思い返せば付き合い始めてからこれと言って特別なこともしたことが無かった。
恋人と言えば、手を繋いで、抱き締めて、キスをして、体も重ねたりして。
確かに仁王君は私に抱き付いてくるし、ふざけて手を繋いできたりする。時には「好き」だと言ってくる。
まぁ抱きついてくるのは付き合う前からしょっちゅうしてきていたが。
これらの行為をすることは別に嫌というわけではない。寧ろ嬉しいぐらいだ。
ただ自分からするのは恥ずかしながらも抵抗がある。
最悪と思われるかもしれないが、もしかすると自分だけが相手を好きで、愛していて、相手からしたらただの遊び、ペテンかもしれない。
信じていてもそんな疑問が頭をぐるぐると回る。
彼と出会ってから良い意味でも悪い意味でも彼のことしか考えていない。
さんざん振りまわして、挙句の果てには人の心まで奪っていった彼のことしか。



夏休みである今日、部活終わりに仁王君はそのまま家に来た。
理由をきいてみれば「何かいきたなった」との事。
呆れてため息をついてしまったが別に否定することもないのでそのまま家に上げた。
「俺がおることは気にせんでえーよ」と言われたので椅子に座るのはなんだか客に申し訳ないのでベッドの脇で座り込み、学校で借りた小説を読んでいた。
仁王君は最初は本棚にある本を手に取ったり、机の上にある宿題を見て「うわっーくそ真面目じゃのう…」など言っていたが色々うろうろした結果ベッドの上に寝転がり携帯電話を弄っていた。

「のぅやぎゅー」

いつになく頼りない声で彼は私の名を呼んだ。

「どうされました?」

そう言い、彼はベッドで寝転がっている彼を見る。
薄い夏用の掛け布団に包まって猫のように小さく丸くなっていた。
顔は少し見えるが前髪のせいで表情はあまり見えなかった。
立ち上がりベッドの端に座り仁王君の頭を撫でる。

「やぎゅーは、俺の事好きか?」

布団に顔を疼くめて自分の顔を見えないようにして彼は言った。

「当たり前じゃないですか」

相手に顔が見られてないことを良いことにさらりと自分の気持ちを伝える。

「なら、なんでやぎゅーからしてこんの?」

布団から顔を上げ、真っ直ぐとこっちを見てきた。
真っ直ぐと、少し涙目にしながら、真っ直ぐと。

「それはだって、ねぇ、ほら。恥ずかしいじゃないですか?」

慌てて彼から目を逸らし別に落ちたわけでもないのにカチャリと眼鏡を直す。

「やぎゅー」

そう言うと彼は私の腕を掴み、引っ張ってきた。
突然のことで体が上手く反応できずそのまま仁王君の元に倒れ込む。

「ホントに。ホントにそんだけ?やぎゅーは俺の事嫌いじゃないん?」

少し涙を眼に浮かべながら彼は私に言ってきた。
そんな彼を見て私は思わず彼を抱きしめた。

昔彼は自分のポリシーとして嘘やペテンはすぐに種明かしをすると言っていた。
最後まで騙しきるのも良いが、相手の困惑の表情が何よりもたまらないと言っていた。
彼が私に告白し付き合いだしてからどれだけの時間が経っている?
この関係は嘘でもペテンでも何でもない。
彼にとって数少ない本当なのだ。
あぁ、私はなんて馬鹿なんでしょう?
自分の馬鹿な考えで自分の好きな人をこんなに傷つけていたなんて。

「仁王君、仁王君、仁王君」
「やぎゅー…」

彼の声を聞き私はさらに強く抱きしめる。

「私はあなたの事が好きです。大好きです。愛しています。だから何も心配しないでください。私はあなたの事を嫌いではありません」

彼の頭を撫でながら言い聞かせるように優しく言った。
自分でも驚くほど臭い台詞ばかり。
「愛してる」なんて言葉、こんなに簡単に口から出てくるなんて思わなかった。

少し力を緩め、彼の顔を見つめる。
彼の綺麗な顔にはうっすらと涙の跡が残っていた。

「雅治」

彼の名を呼びそのまま唇を重ねる。
唇を離すと彼は弱々しくも私に抱きついてきた。

「比呂士…」

名前を呼ばれて返事をする代わりに彼を抱きしめる。
ふと時計を見ると時間はすでに7時を超えていた。
普段の私なら早く家に帰さないとなど生真面目なことを思い彼を家に帰していただろう。
だけど今日は珍しくそんなこと一切思わなかった。
どうしようもなく愛しい彼をずっと抱き締めていたかった。

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