何というか)
山場が無いというわけではないが少し盛り上がりに欠けているように感じる。
少し眠くなってきたときにラブシーンに突入した。
肘置きに乗せていた手に忍足の手が重なる。
「何や、眠そうやな」
「そりゃずっと座りっぱなしだからな」
「しゃーないな」
そう言うと忍足は唇を重ねてて、そのまま舌を入れてきた。抵抗してもかなわないので結局抵抗も空しくそのまま受け入れるという形になってしまった。
「…ぷはっ。目覚めた?」
耳元で忍足が囁く。
「てめっ」
「上映中はお静かに」
不敵な笑みを浮かべる忍足が言う。
(じゃー上映中にキスするのはありなのかよ!)
結局その後映画に集中できなかった。






映画が終わると「ちょっと待ってて」と言われそのまま忍足は映画館を出て行った。
携帯を開き時間を確認すると既に6時半を過ぎていた。
部活のメンバーからのメールが何件か来ていて一件ずつ確認していくことにした。内容はほとんどが「部活に来い」というものだった。だが最後のメールが宍戸からのもので、

『忍足と仲直りして来いよ』

「余計なお世話だ!!」
「何一人でどなっとんねん」
忍足が笑いながら言った。
「戻ってきてたのかよ」
「今戻ってきてん。まぁ行こうか」
そう言うと忍足は前を進んでいく。
「次はどこなんだよ?」
「んー。まぁ次で最後」
答えになってねーよ。



駅から少し離れたところにある公園につくと突然忍足は抱きしめてきた。
「は?」
「いや、ちょっとな」
そう言うと忍足は力を込めた。
「なぁ、景吾」
忍足は俺の事を名前で呼んだ。
「なんだよ、侑士」
俺も名前で呼ぶ。
「俺な、夏の大会終わってから割と頑張ってん。また何でおらんくなったかは教えるからさ、とりあえず話聞いてくれる?」
声のトーンからしてかなり深刻な話だという事が分かって俺は黙って頷いた。
「俺な、氷帝来てからずっと景吾とおったから一緒におるのが当たり前やと思っててん。でもな、たった一カ月顔合わせへんかっただけでこの様や」
ははっ、と乾いた笑いが聞こえる。
「だからさ、これ受け取って」
左手の薬指にはめられたのは銀色の指輪だった。
「侑士?」
何が何だか分からないので思わず名前を呼ぶ。
「俺の今の限界。一か月やったらこんなしょぼいのしか買えへんかったわ。俺が或る程度の人間になったらもっとええの買うから今はそれで我慢して」
「ごめんな」と忍足は笑った。
「俺様は何でも似合うんだよ。この指輪が錆びようがな。だけどな、あんまり一人にするな」
淋しいだろ。と最後まで言葉が続かなかった。
「あんな、跡部の誕生日やのに俺が言うのも変やねんけど最後に一個お願いしていい?」

“ずっと一緒にいてくれる?”

忍足が耳元で囁いた。

「当り前だろ、バカ」
そう言い俺は自分から忍足に口づけする。
「こんなんはじめてやな」
嬉しそうに忍足は笑う。そう言うと忍足は「今の景吾の頑張りのお礼」と耳元で囁いて唇を重ねてきた。
いつものような激しい耽美なものではなく、優しい口付けだった。
愛してる、好きだ、の言葉よりもこの約束が一番嬉しかったのは誰にも教えることはないだろう。
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