「綱吉くん」
ソファに座ってぼーっとテレビを見ている彼を呼んだ。
「何?」
「今から買い出し行くんですけど一緒に行きませんか?」
「いいけど」
そう言うと彼は立ち上がる。
どこに行くの?と聞く彼にスーパーです、と答えると首を傾げて不思議そうな顔した。
事情を理解できていない彼の右手を取り、行きますよと言うと恥ずかしそうに顔を真っ赤にして渋々歩き出した。
(にしても、)
不思議なものだ。
今自分の横にいる男は自分が体を狙っていた人間で、憎きマフィアのボス。
それが今となってはうちに出入りするようになったのだ。
しかもポジションとして、宿敵から上司、紆余曲折を得て挙句の果てには恋人となった。
憎き相手も今は愛しい人。
(まだまだ分からないことは沢山あるものなんですね)
「にしても」
「ん?」
「お前が夕飯作るなんて珍しいなと思って」
そう言いながら彼は目の前で山積みにされているジャガイモを手に取った。
「たまには作らないと腕が鈍るんでね」
「鈍るどころか毎回進化してる気がするけど」
スーパーに来た理由は簡単だ。
遊びに来た彼に夕飯を振る舞うための買い出しだった。
一応月に一回程度は彼にご飯を振る舞うが、いつも所謂有り合わせでの料理だった。
それを彼はいつも嬉しそうに食べる。
作り手もその笑顔を見てより頑張ろうと思う。
その結果が今の自分の調理のテクニックとなった。
「ちなみに今回は君が好きなものを作ります」
「ホントに!?」
「えぇ」
そう言うと彼は嬉しそうに店内を物色した。
まだリクエストも言っていないのに、と何だか微笑ましくなった。
「あ、すみません。買い忘れがあるので袋詰めといて貰いませんか?」
「いいけど」
「時間がかかると思うんでお店の前で待っといてください」
「ん?わかった」
不思議そうな顔をする彼を店内に残して店を後にする。
向かった先は近くにあるケーキ屋だ。
店の前で一人立っている彼を見つける。
「綱吉くん」
「おかえりって、え!?」
「どうしました?」
声をかけると彼は僕の右手にある袋を指差す。
「あぁ。これですか。はいどうぞ」
袋の中から出てくるのは小さな箱。
袋が半透明のデザインだったから何か彼も気付いたらしい。
両手の荷物を下に下ろした彼に箱を渡すと慎重に箱を開けた。
中には真っ白なクリームと真っ赤な苺が印象的なショートケーキ。
その横には自分用の買ったガトーショコラが並んでいた。
「何?貰っちゃっていいの!?」
「貴方のために用意したものなんですから」
何を言うんですか、と笑いながら言うと、ありがとう…と大事そうに彼は蓋を閉めた。
「どういたしまして。あ、袋貸してください」
「あ、半分持つよ」
そう言う彼からスーパーの袋をさっと奪う。
「駄目ですよ貴方の右手はこっちです」
自分の左手を差し出すと彼は顔を真っ赤にして空いた右手で顔を隠した。
「本当にキザだな……」
「嬉しいくせに、素直じゃないですね」
「うるさいなぁ。恥ずかしいんだよ」
そう言いながらも差し出す右手を左手で包む。
「クフッ。では帰りましょうか」
ちなみにガトーショコラは僕のです、と言うと彼は分かってるよと笑った。
たったそれだけ。
そんな小さな幸せが当たり前になっている現実が少し照れ臭かった。