引退してからまともに忍足と会ってない気がする。
俺が引き継ぎを理由に毎日昼休みに日吉に会いに行ったり、放課後部活に出ているのもあるが。
(いつもなら)
いつもなら毎日会いに来るのに
『跡部』
教室の入り口から名前を呼ばれる。
『会いたくなった』
胡散臭い笑顔でいつもそこにいた。
『好きやで』
「知ってんだよ、ばーかっ」
『可愛いなぁ』
「っせー」
『景吾』
『愛してる』
女が聴いたら一瞬で落ちるような言葉をなんなく言ってくる。
「…っくそ」
(何かイライラする)
たかだか二〜三週間まともに会っていないだけなのに
認めたくない。
俺様があいつに依存しているだとか、会えない程度で寂しいと思うとか。
「何だか荒れてるね、跡部」
やぁ、と言いながら部室に入ってきたのは滝だった。
「アーン?珍しいな、お前が部活に来るなんて」
「二年の子に打ち合いを頼まれてね。で、跡部は?」
「引き継ぎが今終わって帰るんだよ」
「ふぅーん。大変だね」
他愛ない会話を滝と交わす。
高等部に上がっても俺たちは全員男子テニス部に入り正レギュラーとなった。
(高等部から入ってきたやつの中に根性ある奴がいなかったからな…)
それに、当たり前だが高等部の方が部長としての仕事が多く、日吉になら安心して仕事を任せられたからだったからだった。
(あいつならなんだかんだ言って全部できるだろ)
「…で、また忍足関係?」
「ハァ?」
「その反応だったらそうみたいだね。中学時代からそんなんだったし」
何でもお見通しと言わんばかりに滝は俺に言い、その辺にあったラケットを適当に拾った。
ドアを開け外に出る寸前に「あっ」と言い、滝は振り向いた。
「忍足にあったらよろしく言っといてー」
「誰が会うかっ!!」
着替え終わり、顧問に一言言いテニスコートを去る。
それと同時に携帯のバイブが鳴った。
(誰からだ)
携帯の画面を見るとそこには【忍足侑士 着信】と言う文字があった。
素直に話したいという気持ちと、誰がお前なんかと話してやるかばーかという気持ちが混ざる。
(今まで俺様をほったらかして何してたんだよ…)
躊躇いながらも通話ボタンを押す。
『もしもしけーちゃん?』
「…んだよ」
『今正門の前で待ってるから来て』
「はぁ?なんでだよ」
『なんでって、どーせまだ学校おんねんやろ?それか、
「『迎えに来てほしかった?』」
携帯からの音とその場から聞こえる声が重なる。
振りかえるとそこには忍足がいた。
「どーせテニスコートやと思ってん」
胡散臭く笑いながら忍足はこっちに来た。
「何か、久しぶりって感じやな」
「……」
「んじゃ、行こか」
そう言うと忍足は俺の指に自分の指を絡めた。
「行くってどこだよ!?」
「んー…まぁ付いて来たら分かるって」
俺の質問を適当に流し、忍足は俺を無理やり引きずって歩きだした。
無理やり手を引かれて連れて行かれた先は学校にある教会だった。
氷帝学園はカトリックの学校だから一応教会と呼べるものがある。毎週日曜日にはミサも行われており、鳳は毎回そのミサに出ていた。
「…で、なんで教会なんだよ」
「まぁ、ええやん。」
そう言うと忍足は扉を開ける。
キィと扉の軋む音がした。
「うちの教会、学校設立当時からなー…扉が重い」
そう言いながらも右手で軽々と忍足は教会の扉を開けた。何が何だか分からない俺は相変わらず忍足に手を繋がれていた。
そのまま忍足は教会の中へと進んでいく。さっきまで饒舌だったのが嘘のように黙った。
「なぁ、忍足。なんなんだよ一体?」
聞いても忍足は何も答えず黙々と歩いていた。
祭壇の前に立つと忍足は俺の右手を引き俺の事を抱き締めた。
何が起こったのか分からず俺は一瞬頭が真っ白になった。
「ぉし…た、り?」
あまりに強く抱き締められた為俺の声は忍足の服で籠っていた。
「景吾…」
俺の名前を呼ぶとさらに強く抱き締めてきた。
息ができなくなるほど強く、強く
それでもよかった。
(いつもなら「息出来ねぇンだよ、糞がっ!!」とか言ってんだろな…)
それほど苦しいのにそれでもいいと思える自分が馬鹿だと思った。
それほど俺は忍足に会いたかったのだろう。
「あっ…ごめん、苦しなかった?」
そう言い、忍足は力を緩めた。
そして微笑みながら忍足は言った。
「お誕生日、おめでとさん。景吾」
そう言うと忍足は自分の唇を俺の唇に重ねてきた。
「ほんまは一番最初に言ってやりたかってんけどなー…」
そう言いながら忍足はブレザーの中に手を入れ小さな箱を出した。
その箱の中には銀の指輪があった。
「誕生日プレゼント、受け取ってくれる?」
声が出なかった。頷く事も出来なかった。そして何故だか分からないが目の前にいる男を抱き締めたくなった。
「景吾?」
「侑士、てめぇ今までどこいたんだよ」
「やっぱ怒ってる?」
「に決まってんだろっ!!」
そう言い、俺は全力で忍足を殴った。
「話せば長くなるから後でいい?」
「…っふん。まぁ許してやるよ」
そう言うと忍足は箱の中に入っていた指輪を取り出した。
「指輪、はめてもええ?」
そう言われ、俺は無言でうなずいた。こういうときなんて言えばいいか分からなかった。
銀の指輪は俺の左手の薬指にはまった。前からそこにあったかのように。
「よう似合うてるで」
「俺様に似合わないものがあるかよ」
「せやなー」と言いながら忍足は笑った。
久しぶりに会う忍足はなぜか少し大人びていた。
「なぁ景吾。俺はこんなんやけど、ずっと一緒にいてくれる?」
「…当たり前だろ、馬鹿」