授業が終わり、特に用もないがある場所へと足を進める。
在室中の札に胸をほっと撫で下ろし、ノックをして声をかける。
「失礼します」
「……誰?」
先生から全く連想のつかないような低い声で聞かれる。
驚いて六道です、と少し声を震わせながら言うとガラガラッと扉が勝手に開いた。
「なんだ。入っていいよ」
「どうも」
さっきと真逆の優しい(悪く言えば情けない)声に驚いて少し焦った。
「そこ、自由に座って」
そう言いながらソファを指差すと先生はそのまま部屋の隅にある棚の方に向かった。
ソファに座り、肩に掛けていた学生鞄を自分の横に置いてふと先生の方を見た。
何かぶつぶつ言いながら開を開けてごそごそと何かを探している。
「……先生は何をしてるんですか?」
気になって声をかけてみた。
「あぁ。今度授業で使おうと思った黒板用の定規探してて」
これからの範囲、図いっぱい書くからさ、と先生は言った。
ふと棚を見ると、棚の一番上にそれらしき物が見えた。
「そっちじゃなくて、多分上のやつじゃないですか」
「あ……」
先生は手を伸ばしても届かなかった。
見るに見かねてソファから立ち上がり棚の方に行く。
「よっ、と」
先生の横に立ち、背伸びをして手を伸ばす。
あともう少しなのに届かず体がよろける。その勢いで先生に軽くぶつかってしまった。
一瞬だが先生の顔が真っ青になった気がした。
疑問に思ったが、伸ばされた右手が定規を掴んだ。
「はい」
「ありがとう……」
定規を渡すと先生は小さく返事をした。
「明日小テストなんですよ」
そう言いながらソファに戻って机の上にプリントを広げる。
「教科は?」
「地理です。ヨーロッパの土地とか山脈の名前を埋めるとか」
そう言いながら、括弧にオレンジで書いた山脈の名前などを眺める。
「地理かー……俺あの先生苦手なんだよね」
あはは、と苦笑いをしながら先生は言った。
「あぁ……眠くなりますよね」
「そうそう」
そんなことを教師が言っても良いのかと思ったが、直ぐに目線をプリントに戻した。
「あ、もうこんな時間か」
小テストの勉強もそこそこに、数学の授業課題などをしていたら、辺りはもう真っ暗になっていた。
「一回下校時刻のチャイム鳴ったの気付かなかったの?」
先生は目を丸くして僕を見た。
「あ、はい」
もう七時だよ、と先生は笑った。
嘘だと思い、壁に掛かった時計を見ると最終下校時刻である七時の五分前だった。
元から集中すると周りが見えなくなる人間だったが、まさかそんなに時間が経っていたとは。
急いで荷物を片付けると、先生は立ち上がった。
「戸締りするよ」
鍵を片手に部屋を出ようとする先生を追い掛けた。
「先生は家どっちなんですか?」
何となく気になったので先生に尋ねてみた。
「ここから駅まで行って、電車で15分ぐらい。六道君は?」
「自転車で10分とか……」
「ってことは隣町?」
「えぇ」
そんな話をしていると職員室前に着いた。
「これからまだ雑務があるんだ」
もう帰りたいのにね、と先生は遠くの方を見た。
「さよなら、先生」
軽く頭を下げると、バイバイと手を振って職員室に入って行った。
さて、色々気になることもあるが
(帰るとするか。)