「失礼しました」

高校三年の僕は夏休みに放任主義な担任の代わりに学年主任に呼び出された。
単位が足りていないわけではないし、問題児だから夏休みの間の徹底指導みたいな暑苦しいやつなわけではない。
進路指導で呼ばれたのだ。
うちの高校はいわゆる進学校で、数多くの受験生が難関国公立を目指して日々切磋琢磨している。
だからこうしている間も、三年は特別講座と言う名目で休日出勤をしている。
そんななか、面倒だからと言う理由で校内で余っている指定校推薦の枠で大学に入学しようとしていた。
別に誰の迷惑にもならないし、自分でもそれが一番良いと思っていた。が、それを学校が許さなかった。

「六道君、この成績なら難関国公立だって行けるじゃない」
「センター模試で校内トップなのに」
「目指せるところまで目指そう」

勿体無い。

教師達は口々にそう言った。

(面倒くさい)

別に何処に行ったって結果は一緒だろう。
入ることがゴールではなく、中に入ってからがスタートと言う話をこの学校で嫌ほど聞かされた。
矛盾している、と鼻で笑いたくもなったがそこはグッと堪えた。

そんなことを考えながら職員室を後にし、下足室に向かおうとするとき誰かとぶつかった。

「あっ、え、だ」

前が見えなくなるほどの資料などの荷物を持っている彼は僕とぶつかった弾みで持っているファイルを落とした。
拾おうにも両手が塞がったどころか、前も見えない状態で立ち往生しているその人を哀れに思い、ファイルを拾った。

「はい」
「あっ、ありがとう」

荷物の上にファイルを置くと彼は慌てて返事をした。

「というか一度に荷物持ちすぎです。誰かに手伝ってもらったらどうですか?」
「あ、うん……」

何となく悟った。
そういう人間か。

「……手伝いましょうか?」
「じゃー、お願します」

荷物の半分ほどを取ると隠れていた顔が現れた。
自分の同級生か一個下か。
その幼い顔立ちと自分より低い身長の彼にどう接すればいいか分からなかった。

「どこまでですか?」
「地学準備室まで、お願いします……」

地学選択と言うことは三年生か。

「わかりました」

地学なんて授業があったのか。
多分文系の理科選択が地学なのだろう。

結局どう接すれば良いか分からぬまま無言で地学準備室に向かった。










驚いたことに彼は同級生でも下級生でもなく、地学教師だった。

そこ座って、と言いながら指差されたソファに座る。

「いやー、ありがとう。お陰で助かったよ」

そう言いながら先生は冷蔵庫からペットボトルを取り出した。
エアコンの付いた室内は外よりは涼しく、少し快適だった。

はい、とコップに注がれたお茶を出して前の席に先生は座った。

「君は?」
「三年の六道です」
「あぁ、君が」

先生は理解した口振りで言った。

「いや、君の担任の先生がいっつも職員会議で君の名前を出すから覚えちゃって」
「はぁ」

一体何の事でネタにされているのか分からないがこの雰囲気だと多分問題ないだろう。

「三年で俺が授業持ってないってことは、六道君理系か」
「はい。先生は地学の先生ですよね」

今地学準備室に来ているのだから当たり前だろう。
もしこれで地学担当じゃなかったらただのパシリじゃないか。

「この学校で唯一の地学教師です」

一応だけどね、と彼は情けない顔で笑った。

「失礼ですけど、先生の名前は?」
「ん?沢田です。沢田綱吉」

よろしくね、と彼は言ったがその後すぐに、理系だったら関係ないか、とまた笑った。

(変な人)

これが僕と沢田先生の出会いだった。
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